五話-なんか国とか滅ぼしたドラゴンと戦え-前編
太陽が沈み月が昇る頃。
ユウは宿題をしていた。
プリントに書かれた英単語を日本語に直していく宿題だ。
「おいユウ」
魔王がプリントとユウの間に顔を突っ込み、邪魔をする。
「えっと……これは孤独、これは尻尾、これはトカゲか……」
「なぜ普通に宿題続行出来る?!」
「カンで」
「スゲェ!……いや出来てねぇじゃねェか!全部書く場所間違ってる!」
「ところで、何の用?」
ユウは辟易としながら聞いた。
当然ながら、鼻と鼻の先がふれあいそうなほど魔王が近いからうざいのだ。
「ユウ、今日の試練は、とかげドラゴンと戦って倒すことだぜ‼‼」
「それはとかげ?ドラゴン?どっち?」
ユウはペンを止めてたずねた。
「ドラゴンだ」
「トカゲではないの?」
「トカゲみたいなドラゴンで、国一個滅ぼしたくらいに強いんだぜ」
「戦ったら僕死ぬじゃん」
「だからやるんだぜ‼ケケケケケ‼」
「そうか」
ユウは察した。
魔王は試練に飽きたのかそれとも元々そういう予定だったのか、とにかく試練なんてもんを本気で終わらせるつもりらしい。
そして人間界の支配を始めようとしているのだ。
「一発くらいは攻撃してもいいぜ!そうでもしねェとテメェは憤死すっかもしれねェからなケケケケケ!」
顔を歪ませ大口を開け笑う魔王の牙は狼のように鋭い、もし閉じれば人の腕や足なんか簡単に引きちぎるだろう。
ユウは少し迷った。だけど立ち上がってその口に横蹴りで思いっきり脚を突っ込んだ。
「ざっけんな!ゴホッ‼」
意外と効いたらしく魔王はゲホゲホえずく。
「ふざけてない!お前がやっていいって言った!」
「うっせ――!普通は口内狙わねェよ!」
魔王がユウの顔面を軽く殴った。
「痛いじゃないか!」
ユウはずきずき痛む頬を抑えながら叫ぶ。
「いいかユウ!普通は腹とか狙うんだぜ?!」
「じゃあはい」
体重が上手く乗ったユウのボディブローが魔王の腹めがけて唸った。
「殴るな‼もう既に一発蹴って来ただろ!?」
普通に拳を魔王が受け止める。
「というかさ、お前が一撃入れろって言ったから攻撃したのに、僕が殴られたのはおかしくないか?」
「反撃しねェと言ったっけか?!」
「それもそうか……」
ユウは納得した。
「だが……ちょっとテメェがかわいそうなので、一撃だけどんな攻撃しても反撃しねェぜ?」
魔王は何やら、堂々と仁王立ちをしだす。
なので、ユウは拳をチョキにし彼女の目をついてみた。
「ぐぁあああ!テメェなんでそんなに暴力に躊躇ねーんだ!子供が真似でもしたらどうする?!いたずらじゃすまないんだぜコレはァアアアア!!!!!」
彼女はもだえ苦しんで転げまわる。
「いやだって、お前侵略者だし……僕は弱いんだから、相手の弱いところ狙うのは当たり前だし……」
ユウは自分の得た感触に違和感を覚えた。
以前ナイフを刺そうとしたとき、まるでダメージを与えられそうになかったのに今日は違う。
「今日は魔界に行くぜ」
だがユウのそんな疑問を一瞬でかき消す言葉が、ようやく落ち着いてきた魔王の口から出た。
「えッ?魔界?わかった!ちょっと待って食料とか」
魔界に行くなら色々準備しようとしたユウの頭上に星々の輝きがあった。
周りは暗く、目を凝らさないとここは渓谷と理解できない程。
「は?」
わけがわからなかった。
しばらくしてワープか何かの魔法で魔界に移動したのだと気づいた。
星の位置がめちゃくちゃだ。
「ワープしたぜ魔界に」
「急に移動するとびっくりするだろ!」
ユウは真っ当な文句をつける。
魔界なんて普通なら一生いけない場所行きたくはあったが、準備せず飛び込みたいわけじゃないのだ。
未知の場所に身一つで飛び込む程バカじゃない。
「すまんがテメェの苦情等知った事か」
魔王はへらへら笑いながら歩きだす。
「……で、ここでドラゴン倒すんだね?」
ユウは彼女に続きながらあたりを見回す。
どうやらそのドラゴンはいない。
隠れてるのかと思って集中し気配を探すも、やはりいなさそうだった。
「コレから一時間ちょっとで巣穴まで行くぜ」
「めんどくさっ!!ワ―プで行こう」
