大事じゃないよ、きっと。うん。
「…おうたいしでんか、いちおうわたしもおんなのこなのですよ。レディーにたいしてしつれいじゃないですか?」
一向に笑いが止まらないエドにそう声をかけると、またもや吹き出してしまった。どうやらツボにはまってしまったらしい。
「い、一応って‥ああいや、ごめんね、笑いすぎてしまって。でもありがとう、こんなに笑ったのは久しぶりだよ」
そう言ったエドは本当に感謝している様子で、笑われたことは水に流してあげることにした。
まあ私は散々笑われてしまったけれど、エドが感情を取り戻してきたし、結果オーライよね!
「どーいたしまして!」
と、私はエドに向き直ってそう誇らしげに言うと、エドは何故かふわりと微笑んで私の頭を撫でてくれた。
これは、感謝の示しなのかしら?
私はそう疑問に思って首を傾げたけれど、「さあ行こうか」とエドに促されて、私達が立ち止まってしまっていたことに気がついた。
気づかれないよう密かに、先程見られなかった王城の内装を観察していると、あっという間に外へ出てしまった。
ああ、あの絵、もっと詳しくみたかったなあ。
なんて思っていると、どうやらエドは私の思考がわかるらしく、「僕の婚約者になれば、いつでも来れるんじゃないかな」とクスクス笑いながら言ってきた。
私の周りには、人の心が読める人が異様に多い気がする。
お父様にもお母様にもレイ兄様にも、さらには付き合いの短い使用人にまで思考を読まれたことがある。
この世界には、人の思考がわかるようになる薬などでもあるのだろうか。
…あれ?というかエド、さっきさらっととんでもないこと言わなかった?
婚約者になれば来れるようになるって、言外に、婚約者にならないともう来ちゃいけないって言っているようなものじゃない…!
ま、まあ! 4歳で「さりげなく脅すスキル」を習得しているなんて、なんて子なの!?
えぇぇ、そんなに私の持っている地位が魅力的だったのかしら!?
当たり前だけど、王太子も楽じゃないわね…
とりあえず私の中での結論は出たから、これ以降この話には触れないことにする。
それにしても、流石と言うべきか。公爵邸の庭ももちろん綺麗だけれど、王城の庭園は花から優雅さが滲み出ている。花から優雅さが、という表現はちょっとおかしいかもしれないけれど、この表現が一番この庭園に似合っているのだ。
「メリルの森の花も十分立派だけれど、王城の庭園には敵わないだろう?」
そう耳の真横から聞こえて慌てて振り返ってみると、いつの間にかエドは私の近くにいたみたいで、顔が物凄く近かった。
あら、こんなに近づいてくるまで気づかなかったなんて、不覚だわ。
何回もこんなことがあるなんて、今日の私は浮き立ちすぎてしまっている。
「そうね、とってもきれいだわ!…でもエド、すこしきょりがちかくないかしら?」
私はそう言ってエドから一歩下がってみたけれど、同時にエドは私が離れたぶんだけ詰め寄ってくるから、これでは私が狼に追い詰められている兎みたいに見えてしまう。
フォード先生から魔法を教えてもらっているから、魔法の腕には少し自信があるのに。誰かが今の私達を見ても、『ウィステリア公爵令嬢は弱い』なんて噂をしないといいのだけど。
ふふん、貴族社会では噂が簡単に広まってしまうということは、既に学習済みなんだから!
「あ、やっとエドって呼んでくれたね。もう呼んでくれないのかと思ったよ。もうすぐ婚約する仲なのだし、遠慮はいらないからね」
などと言ってエドは王太子スマイルを浮かべたけれど、私は騙されない。
もうすぐ婚約するって…可能性の話でしょ!?えっ?もしや既に内定しちゃってる?違うよね?
縁談の話が出ただけで、まだ何も決まっていないはずだよね?
でも、王太子のエドが、そんな言質を取られるようなことを言っていいの?
ああ、わからない…
ここで、疲れたことを表に出さないという高等テクニックを私はしているのだから、褒められてもいいと思う。
「でも、エドとはえんだんのはなしがでただけで、まだなにもきまっていないのでしょう?」
そうだよね?そうだよね??王太子の婚約者だなんて、私に務まるわけがないのに!
「そうだね。でも国王である父上は、なんとしてでもこの縁談をこじつけようとするんじゃないかな?」
えっ…それって、相当ヤバくないかしら。国王が本気でこの縁談を推したら、私達に拒否権はなくなってしまうわ!
…なんとなく、覚悟をしておいたほうが良い気がしてきた。ああ、私の自由な未来、ごめんよ…
ふぅ、なんだか覚悟を決めたら、そんなに大事じゃない気がしてきたわ。
いや、だいぶ大事なのはわかっているけれど、今はそう自分に言い聞かせておきたい。これは大事じゃないよ、うん。
…ん?そうだ!エドに好きな人ができれば、簡単ではなくても婚約を解消することは出来るんじゃない?
正直私は異性への好きとかの感情はわからないけれど、本好きの私を舐めないでよね!
国王がこの縁談に賛成している理由も見当がつかないけど、きっとエドも、たとえ感情を押し殺しているとしても好きでもない人と結婚するのは嫌だと思うの。
「まかせてね、エド!」
エドが好きになる人を見つけてあげるんだから!
「えっ…?うん、どうしてかはわからないけれど、乗り気になってくれて良かったよ」
この瞬間から、私は王族との結婚に遜色ない家柄の貴族令嬢達を調べ始めたのだった。
思いついたら突っ走るタイプのアイシャちゃんでした。




