二話-部屋を掃除しろ-前編
魔王は掃除が試練だなんて言いだした。
とりあえず、ユウは話を聞くことにした。
「掃除が試練ってどういう事?」
当然の疑問だ。
掃除程度なら簡単に出来る、そんなのが試練になるのだろうか?
屋根の上とか面倒くさいとこも掃除するとしても、世界の命運をかけるにはささやかすぎる課題。
「今日中にこの家の中全部を掃除しろ」
掃除は屋内だけですむようだ。
「ソレだけ?楽だな……」
「冷めてんなァもっと熱くなれよ」
「掃除になんの感慨もわかないから」
「冷めるなよ、熱が必要なんだぜ、試練は特別なんだからな」
と言われても、やっぱりユウの気合は入らない。
家を全部掃除しても大した時間はかからないからだ。
ここは二階建ての木造建築で、普段からキレイにしてる。なので3時間もあれば余裕で終わる。
「掃除するだけなんて面白くもないし、熱って言われてもな」
「ケケッ、まぁ見てな」
魔王の瞳が一瞬赤く光った。
それからユウの目にふと入るものは衝撃的だった。
ほうき、雑巾、バケツ、ちりとり、重曹、掃除機、窓拭き用洗剤。家中から様々なお掃除用具が勝手に動いて、ユウ達のいる玄関に集まって来たのだ。
ユウは驚いた、すごく。
「魔法でちっぽけな物を自動で動かせる、ぐはっ」
説明しながら突然魔王は口と目から血を噴き出す。
「何急に、病気か?」
「この魔法を使うとこうなる」
魔王は耳とすべての指先から血を噴き出した。
ユウは後退りをする、血に触らないように。
「ケケケ、私様の血もきれいにしろよ」
「汚いなー」
「血ィそのものを怖がってくれると嬉しかった」
魔王は血まみれでニヤニヤしていた。
「……珍しい性癖だなぁ」
「そうじゃねェよ」
どうやら怖がってほしいらしいので、ユウは怖がることにした。
「あ、そう、すごくこわいなー」
「もっとちゃんと演技しろ」
演技が適当すぎた。
「ところで、なんでこいつらに魔法をかけたの?」
ユウは集まって来た掃除用具を指さす。
「テメェの恐怖心麻痺してんのか?道具が動いてんだぜ?怖がれよ」
そういわれても、もうユウは何があってもあんまり驚かない段階にいる。
今日はびっくりすることが多すぎた。
「それでさー、こいつらは何者?」
「……私様が魂を吹き込んだ便利なお掃除道具だ、言葉通じるぜ」
なるほど、ユウは頷いた。
試練とは、ただ掃除をしろというわけじゃなくて、この掃除道具どもを活かすという特別ルールがあるのか。
「じゃあ掃除頼んだよ」
ユウはすぐに道具たちへ指示を出した。
「ケケケ」
魔王は不敵に笑んでいた。
洗剤がほうきの毛の部分に洗剤をぶっかけ、ほうきはそれを壁にまき散らした。
「え、やめて、汚れる、めんどい」
ユウの静止は聞かず道具たちは壁を汚す。
その汚れは文字になっていて
“黙れ死ねカス”
と書いてあった、ユウへの暴言だ。
「なんだお前ら?!」
ほうきはさらに壁に字を書く。
“お前は死んだ方が良い産業廃棄物、てめぇの親の代わりにPL法遵守し処分してやる”
「……ガラが悪い!」
「それですますレベルじゃねェだろ」
しかしこんな逆境に、むしろユウは冷静になっていた。だって、違和感ありまくりな"掃除しろ"という試練に納得がいったのだ。
世界の命運をかけた試練にこの程度の苦労すらなかったら、逆になんかこわい。
ユウは迷う、お掃除道具達が邪魔してくるならこれからどうしようか。迷っていると雑巾が飛びかかってきたので冷静に避ける。