「アレは一日二回程度しか使えねェ、つまり帰り用のワープ無くなるけどそれでもいいぜ?」
「うっ、困るなそれ……」
ユウはここで長居したくなかった。
いきなり連れてこられたから、何かしら魔界の危険生物に出会っても対処法はわからない。
試練を終えたらとっとと帰るべき、ユウの直感がそれを告げている。
徒歩でいく事になった。
そして二人は洞窟についた。
こう書くとちょっとの移動に思えるが、即死する毒もった蛇とかいる山道を3時間くらい歩いたのできつい道のりだった。大変だった。
さて、この洞窟はドラゴンの巣穴であると言われて納得がいくデカさ。
とても深いらしく、その中からは闇ばかりが溢れる。
「気をつけな、戦うのは何千年も生きて国を何個も滅ぼした"とかげドラゴン"だぜ?」
「そんなのと戦わせようとしている奴が気をつけろなんて言うのは煽りだよな?」
「ギブアップしたら助けてやるぜ?私様は慈悲深いぜ!」
「慈悲深いなら侵略やめるべきだろ」
「黙れ、正論は止めろ!」
「正論とは認めるんだな」
言い合いながら二人は洞窟へ足を踏み入れて、自身の体すら見えなくなる暗闇の中歩いていく。
ユウの中には迷いがあった。だってこれは何となくで始めた試練だった。
世界を守りたいとか、家族や友人のためだとか、そんな理由は一切無い。ただ楽しいんじゃないかなと思ったから続けた。
人間界を魔王に支配されるのは嫌だが、自分が死んでまで守りたい世界じゃない。でもドラゴンと戦えば、たぶん自分は確実に死ぬ。
じゃあどうする?どうしたい?なぜ自分は逃げ出さない?僕は何をしたいんだ?迷いながら体は深い闇へともぐりこむ。
空気は冷たくて、地面は固くて、どこか田んぼみたいな匂いがする。注意しなければすぐ転びそうな闇の中、ユウはむしろ落ち着いていた。
理由は本人にもわからない。
しばらくして急に明るくなった。
魔王が手のひらの上に炎を浮かべていたのだ、それは松明の代わり。
「こっからは暗いぜ、注意しろ」
「いやこれまでも暗かったし見えなかったけど」
「知らねーなァ」
ついてこい、そう言いたいかのように魔王はずかずかとユウの先へ進む。
「なぁユウ、これは自慢だが」
「自慢話なんか聞きたくない」
「私様はここのドラゴンを一瞬で消しとばすパワーもある」
ユウの意見は無視だった。
「……ふーん」ユウは適当に応答する。
「魔法だって小回りが利かんが多様だし、防御力は……まぁ日替わりだが何かしらすさまじいものがある」
「日替わりって?」
自慢話の中で、唯一日替わりという点だけは気になった。なのでユウは質問する。
「私様は優秀さを活かしテメェの強さを見抜き、勝つ率0%の試練は出さなかったぜ」
「いやだから日替わりってなに」
「でも今回の試練勝率は10京分の1だ、降参をすすめる」
「……日替わりってのは何?」
日替わりの防御力は説明してくれなかった、ちょっとがっかり。
「しかしさぁ靴くらいははかせろよ?」
「は?何言って……なんでテメェ!?」
ユウの唐突な言葉で魔王は気づいた、ユウは素足だということに。
「いきなり部屋からワープしたんだから裸足に決まってるだろ」
ユウの足は細かい傷だらけだった。
夜の自然を素足はつらい、いくら注意しても石や葉で切れる。
ちなみに魔王は動きやすい靴を履いている、その頑丈さなら裸足でも平気だろうに。
「……足がそんなに脆いならなんで言わなかった?」
「言ったら履かせてくれるとは思わないから」
「テメェそのままじゃ勝率0だな……通常手助けすんのは禁止だが、特例で持ってきてやろうか?」
魔王はどうやらちょっぴり手助けしてくれるようだ。
「それってお前がワープして持ってくるの?なら帰りの手段が消えるからやめてよ」
「ちげェよ二週間に一回だけ使えるアポートの方を使うから……とにかく帰りの手段は消えねェぜ安心しろ」
話を聞いていると、ユウの中で一つアイデアが浮かんだ、この試練を突破するための良いやり方だ。
「……それじゃ靴じゃなくて”アレ”をくれないか?」
だからユウは”アレ”を頼んだ。
※※※※※※※※※※しばらく時間が経過した。
洞窟の中には赤色のドラゴンが丸くなって眠っている。
