三話-配信を盛り上げろ-前編
ユウの部屋はポスターやフィギュアなどの飾りは一切無い。
しかし部屋は彩りがあった。多種多様な本があるから。
多くが中古品だが、状態はよく部屋の雰囲気をいいものにしている。
ユウは昼下がりに静かな環境でそれらを読むのが好きだった。
だが今日はせっかくの土曜休みなのにうるさい。
昨日泊まっていいよと許可したせいで魔王がいる。
朝っぱらからなんかやってるせいでやかましくて最悪だ。
「今日お送りする試練の記録はーー」
「朝からずっとパソコンに向かって何してるの?うるさいんだけど」
魔王は床に置いたノートパソコンに、あぐらをかいた状態で朝っぱらからずっと話している。のでユウは理由をたずねてみた。
ちなみにこのパソコンは魔王がこの世界に持ちこんだ。
コレは魔界で作られたパソコンだ。
「チッ」
魔王は舌打ちした。
「何急に、態度悪いな」
「お前のせいで動画の挨拶取り直しじゃねえか‼‼」
「撮ってんの?なんで?」
「私様は魔王だろ?この人間界支配の現況を動画サイトで伝えてやることにしてんだ」
「へー」
ユウはそうなんだぁ、と適当に返しておいた。
彼女との話より、今読んでるペンギン図鑑の方が大事に思えた。
「興味ねェなら聞くな」
興味ないのがバレた。
バレてもいいやと思っていたから演技をしなかったせいで。
「……なぁおい疑問に思わねェか?」
「何が?」
「テメェと私様が勝負して世界の命運を決めるって事をだ」
「あんま興味ないな」
だが聞かせてくれるというのなら聞いておこうという気になった。
もらえるものはもらう精神で、本棚にペンギン図鑑を片付けた。
たしかに改めて考えると気になる。
世界を支配することとユウに試練をさせる事のつながりは、全然わからない。
「要するに言い訳だ」
「言い訳?」
魔王の言い分はユウの予想外であった。
「暴力で支配したらただの侵略だろ?」
「うん」
「だが全人類代表とルール決めて勝負して、その結果支配したなら、正当な侵略だろ?」
「うん?」
「な?納得できたか?」
「今の"うん"は、困惑の"うん"だけど」
ユウに今の説明で納得できるわけが無かった。
「何が疑問なんだよテメェ」
「僕みたいな一般人を全人類の代表にして正当なわけない」
それに、ルールを決めて勝負と言ってるが、強制に近い形で勝負を受けさせられているような気がする。
たまたまユウは試練を楽しめているから、そこは指摘するつもりが無いけど。
「あのなァ、魔界の奴らはこの世界の誰が偉いとか興味ねェんだ」
「もしかして魔界には僕らの世界を越える戦力があるる、戯れをしてるって感じ?」
「ケケケ、色々考えられるんだな、正解だ」
「ふーん、よくわかったよ」
真相を語ってみてもらえば、特に面白くないものだった。
ユウはがっかりした。
あと、魔王の話をまとめるとユウの住む世界をポンっと越える戦力が魔界にあるなんてヤバい状況なようだが
魔界に行った事も無いし、どういう場所なのかイメージがつかない。
なのでユウに危機感はわかなかった。
「そうそう今日の試練は、配信して盛り上げることだぜ」
魔王は思い出したかのように唐突にユウへ指示を出す。
「配信って?」
「これからテメェは私と一緒に生放送をしてもらう、魔界の奴らと話して盛り上げろ」
「楽しいかなそれ」
別に他人と話すのはそんなに好きじゃない。
雑草でも眺めていたほうがいいような気がユウはした。
「いいか、物事を楽しめるかはテメェ次第だ」
魔王はそう言うけれども、ユウには懸念がある。
「だけどリスナーにいきなり斧でドアかちわられたり火をつけられたりしないかな?」
魔界とやらの住人がまともと思えなかった、魔界出身で知ってる奴は魔王だけだからなおさら。