雑巾はその体を魔王の血でよごしていた、ユウへの嫌がらせ。
「きたない!」
ユウが避けても雑巾は飛びかかってくる。
避け続ける。
しかし、そうしていると床や壁が汚れていく。雑巾が掃除の邪魔だ。
「やめてくれ!すごい汚い!」
「そりゃまぁそうだが……」
魔王はユウと雑巾の戦いを見ながら、何やら含みある言い方をした。
「だがの後に続く言葉はなに?なんか言いたげだな!」
ユウは気になったので聞いてみる。
「……もっとこう、血そのものを嫌がってほしいんだよな~」
「それはすごく変態だな」
「私様の性癖ってワケじゃねェよ!」
「あ、そう」
魔王の言葉に興味を無くし、ユウはこの状況をなんとかすることに意識を向けた。
まず周りを観察する。幸運なことに雑巾以外の掃除道具達は遠巻きに様子を眺めている、あまり怖がる必要は無さそう。
飛び掛かって来る雑巾をバリエーション豊かな動きでユウは避け続ける、ステップを踏んだり、動くと見せかけて動かないフェイントをかけたり、壁を蹴った反動で加速したりして。
しかし雑巾の学習能力は高く、明らかにどんどんユウの動きについて来ている。そのうちぶつかられてしまう。
それは気持ち悪いので、早くどうにかしなければ。
「こいつらどうしたら言う事を聞くの?」
ユウはたずねた。質問のできる素直な子であるから。
「ケケケ、知らねェよ自分で考えろ」
魔王の返答は冷たい。
「わかった」
ユウは素直に答えた。
そして本当に自分で考える。魔王の言葉に従うわけでは無いが、考えなきゃたぶん何にも解決しないのは事実。
今の目的はとにかく家を掃除すること。
邪魔してくる雑巾の処理は自由だ、倒してもいい、懐柔してもいい。
だが倒すのはすこしまずい、今は大人しいとはいえ雑巾以外の掃除道具達にも魂は宿ってる。
彼らの仲間を傷付けて逆鱗に触れるかもしれないし、そうしたら間違いなくろくなことにならないだろうから。
ではどうする?
……懐柔、ユウの取ると決めた選択はそれだ。
倒すよりも、仲良くなった方が得策だと判断した。
「……そんじゃあどう懐柔するか」
さらに思考を巡らせていく。
まず、そもそも道具たちはなぜ嫌がらせをしてくるのだろう?
一つの可能性に思い至る。
彼らに魂があるらしいし、何らかの理由で"敵意"を持っているのでは?
血の付いた雑巾を避けながら観察する。
強気で堂々とした動きだ。
命令されても簡単には聞かないタイプの精神性を持ってそう。
意固地そうなところが少し魔王に似ている気がした。
……蛙の子は蛙というように魂を吹き込んだ者に、吹き込まれた物は似るかもしれない。
そう認識し、ユウは立ち止まって喋り出した。
「すいません、僕は掃除したいのですが助けてくれませんか?」
最初に指示した時とは違い少々へりくだって“お願い"をした。
もしかしたらユウの態度が彼らは気に入らないんじゃないかと思った。
その途端にぴた、と雑巾が止まった。
ほうきが洗剤でまた書く。
“給料は?”
ちょっとユウに歩み寄ってくれた。
ユウの態度が気に入らず向かってきていたようだ。
「給料ってお金ですか?なら望み通り払えるよう善処しますが」
“五百円ずつ、我々に寄越せ”
「わかりました」
一応払えるだけのお金はある、すぐさま受け入れた。
“よろしい、やってやろう、金を持ってみたかった”
掃除用具たちは嬉しそうにぴょんぴょん跳ねた。
“条約締結!”
