何者か《SIDE》フェリクス・エルアルド・ライオール
王族は、国の為にある。
と、これまでに何回言われてきただろうか。
何十、何百、いや、もしかしたら千回以上かもしれない。もはやこの言葉は、僕にとって洗脳に近い言葉となっていた。
確かに王族が国のために存在するということに間違いはないんだ。民が稼いだ税で僕たちは贅沢をして暮らせるのだから、対価が必要になるのは当然のこと。それは理解できる。
その代わり、ほぼ全ての人生を国のために尽くしたことで、僕は4歳ながらに感情がない。
感情を表に出さないようにしていたら、自然と感情が湧き上がってこなくなったのだ。
大人びすぎている僕を両親は心配したけれど、不便に感じることは全くないから大丈夫だよ、と僕が伝えれば両親はそれ以上何も言ってこなかった。
ただ、己の人生に違和感を覚えることは度々あった。僕以外の人は楽しみや幸せを見つけているのに、僕はこのままで本当に良いのか、と。そんな中、父上がとある森を紹介してくれた。メリルの森という、人気のない森だ。
ここなら心を休める場所に丁度いいだろう?と父上が言い、たしかにその通りだと思った。
空気が綺麗で、何故か心が休まるような場所だったから。
メリルの森は王城に近い森で、父上は「落ち着かない時はここに来ると良い」と言ってくれた。
きっと、言葉には出さないだけで、父上も母上もずっと心配してくれていたのだ。
それから僕は機会がある度に森を訪れた。森には不自然なほどに人が来ず、それも王と王妃の気遣いだと思っていた。
その日も、僕はいつも通り空いた時間に森で過ごしていた。木の上に居たのは、なんとなくそこの居心地が良かったからだ。
午後には公爵令嬢との面会予定がある。
少し早めに戻らなければ…と思っていると、空から少女が飛んできた。
そう、飛んできた。しかも、僕より小さい少女が。
飛行の魔法が使える人は魔術師の中でも限られている。なのにそれを、あの少女が行使している?
…うん、さすがの僕でもこれには驚いた。
他の大人が魔法を使っているのかもしれないとも思ったけれど、そんな気配もない。
ドレスはボロボロだけど、良質で貴重な生地が使われてる。髪も乱れてはいるけれど艶は隠しきれていない。貴族令嬢は汚れに敏感だから貴族ではないだろうし、どこかの豪商の娘だろうか。
それに王太子の僕でさえ、一度も見たことのない程の綺麗な顔立ちをしていた。
もしや、王太子妃の座を狙っている者がここに僕が居ることを知って、娘でも送り込んできたのだろうか。
感情を失っている僕には、無駄なことだと言うのに。
にしても、あの子はよく笑うなぁ。僕とは大違いだ。
その少女は僕が居ることを知らないのか、ここに着くなり目を輝かせてはしゃいでいた。
そんな彼女を興味深く眺めていたら、急にその子は静かになり、こちらの方角を見つめてきた。
おや、気配は消していたつもりだったのだけど、ここに居ることがバレてしまったらしい。
やっぱり、この少女は警戒しておいたほうが良い。
「ははっ、黙り込んでしまったね。もしかして、ようやく僕の存在に気がついたのかい?君は他のことに夢中で、全く僕に気づいていなかったからね」
そこで僕は誰もが見惚れるような笑顔を顔に貼り付けたのだけど、その子は他の子と違って頬を染めるわけでも固まるわけでもなく、何かを理解したような目をした。
…なんだ?
そしてその少女は嬉しいといわんばかりの笑顔を浮かべ、こう言った。
「うんっ!ごめんなさい。あなたのいうとおり、まったく気づいていなかったわ!…ねえ、わたしね、おうちからあまりでられなくて、ともだちがいないの。もし、これからもあなたがこの森にくるなら、おともだちになってくれる?」
なぜだか、その笑顔は本心なのだと、直感的にわかった。
状況的に見れば怪しすぎる少女だけれど、僕らしくもなく、この少女を信じたくなってきた。この子と共にいれば、己の感情を取り戻せるような、そんな気がして。
…いや、感情に流されてはいけない。適当にあしらっておかなければ。
思えば、この時点で既に僕はこの子に惹かれていたんだ。
「うーん、分かった。でも、僕はたまにしかここに来ないから、なかなか会えないと思うよ?」
仮にも僕は王太子で、暇ではない。時々しか来れないのは本当の話だけれど、こう言っておけば僕に友達としての期待はしなくなるはず…と、思っていた僕は浅はかだった。
「そうなの?じゃあ、どこでならあえるの?」
一見、悪意が全くなさそうな表情に見えるけれど、どこか挑戦的な気がする。
ここまで引き下がらないなんて、やはり誰かの陰謀が絡んでいるのだろうか。
とは言っても、この返答は流石に予想外で思わず動揺してしまい、素直に僕と会える場所を吐いてしまった。
まあ王城ならば僕と頻繁に会えるのは事実だけど、有力な貴族でもない限り簡単には来れないだろうし、平気だろう…
そんな僕の予想とは裏腹に、少女は元気よく答えた。
「わかったわ!このおーこくのおしろよね?できるだけたくさんおうじょーにいくね!たぶん、すぐにわたしをみつけられるわ!みつからなくてもわたしがさがすからあんしんして!」
「へ?お、王城に来れるの?」
…いや、そんなわけがないだろう。この少女の格好は、どう考えても有力貴族が嫌う格好だ。
家から出してもらえないと言っていたから、世間に関しては無知なのだろう。放っておいても大丈夫なはずだ。
なんでこの時の僕は、彼女が公爵と公爵夫人に似ているという事に気がつかなかったのだろうか。
この少女は特別だった。
普通、人の目には見えないはずの瘴気がこの子には見える。
瘴気がついにこの王国を侵食し始めてしまっていることは、国民の混乱を防ぐために、信用できる者にしか伝えていない。この少女が知っている筈もない。なのに瘴気が見えると言うのだから、信じる他ないだろう。
それに、瘴気に生命力を奪われてしまったものを神聖力で元に戻すことは、不可能とされている。
それなのに、平然とやり遂げてしまった彼女は、普通じゃない。
もう、君が何者なのか全く想像がつかないよ…
そんな彼女は、根っから抜けているときた。
こんなの、興味を持たないほうがおかしいだろう?
あとでまた王城へ来ると言い残した彼女の言葉は、何故か現実になるような気がしてきたよ。




