一話-出会い-後編
ユウが魔王と一旦別れ、しばらく時間が経った。具体的に言うならば1時間5分23秒くらいだ。それだけの時間が経ち、ユウを取り巻く状況は変わった。
「開けろ!」
ユウの家のドアを、外から魔王が殴りまくっていたのだ!
「開けないに決まってんじゃん」
家の中、玄関にてユウは冷たく言い放つ。
「家行くのにわかったって言っただろーが!約束守れ‼」
魔王は真剣に道徳心を説く。
「生きるためなら約束破ってもいいと思う」
ユウも真剣である、生きるために。
「人としてどうなんだそれは!」
「……僕は人以下のごみでも構わない」
「屁理屈言うんじゃねェ‼‼」
魔王はバンバンドアを蹴りだした。異様だとか鬼気迫るだとか、今の彼女を表すにはそういう言葉を使うべきだろう。
さて、ユウからしてみればここまでドアに攻撃されると困る。壊れたらおそらく魔王は家に押し入ってきてしまう。
ユウの懸念をよそにちょっとずつドアへの攻撃が激しくなってきていてこれ以上いくと壊れそうだ。
ユウは彼女がなぜそこまでするのか共感が一切出来ない。
「価値観が一般と違うのかなぁ?魔王らしいし」
「開けろ!場合によっては殺すぞ‼‼」
「殺すなんて言ってるヤツ家に上げるわけないだろ?」
「じゃあ何もしねェ」
「なら開ける」
ユウはドアを開けた。
「あっ、サンキューおじゃまします」
魔王が家に入ってこようとした瞬間
「死ね!」
彼女を挟むためユウはドアを思いっきり閉じた。
「どういうつもりだ……」
しかし魔王は手でドアを受け止めた。つまりノーダメージ。
「クソっ!」
しょうがないのでドアを無理やり閉めようとする、だが魔王の力は明らかに強い。
ピクリともドアは動かない。
ユウは弱そうな見かけによらず、ちゃんと中学生男子として並以上のパワーを持っているのだが、魔王の力はそれ以上だ。
「テメェ、私様を怒らせるような事すんな」
閉めようとするユウと、それを防ぐ魔王の力がぶつかりあって、ギリギリとドアが軋んだ。
「殺されるかもしれないのに躊躇するか?」
「危険な相手を中途半端に刺激するような事すんなってんの!」
「わかった」
ユウはドアから手を離した。
「わかりゃいいんだ」
懐からナイフを取り出し油断している魔王の腹に向け突き出した。
だがナイフの”刃”を思いっきり掴まれ、逆に奪われた。
「マジで刺そうとするな!イカれてんのか!命を大切にしろ!」
「マジか!?奪われた?!」
ユウは驚く、今回使ったのは触れるだけでも切れる滅茶苦茶危険なナイフだ。
だというのにまるで問題が無さそうに魔王は刃を素手で握りつぶし、その場に捨てる。
ユウと魔王はステゴロで向かい合った。
しかしお互いにあんまり話す事思いつかなくてしばらく無言でにらみあったので、ただ気まずい時間となってしまった。
「……みぞおち刺しに来やがって、正気か?」
魔王が静寂を裂くため口を開く。
「中途半端にするなって言われたし"やったれ"って思って、この状況だと正当防衛だろうし」
ユウは平然と魔王に攻撃をしに行った事を説明する。
「あのなァ、私様が死んだらテメェ人殺しになんだぜ?面倒だろ」
「……お前はこの世界の人間じゃない、仮にお前が死んでも誰も気づかないってわかるだろ」
ユウは少し嘘をついていた、さも魔王とやらを殺してしまっても全く構わないというような態度をとったが嘘だ。"場合によっては殺す"なんて宣言してくる危険な相手に対し弱味を見せないようにする演技。
日本で生まれ育ったユウにはちゃんと、殺人という罪への忌避意識はある。目の前にいる危険な存在の事も、殺したくは決してない。
だけど、そうでもしなければ自分の身が危険だと判断してユウは刺そうとしたのだ。そしてもし魔王の腹にナイフがぶっ刺さって脅威で無くなったら救急車を呼んで出来るだけの事はしてやるつもりだった。
実際にはナイフは魔王の腹に弾かれてしまったのだけど。
「確かに私様が死んでも気づかれねェかもな、まぁテメェは私様を殺せなかったし、そもそもこの世界の誰にも私様は殺せねェんだ」