「安心しやがれ、リスナーは魔界に住んでんだからここに来れる奴いねェよ」
「お前は魔界から来れてる」
「私様はトクベツだからな、テメェがそういう暴行される可能性は2割くらいだぜ」
「へー、わりと高い」
しかしまぁ、べつにいいかという気がして来た。
仮に魔界から襲撃があったとしてもそれはそれ、気の持ちようという事にした。
もちろん、この理屈はヤバい理屈だ。
襲撃が気の持ちようの問題なわけが無い、いくら気を強く持とうと下手命が奪われるのだ。
……だけどユウは頭のネジが若干外れているふしもある。
だからこんな滅茶苦茶な理屈で今日の試練をやることにした。
「よし、やれよォ」
パソコンをカチカチと魔王が操作する。
ユウと魔王の顔が画面の左側に写る。
どうやら魔界の動画サイトにてライブ配信を始めたようだ。
ちなみに画面の右側にあるのはテキストボックス、視聴者のチャットがここに表示されるらしい。
「こんにちは、僕はユウ、武麗武 ユウです」
とりあえず挨拶する。
「マジの名字かよそれェ!??」
「悪い?」
「ギョっとするだろ!?」
<あ、放送始まってたか>
突然画面のテキストボックスにこんなチャットが流れた。
ユウは驚く、文字が日本語だということに。
「そういやなんでお前日本語喋れてんの?!」
そして魔王が日本語を使えることがすごいことにも今さら驚いた。
異世界の人なのになんで。
「だってもともとなんか普通に喋れる……配信に集中しろよユウ!」
2人は画面を見つめる。
チャットはたくさん来ていた。
<初見>
<魔王様の顔始めてみた>
<魔王様見てるゥ?権力者も動画配信するんだね>
<つまんなそうだけど、流行った時古参ヅラしたいから見ます>
「知らんやつのために言うが私様は魔界の566ヵ国を支配してる魔王だぜ、よろしく」
<すげー、俺だったら管理出来ないよそんないっぱい>
「ちゃんと仕組み作ってんだぜ、ケケケ」
「……それでさあ、僕は何を話せばいいんだ?」
ユウは魔王にたずねる。
<へー、そいつが人間界の勇者か>
<弱そう>
<可愛い顔してるね君、ちょっとおじさんと遊ばない?>
ユウが画面に映るとチャットは少し活発になった。
「雑談枠にしてるから何でも話していいぜ」
「え――急に言われても困る……あれ?」
<草>
<はよどうにかしろ>
<まぁ>
チャット欄がなにやら妙な流れになっていた。
パソコン画面に“著作権侵害により動画を削除されました”という通知が表示されているせいだ。
どうやら魔王が過去に投稿した動画全てが削除されているらしい。
「著作権侵害したんだ、へー、王が何やってんだよ……」
「い、いや待て、そんな事してねェ!サイトのミスだ!」
魔王は配信用カメラに背を向けスマホを弄くりだした。ちなみにスマホも魔王が元々持ってたヤツだ。
「ちょっと待て、配信どうするのさ?!」
「異議申し立ては問題発生から30秒以内に行わねェとアカウント削除になる程理不尽で忙しい!テメェに配信は任せる!」
「時間制限短くない!?魔界の動画サイトってそうなの!?」
「あァ!わりと困る!」
「わりとで済むのかよ……!」
<済むわけないだろ>
<やっぱ偉い奴って庶民の気持ちわかんないんだなー〉
コメントがちょっと荒れた。
「……お前あんまり王の威厳無いんだな」
「今関係無ェ!」
魔王はスマホをいじくりながらユウの部屋から出て行ってしまった。
試練をクリアするためには、ユウ一人で配信をするしかなくなったのだ。
「しょうがないなぁ、正直言って滅茶苦茶めんどくさいんだけども」
ユウはパソコン前に座りなおした。どうでもいいことだってとりあえずはやれる人間だから。
