四話-友達を作れ-後編
さて、教室の前に戻って来た魔王とユウ。
2人は教室の中をじっくりと見回す。
「話し相手は知り合いがいいかな?ヒイラギさん……は幼馴染だけど、やめておこう」
ユウが指差すのは、教室の奥の方でクラスメートと駄弁ってる少女を。
名前はヒイラギ、彼女は気真面目そうで髪は二つ結びにしている。
「幼馴染いるのか?!」
そんな彼女を指さすユウに対して、魔王が驚愕した。
「それが何?」
「しかも女子で可愛い子?!」
「だから、それが何さ?」
魔王の言うように、ヒイラギは可愛らしかった。
しかも体育や家庭科含めた全ての授業でトップクラスの成績の、出来が良い人だ。
そんな彼女と知り合いな事になぜ魔王が驚くのか、ユウはわからない。
「……なんだよ魔王、それがなんか問題ある?」
「騙されたぜ」
「何を?!」
魔王は"わかってねェなー"とため息をついた。
「しっかり身だしなみ整えられるような子と付き合いあるほど陽キャと思わなかったぜ」
「ヒイラギさんと仲良かったのは小学生の頃の話だよ、今は別に……関わってない」
「悪戦苦闘しながら友達作るとこ見たかったのに、社交性ありやがってクソが」
「僕と友達になるなんて、かわいそうな被害者を選ぶのは悪戦苦闘するさ」
「は……?」
魔王はユウの発言を聞き、驚き固まった。
「……どんな卑屈な考え方してたらそうなるんだテメェ?」
「コミュニケーション苦手だとそうなる」
「いいか、多少傷つけあっても許しあえるんだよ友達ってのは、だからそんなに卑屈になる必要はねェ」
「多少までしかどうにもならないんだ」
ユウはぼそりとつぶやいた。
「……なんかあったのかテメェ?」
魔王が聞いた。ユウは聞かせるつもりがなかったのに耳が良い。
ユウは何も答えない。
正直に答えるのも嘘をつくのもなんとなく嫌。
だいたい魔王に対して自分の過去を教える義理も無い。
なのでユウは何も答えず教室の中に入る。
魔王はめんどくさくなったのか、それ以上追求してこなかった。
ありがたかった、何も言わずに済んだから。
ユウは教室を見回し、話しかけやすそうなヤツを探す。
とりあえず集団は人間はダメだ。
一度形成され切った人間関係を動かすのは地味に難易度が高い。
時間をかければやりようはあるが、そんな手間わざわざかける意義今は無い。
だから一人でいるヤツを選ぶのが吉。
ターゲットにしたのは、本を読み終わった男子生徒だった。
ちょうど暇そうにしていて、表情も落ち着いていて、他人への警戒心がうすそうなやつ。
ちなみに彼の読んでいた本はバトル物ラノベ”無職の俺がお花屋さんを始めたら店頭に並んだ全ての花が人類に反旗を翻した件”の8巻。
無職だった主人公が植物の怪物達と戦うため人類に反撃を促すもコミニケーション能力の無さから誰も仲間になってくれず困り続けるという内容だ。
ユウも読んだことがある。
「あっ、その小説面白いよね」
「ェ?なんですか急に」
ユウは躊躇なく唐突に話しかけた。
頭の中に彼と楽しく話す計画はもうあった、本をきっかけに……という程度のシンプルで準備もいらないものなのでとっとと実行したい。
こんな試練は早く終わらせてしまいたい事もある。
「いやごめん、その小説僕以外に読んでる人始めて見たからつい」
「……」
佐藤は怪訝そうな顔をしていた、ユウはそんな彼をしっかり細かく観察する。
細かい所作から、彼は初対面とのコミニュケーションが苦手なタイプだと判断。
計画は修正しなくてよさそう。
「あぁそうだ、ごめんね?」
まず無害さをまずはアピールしていく。
「え、いや何が?」
「名前も知らないのに急に話しかけて……」
ユウが取った行動は一旦距離感を離す事だった、あまりグイグイ行けばこの人はたぶん萎縮する。
「いや知ってるよ君は武霊武ユウでしょ?」
「よく覚えてるね」
これは本当に驚いた、自分の名前など知らないと思っていた。
「珍しいじゃん、その名字」
ユウの予想以上だった、一旦距離感を離す成果は。
もうとっくに互いの間にある雰囲気は温和なものとなっていた。
「……ごめんね、僕の方はちょっと君の名前覚えて無いや」
「佐藤だよ、珍しくないからしょうがないね」
「そっか、佐藤君」
「それより好きなキャラとかいる?」
佐藤は読んでるラノベについて話せる相手が出来たのがうれしい様子だった。
「主人公の上呂かな、人類の8割が死滅して絶望してるのに、邪悪植物たちからの甘い誘いを断るシーンがかっこよかったから」
ユウは質問に答える。
ここで嘘をついても意味が無いと考え素直に、素直に。
知らん作品語ってるの横から聞いてもあんま面白くないよな意味不明で。
ユウは耳元で魔王の声がした気がした。
あたりを見回すが魔王は遠巻きにユウ達を眺めている、耳元で囁いたりは無理な距離。
何か集中した様子で、目を閉じて口をもごもごさせていた。