とかげドラゴンなんて可愛らしい名前は明らかに実態とそぐわない。
ただ”ドラゴン”と呼ぶべきだろうとユウは思った、それほどまで恐ろしい様相をしている。
ただそこにいるというだけで尋常ではない威圧感を発しているのだ。近づこうと思っただけでも、常人なら恐怖で汗と涙が止まらなくなって動けなくなるほどの存在。
ユウ達は遠巻きにそれを眺めてる。
「あいつの体積トラック4台分くらいか、それだけでも強い……」
「降参してもいいんだぜェ?命あっての物種だろ」
ユウのつぶやきを弱音と捉える魔王。
「僕はやるさ、戦う」
「死ぬぜー?はやくギブしろよー」
ユウは魔王を無視一歩、また一歩とゆっくり近づいていく、ドラゴンに。
「……なるほど」
それだけで汗が吹き出して止まらなくなった。
どうしようもない本能が叫ぶのだ、嫌だ怖い死にたくない行きたくない助けて。
後ろ向きな言葉が頭の中を駆け巡り、ユウの関節中がズキズキ痛みだす。
だがそれは正常な反応だ、肉体中の細胞がユウをドラゴンに近づけたくなかったのだ。
胃の中にあるもの全部ゲロに変えてしまいそうな程、近づけば近づくほど威圧感が強くなっていく。
自分が終わる未来、このドラゴンに近づくものは誰もが予感せざるをえない。
ユウもまたそうだ、かみちぎられ、潰され、自分が死ぬイメージを脳が勝手に描いていく、リアルに。
それは本能の警告である、”こんな風になりたくないなら逃げろ”と。
だがしかし、ユウは歩みを止めない。
そうしていると殺される光景は浮かばなくなっていく、そして代わりに戦意が満ちる。
一方、魔王は困惑していた。
普通なら立ち向かおうとしても気絶してしまうようなヤバい奴に平然と向かっていくユウに。これまでの立ち向かってきた困難と違って、一瞬ヤバいとわかる存在に向かっていくユウに。
そんな困惑など知らずにユウは”魔王に取って来て貰った武器”でドラゴンに殴りかかった。
「躊躇ねーなァ……テメェは」
攻撃に反応してドラゴンは目覚めた、前脚の鉤爪で瞬時にユウへ殴りかかってくる。
それをユウは”武器”で弾いた。
”武器”とは以前の試練で使った”ほうき”だ。
魂を吹き込む魔法を使ってもらったのだ。このため耳と口から血を拭きだしている。
「ぐぁッ!」
ドラゴンの攻撃を弾くようガードしたが、あまりの衝撃にユウの体は少し浮いた。
どうにか転ばず地面に着地したが、腕が痺れてる。
仮に魔力強化の無いほうきでガードすれば即死だった。
そんなユウにドラゴンは追撃しようと
「グオォオオオ‼‼」
火球を噴く。
ほうきをユウは振り、火球をほうきで裂き消した。
ユウは笑む。
以前聞いた通り、本当にこのほうきは頑丈で使える。
魔王の込めた魔力は本当に強い。
あと、意外にドラゴンの動きは読みやすい。
蟻やゴキブリといった虫に回し蹴りやアッパーといった技を使って駆除する人間は数少ない。
わざわざそんな技術を使って面倒な思いするより叩き潰せばいいからだ。
ドラゴンにとって人間なんて小さい羽虫みたいなもの、適当でシンプルな攻撃以外はわざわざ使ってこない。
故にユウは読める、敵の動きが。
「さて、お願いしますよほうきさんっ!」
ユウは精神を統一し、感情の揺らぎを一層消していく。
冷静さを欠いてはいけない、いくら有利な条件が整っていようと一つでもミスしたら死ぬから。
まぁ冷静になろうと、死んで終わりな可能性が高いけど。
流石に戦う相手との地力が違いすぎる、立ち回りや作戦でどうにかできるパワー差じゃない。
でも、それとは別にやるだけはやってみようというポジティブな感情も確かに持っていた。
「カッコつけやがんのや!め!ろ!死!ぬ!ぜ!勝率無いのと一緒だからな!」
遠くから魔王の大声が飛ぶのも無視、返事したらその分体力消費する。
ユウに向けドラゴンが爪を振り下ろそうとしている、ユウは素早く前転した。
「何やってんだ!?テメェ」
魔王の驚愕の声が洞窟に響く。
ユウの奇行は正解だった。
まるでゲームのようなやり方だが、うまく爪攻撃を避ける事が出来た。
姿勢を低くすれば狙いをつけられにくいし、攻撃を避け懐に入り込むことができるのだ。
すばやく立ち上がってドラゴンの腹部にほうきを叩きつけた。