「こんにちは皆さん、ちょっとどたばたしてごめんなさい」
<こんにちは>
すぐに挨拶がチャットで返された。
魔界がどんなところかわからない。
もしかしたら、相当に荒れ果てているところかもしれない。
だから、ユウと価値観が一切合わない相手かもしれない。
だから気づかぬうちに失言をするかもしれない、けれど交流しないわけにもいかない。
「すいませんね、トラブっちゃっいまして」
とりあえずもう一度謝罪しておく。
<死ね>
「えッ!?」
いきなりひどいチャットがされた。
それを皮切りにテキストボックスをどんどん荒らしの嵐が埋めていく。
〈ウンチ!ウンチ!ウンチ!ウンチ!〉
〈美しすぎる女性の秘密映像! リンクはこちら〉
〈つまんね〉
「あのー?ちょっとやめてくれませんか?」
〈黙れガキ〉
「やめてくれませんか!」
テキストボックスはめちゃくちゃだった。
匿名のどこかの誰かが荒らし回ってる。
ユウはむしろ安心した。
魔界の人間もこの世界の人間と大して変わらない。
画面を通してつながっている連中は、理外の化け物ではない。ただの荒らしだ。
つまり既知の存在であるということだ、対処のしようはある。
チャットの荒れはますます勢いを増していく。
「荒れてるけど、これはこれで盛り上がってるからいいかもっ!」
それでいいわけねェだろ馬鹿‼まともにやれ‼
そんな声が耳元てかけられた気がした。しかしこの部屋に魔王はいない。
「幻聴かもしれないし無視するか」
幻聴じゃねェ‼私様の耳は今日調子めっちゃいい‼
また声がした。どうやらコレも魔法の一つらしい。
「……はぁ」
しょうがないので、荒らしリスナーを配信から追い出そうとマウスを動かすが「……マウスの電池が!」出来ない。
マウスの電池が切れている、これではパソコンが操作出来ない。
しかも現在、予備電池が家に無い。
ユウはキーボードから操作出来るんじゃないかと思った。
だが魔界のパソコンなんだからショートカットとかは人間界のものと全然違う可能性もある、危険だ。
下手に触れば動画配信を強制終了する、ようなことになるかもしれない。
そしたら試練は失敗になってしまう。
けどこのまま荒らしを放っておいてもちゃんと盛り上げるのは難しい。
「クソ、どうすればいい……?」
<ばーか>
困っているユウを荒らしが煽る。
「魔王のばかやろー、電池くらい変えとけよばーか」
ちょっとイラついたユウはとてつもなく小さな声で言う、もし聞かれても幻聴と思われるくらいの小声で。
どこかから、ブッころすぞという声がしたのでそれ以上の文句はやめた。
幻聴だと思ってもらえなさそうだ。
さて、とにかくできる事を真面目にユウは取り組みだす。
「あの、なんでこんなことするんですか?やめてくれませんか荒らすの」
まずは荒らしをどうにかするため、対話を試みる。
〈死ね死ね死ね〉
〈うんちうんちうんちうんち!!〉
〈魔王は売国奴〉
〈俺は恋人も友達もいるしお前はクソ〉
優しく諭しても荒らしが収まりそうにはない。
「あー、そうですか」
言い返してもどうせトラブルになる。
無視する事にした。
「じゃあ皆さん、それじゃとりあえず質問コーナーでもしますか」
<おい無視すんな>
「何でも聞いてくださいねー答えるとは限りませんけど」
無視していても、邪魔だった。
<うんちうんちうんちうんちうんちうんち>
ガンガン荒らしはチャットを書き込んでいやがる。
これでは普通のチャットが流されてしまいまともに配信が出来なそうだ。
これはもう、あれだ。
マウスが使えないから、パソコンの操作は出来ない。だけど、それでもどうにかしないといけない。
ユウは確信する、今回の試煉もめんどくさいものになる。