先日の配信試練でやったヤツだろう。
まぁ、彼女の声はユウにしか聞こえていない様子なので無視だ。
「上呂もいいよね、でも僕はハチかな、強いからいい、ハチっぽくなりたくて空手始めたし、まぁ死に方グロすぎてわりと本気で悲しかったけど」
「体の内側から竹に突き破られて死んだのはひどよねー」
それ十八禁だろ、ガキが何読んでんだ。
また聞こえてくる魔王の声は無視。
あと、ユウ達の読んでいるのはしっかり全年齢対象である。
意外と全年齢と18禁の境目は難しい。
「……そういやさっき佐藤君は空手してるって言ってたけど、なんか上達した?」
「いや始めたばっかだから恥ずかしいな」
ユウに聞かれて佐藤は恥ずがるものの、正拳突きを虚空に繰り出した。ちょっと窮屈な動きだ。
「……プロはもう少し上体を起こしてた」
「おぉ!ホントだ!こっちの方がやりやすい!」
ユウのアドバイスで佐藤のパンチフォームは改善した。
2人の対話は常になごやか。
楽しいムード、午後の授業開始時間までそれは続いた。
試練のクリア条件は、人と楽しく話して友達になること。
つまりこの試練はクリアである。
――――――――放課後、ユウ達は人気のない廊下で話していた。
「いや普通に笑い合って話せるんじゃねェーか!よくも騙したな‼」
「騙すって何を?!」
「陰キャですみたいなツラして歩いていきやがってよォ、まともな会話出来るくせによォ」
魔王は腕を組んで頬を膨らませ拗ねる。
彼女はユウの苦労が見たかったのに、案外あっさりクリアされてご立腹なようだ。
「会話ってさぁ、根暗でもとりあえずこなせるくらいの難易度じゃないか普通?」
「いいか、ふつうに会話が成り立つ時点で優秀なんだぜそいつ」
「そうかな?」
「いきなりヤベェくらい上から目線で話しかけてくる奴とかだっているだろ?」
「あー、そういえば魔王とかいう奴に上から目線で話しかけれた」
「……あ、いや、それはすまんかった正直」
「もういいよ、それより僕の家に帰ろうか」
とりあえず、今日の試練はクリアだから学校に残っている必要もない。
ユウ達は帰路についた。
帰り道は夕日に照らされ、魔王とユウの二人の影が伸びる。
それはまったく重なる事は無く、各々の存在だけを主張する。
「しかしテメェはなぜ一人でいるんだ、そんだけ社交性あんなら普通に仲間作れんだろ」
「僕と友達になった人に対して、なにか嫌な思いさせてしまう気がするんだよ」
「安心しな、友達ってのは、ちょっとくらいの嫌な思いなら許しあえるものだぜ」
「ちょっとで済ませられるならね」
「でもテメェと佐藤は楽しそうに話せたろ?あんま気にすんな」
「ん?ぁ――、うん」
ユウの反応は異常なまで他人事みたいだった。
興味ないスポーツの地区予選について語られた人の反応くらい。
「え?」
魔王の顔は素っ頓狂な、鳩が豆鉄砲を食らったような、普通に歩いてるだけなのにいきなり腹にナイフを刺された現実が受け入れられないような、そういう表情になった。
「どしたの?」
「テメェマジで?マジであれ演技?」
魔王はなんとなく理解した、ユウが佐藤と笑い合っていたのは殆ど演技だと。
「ケケッ、すまねェな……あんな演技ができるってことは、予想以上に深い傷をテメェはもってたみてェだな」
今度はユウが、鳩の豆鉄砲を食らったような、普通に歩いてたらいきなり腹にナイフを刺されたようなとにかく素っ頓狂な顔をした。
「それがどうしたの?」
「……すまねェ、大変だったろ」
魔王は謝る。
「べつに頭下げられる程のダメージは受けてないよ、大丈夫」
ユウは本当にダメージを受けていなかった。代わりの箸がある状況で割りばしをうまく割れなかった時くらいの痛みしか。
友達を作ること自体は苦痛じゃないから、今日の事も苦痛じゃなかった。
”その先”が怖いのだ、もしも深い関係になった後で相手を傷つけてしまったら。
そしたら、相手はどれほど悲しんで苦しむか想像すると、ユウはこわくなる。
だから人付き合いがしたくない。
「私様としちゃあテメェの心を陰湿に痛めつけたいんじゃねェ、バンジージャンプみてェな派手苦労してほしい」
「べつに傷ついちゃいないよ、たださー次は面白い試練が良いなあ」
「ケケケ安心しやがれ、次はテメェもお気に召すとおもうぜ」
ふと、魔王は思い出したかのようにスカートのポケットをまさぐった
「魔界の飴だ、食うか?」
それからユウに向かって、袋入りの飴を差し出す。
申し訳なさそうで、だけど優しさもある表情。
「その飴何味?」
「たぶんイチゴかバナナかリンゴかハバネロ」
「ハバネロの可能性もあるのか……」
ユウはちょっと躊躇したが食べた。
リンゴ味であった。
ほっとしたような、ハバネロ味の飴も食べてみたかったような。
どっちつかずな気持ちになったが、とりあえずおいしかった。