皮膚が硬く攻撃が通らない。弾かれた。
ユウは焦らない。いったん走りまわってドラゴンに狙いをつけさせないようにしつつ考える。
目とか、口内とか、弱点っぽいところを狙ってみようか。
仮に狙って無理だったらまた別の方法を考えるだけだ。
今のユウは、相手を倒すだけの機械のような存在であった。
恐怖ではなく、勝つための思考がユウの中を占める。
自分の全てを戦いに使わないと勝ち目はちり芥ほどもないからこそ、戦い以外の全てを一旦捨てられた。
ドラゴンの連続引っかきを前転で避け、勢いのまま立ち上がってバックステップ一旦距離を取る。
戦いを仕切り直す。
「いやかっこ悪‼‼なんでゴロゴロすんの?‼」
うるさい、とユウは思ったが口に出さなかった。
「お、おいテメー‼‼なぁ‼誰でもギブするってそれは‼‼おい!死ぬぞ!!ゴロゴロするな!」
「黙ってろ!」
魔王の声がうるさくなってきた、戦闘に悪影響が出たらまずいのでそれだけ伝える。
ユウはドラゴンを睨む。
真正面から挑むより背後か横に回りこみたい、だが回り込むための隙が無い。
「どう見ても馬鹿だぞテメェ!なんでゴロゴロしてまで戦ってんの?!」
「だから、うるさい」
2人の会話を悠長に待ってはくれずドラゴンは火球を吐く、だがユウはまた払いのけた。
ドラゴンの攻撃は一応対処できている、しかしいずれ出来なくなるだろう。
ほうきにかけられた魔法は、時間制限がある。
その前にケリをつけねば勝機は無い。
ユウは「うぉおおおおおお!」叫び、槍のようにほうきを構えた。
そのままドラゴンに突撃する。
元気があるうちに無茶でも急所を目指した。
まぁやっぱ無茶なので叫びながら殴り飛ばされ、魔王のすぐ傍に転がり落ちた。
受け身も取ったけど、ダメージは消しきれずごほごほと咳込んで呼吸が出来なくなった。
いくらゲームみたいな前転回避が有効とはいえ、ゲームみたいに全部うまくいくわけじゃない。
頑丈な棒っきれ一本で人間が怪物と戦うのは厳しい。
だがそんなこと戦う前からわかっていた。
「棒でライオンと戦える人はいるらしいし……やれるさ」
ユウは立ち上がりながら強がってみる。
その自己鼓舞で喉を動かすことですら体の節々がズキズキと千切れそうになるほど痛い。
体が壊れそうだ。
「……お前だって生き物なんだから、殺し方はあるんだろう?」
ドラゴンを睨み付けほうきを構え直した。まだ戦う。
退く気は一切無い、ここで死んだとしても。
しかし邪魔が入った。魔王がドラゴンとユウの間に割り込んで、なんだ、とユウが問いかける暇もなく行動する。
ユウと自分を包むように氷のドームを作った。
困惑したドラゴンが火吐いたが、ドームが全部はじき返した。。
この魔法はスノードームインフィニティ、周囲を守るように氷の壁を作る。
「ちなみにこの魔法を発動している間、私様の実家がすごい速度で老朽化していく欠点を持つ」
「そんな説明いらない、いきなり何するんだ」
ドラゴンはスノードームインフィニティを警戒したのか手を出してこずユウたちの様子をうかがう。
「ユウ、簡潔に話す、私様の実家のためにも」
「お前の実家ってなんだよ」
「ギブアップしろ‼」
「もしかしてお前試練の邪魔してるのか?」
「テメェはこのままじゃただ死ぬ、それ見てもつまんねェ!」
「そう?僕の苦しむ姿も楽しく観れるんじゃないのお前は」
「これまでの野蛮な言動は半分くらい演技だ、残虐で非道で威厳がある魔王が求められてるからそうしてるだけだぜ」
「へぇ」
「全身複雑骨折くらいまでしか笑えねェくらい優しいやつなんだ私様は……‼」
「優しいのかそれは?!」
「……私様は取り返しつく怪我くらいまでしか笑えねェんだ」
少しお互い沈黙。
気まずい空気が流れる。
「なあテメェの死で悲しむヤツとか、いるだろ?!」
静寂を打ち破るのは魔王だった。
「いないよ」
「海外出張してる両親がいるだろ?」
魔王は叫ぶようにユウに言った。
「いない」
だがユウは、酷く静かに返す。
「何言ってんだテメェ!?」
「だって、いるってのは嘘だもん」
「……は?」
ユウが当たり前のように口にした言葉に、魔王は硬直していた。