魔王はあざけるような高笑いをした。
「ケケケケッケ、私様は傲慢で邪悪に見えるだろ?なぁユウ」
それからユウの肩をビシバシたたいて笑う。
「傲慢ってかイキリオタクっぽく見える」
「ぶっ殺すぞ舐めんな」
ユウの無礼によって、一瞬で魔王の笑みは消えた。
「……たしかに玄関ドアガンガン蹴る狂人は赤ん坊とか拷問したあげく殺してそうで怖いや、舐めててごめんね」
「そこまで外道ではない、名誉毀損で訴訟すんぞ」
魔王は淡々と答える。
「訴訟って、どこに?」
「裁判所」
「なんでそこらへんは遵法精神があるんだよ」
「いいだろべつに」
「ところでさっきから何がしたいんだよ、僕に付きまとってきてさ?」
そういえばと思い出してユウは聞いた。
彼女は金や怨恨目的に付き纏ってきたのかと思っていたが、違う様子だからだ。
魔王は忘れてたと言わんばかりに口を開く。
「テメェと勝負がしたい」
「勝負?」
その答えはユウにとっては意味不明。何のために勝負したいのかわからない。
「私の出すお題をテメェが果たせなかったら、私様がこの人間界を侵略支配するんだぜ。面白そうだろ?」
「うわクッソつまんなそう」
ユウは思わず声に出してしまった。
「なにがつまんねェってんだよ!」
「だってお前が勝負内容決めるなら、僕じゃどうしようもないお題かもしれないから」
「しねェよそんな事!クリア絶対不可能なのは出さねェ!」
「……だいたいなんでそんな重責僕に背負わせる?世界の命運握っていいやつじゃ僕ないよ」
「べつに他人と協力してもいいぜ」
魔王は協力していいと言った。しかし非現実的な事を信じて手助けしてくれるほど仲のいい友達は、ユウにいない。
かといって警察や自衛隊に協力を取り付けるのもきっと難しい、魔王が世界を支配しようとしてますなんて信じさせるのは難しい。とにかくユウ自身の力で立ち向かうしかない。
「んじゃあ、やるのってどんなのだ?」
とりあえずユウは勝負内容を詳しく聞く事にした、
「命や身の危険がある、テメェは下手したらグチャグチャのミンチになるかもな」
「じゃあやる」
ユウは即答した。
「マジで?!」
「マジ」
魔王は目が飛び出んばかりに滅茶苦茶驚いていた。
「地獄に行く事になるぜ!?」
「じゃあ止めよっかなー」
そしてユウはすぐ意思表明を覆した。さっきのはあまりに薄っぺらい言葉だった。
「ハッキリしろ!」
「あー、やるよ」
「ホントにするのか?‼ケケケ、いつでもギブアップしていいんだぜ?」
魔王は楽しそうに笑う。
「人間総家畜化されたりしたら流石にやだし、する」
「いや私様はするつもりねェよ、そんな事」
「なら何のために支配するのさ」
ユウの質問を受け、魔王は背を向けた。
「ケケケ、決まってんだろ」
そしてくっくっくと笑う、さも大そうな事を宣言せんとしているようだ。
「やっぱいいや、お前の動機なんかどうでもいい」
まぁ説明が長くなりそうだったのでユウは聞くのを止めた。
「じゃあ聞くんじゃねェ!」
「そんで、勝負のルールは?」
これ以上喧嘩してもめんどくさい、ユウは端的に聞く。
「……私様はテメェに”試練”を出す、テメェがそれをクリアしたら侵略を止める」
魔王の説明は単純明快だった。彼女の出す”試練”を成功すれば侵略されずにすむ、失敗したらされる。
しかしユウは疑問に思う、その”試練”はなんだろうか。
「……これからテメェがしなければならないのは、テメェん家の掃除だ」
「え?掃除?……僕の家地獄扱いされてる?」
出された試練は、世界の命運等一切関係なさそうな“掃除”だった。それが試練になるなんて正直ぜんっぜんピンとこないが、それでもユウは受けて立つと決めた。
こんな風に気の抜ける箇所があるから未だにユウは、実感が湧いていなかった。今日この日、二人の出会いは時代の節目だということに。
これから彼らに待ち受けるのは、笑いあり涙あり、恐怖と狂気とあり、そんな希望の物語である。