ユウも彼らの喜びに笑みで答えた。
ぞうきんが喜びのあまり、ユウの顔に飛びつき張り付いた。
血も普通にこべりついたが、それはそれとして我慢した。ここでわざわざ険悪なムードを作っても無駄だ。
どう考えても嫌がらせレベルだが、我慢した。
本当に嫌だけど。
ここでユウは気づくべきであった、魔王だけはとてつもなく冷たい顔になっている事を。
――――――――しばらくして。
掃除用具たちは、各々掃除を始めた。
ユウの顔に張り付いた雑巾も掃除場所に向かった。
ユウと魔王は玄関で彼らの帰りを待つ。
ユウは体についた魔王の血を指でこする。
全然取れそうにない。
「なんか血を拭き取るものある?」
「ねェ」
応える魔王は何やら不機嫌だ。
なんで不機嫌かな、とユウが思って彼女をじっと見ていると。
「なんでだ?」ぽつりと彼女は呟いた。
「何が?」
「この魔法は、私様だって使いこなせねェのになんでテメェが使えてんだ?」
その表情は暗く深く、疑問と怒りにあふれていた。
「へー、あいつらの動かし方知らなかったんだ」
「魂を吹き込んだら私様に似た性格になるハズなのになぜロクでもなさそうな奴らなんだ?」
「お前の性格がロクでもないんだろ?お前うちのドア壊そうとしたし」
「正論はやめろ」
「正論だとは思うのか」
ユウは足元に気配を感じた、下を見るとふきんがいた。
掃除を既に終わらせてきたようだ。
「あ、ふきんさんあなたの場所の終わったんですね、じゃあどうぞ」
五百円を渡すとふきんは喜んで跳ねる。
ユウは疑問に思った。
ふきんが金を使えるわけがない、なのになぜ喜ぶ。
使いもしない金はそんなに良いものか?
考察したかったが、今はそんな暇はないので気にしない事に決めた。
「……私様の言う事は一切聞かねェんだよなホントに」
魔王が唸っている、彼女は落ち込んでいるようだがユウは無視した。
今ヘタに刺激するのはかったるいしそんな必要もないと判断したからだ。
さて、これにて一階にあるキッチン、リビング、トイレ、風呂場、二階にあるユウの部屋、トイレ、物置。
掃除用具達のおかげでてきぱきと綺麗になった。
素人のユウが手を出すと邪魔になる、そんなトッププロレベルの掃除だった。
一つの場所を除き、とてつもなく尋常じゃなく綺麗になった、新居同然だ。
だが問題が一つ、玄関だ。
魔王が最初に噴き出した血、それが床にこべりつきっぱなし。
玄関に戻って来た掃除用具達と協力し頑張っても、ぜんぜん綺麗にならない。
洗剤をぶっかけようが、ごしごしこすろうが無駄。
血を拭いても拭いても血はちっとも無くならない。
雑巾に血がしみ込んでいるはずなのに、血だまりは一切減らないのだ。
「お前の血、拭いても減らないんだけど」
ユウは魔王に文句を言った。
「密度ヤベェんだよそれ」
「どうしたら掃除できる?」
「解決法は教えねェぞ、試練に協力するわけねェだろ?」
どうやらこの呪われたように赤い血は、魔王がユウにさせようとしている課題の一つのようだ。
「仕方ないなー内装を変えて血をかっこよく見えるようコーディネートしよっと」
ユウはもう血を拭き取るべきなんて固定観念から脱しようとしたところ
「いやちゃんと綺麗にしろ」
駄目そうだ。
「でも、ほら、こういう本もあるし」
ユウは本を取り出し魔王に見せる。
そこには”家が血まみれになった時のコーディネート"というタイトルだった。
「なんだそりゃその本は」
「うち色んな本あるから」
「コーディネートじゃ認めねェぞ」
「そっか、じゃーしょーがないな」
ユウは本を片付けた。
さてさて、二人の会話中にずっと動いてる掃除道具が一つだけあった。
他のみんなはとっくにダラダラしているのに、ほうきだけはせわしなく動いてた。
強引に血だまりをはわいていたのだ。
そんな事をしてもその身に血をつけて余計にあたりを汚してしまうが……それが些細になる程の大問題を起こしながらほうきは動いていた。
「「……あ?」」
同時にユウと魔王がそれに気づき、声が重なる。
激しく動くほうきの柄はいつの間にか捲っていたのだ、魔王のスカートを。