五話-なんか国とか滅ぼしたドラゴンと戦え-中編
「へ?」
魔王は困惑した。
ユウは家族が存在しない、なんて言いだしたからだ。そんな事これまで全く言ってなかったのに。
「小学生の時学校から帰って来たらいなくなってたんだ、物凄い量のお金置いてさ」
「……そうか」
魔王はそういう奴がいるのを知っていたから、すぐ冷静になる。
魔界には親が死んだ子どもなんて山ほどいたし、魔王は見てきた。
「なぁ、お前が言いたいのは誰にも必要とされてないなら死んでいいって事だろ?だから親から捨てられた僕は死んでいいんだ」
「違う!」
魔王は叫んだ、その拳は強く握られている。
「違うって何が」
「テメェは馬鹿だな……」
「馬鹿なら、なおさら死んだ方が良いだろ」
「死んだ方がいい命なんてねェんだ!誰にも必要とされてない命だって尊いものなんだ!」
「ふーん……」
「とにかく自殺はやめろ」
「?」
ユウは魔王がなぜそんなこと言い出したのかわからなかった。自殺なんかしようとしてないのになぜ魔王はこんなことをする?
「あのさ、僕はそもそも自殺するつもりはないんだけど」
「……親から捨てられたから、死にてェんじゃねェのか?」
「死にたくはないけど?」
どうやら魔王に自分が“死にたがってる”と思い込んまれているようだとユウは気づく。
だからユウはしっかりと「僕は死にたくない」、そうじゃないと伝える。
「じゃあ……なぜ戦うんだテメェ‼」
まったくと言っていいほど理解できていない魔王に、なぜと問われた。
だがそれはユウ自身にとっても疑問だった。
自分はなぜ試練を続けて、そしてしまいには死にに行くような愚行をしているのか。
自分でもわからない、考えてみる。
「世界を守るためじゃないし……なんでだろう?」
「……」
魔王は無言でユウの発話を待つ。
「ドキドキするから?」
「非日常に浮かれてるだけだ、ここら辺が引き際だぜ?怪我するぞ……」
「登山家だって指を失ったりするけどさ、何度も危険な山に挑むよね」
「登山家の話やめろ、よく知らんから反論しにくい」
ユウはだんだんとっととドラゴンと戦いに行かないと時間がもったいない気がしてきた、けどなかなか魔王は目の前からどいてくれそうにない。
どうしたらこの邪魔なやつは納得してくれるだろうかとユウは考える。
「実家の老朽化、そろそろやばいんじゃない?お前の魔法はデメリットあるんだろ」
ふと思い出したので、試しに言ってみる。
「そんな事より命を捨てんな‼」
実家の老朽化はそこそこイヤだろうはずなのに、魔王は気にしているそぶりもない。
「……ちょっと黙って聞いててくれないか?」
ユウにお願いされて、魔王は口をつぐんだ。
これからの話を聞いてくれるようだ。
「僕は命を捨ててるんじゃなくてさ、賭けてるんだ」
「……」
「ずっと自分の心が酷くわからない部分がある、でも試練を受けてると自分の気持ちがよくわかる気がするんだよね」
仕方ないのでユウは正直に話していく、心の奥底を曝け出すという事はゲロを吐きそうになる程苦手だが。
こうでもしないと、多分スノードームインフィニティを魔王は使い続けるだろうから。
「だからさ、試練を続ければ大事なこと、わかるような気がするんだ」
「……命のやり取りをセラピーに使うんじゃねェ!」
黙っているのが我慢できなくたった魔王は、ユウの胸ぐらをつかむ。
ユウは怯まず睨み返す。
「というかさ、いい加減このバリア消せよ、それとも守る事で試練の手助けしてんのか?手助けはしないはずなのに」
「…………」
魔王もユウをにらみ返す。
そして、魔王はスノードームインフィニティを解除した。
「……誤解すんなよ、テメェに肉塊になってほしいわけじゃねェからな、ルールだからこうやってテメェを解放しただけだぜ」
「ありがとう」
ユウは感謝した、戦いに向かわせてくれることを。
そしてドラゴンに向かって走り出した。
「笑い話になんのは、取り返しがつく事だけ……」
魔王の声がユウの背にかかる。
「だからな、死は笑えねェ」
ユウはその手にほうきを握っている、魔王には何も答えない。
「生き残れよユウ、笑いてェから」
なんでお前応援してるんだ?
そもそもお前がドラゴンと戦わせてるくせに。
そんな事わざわざ突っ込まない。
ユウはドラゴンと再び戦い始めた。
ドラゴンのひっかきをほうきで受け流す。
戦いへその身を投げ出したその先にあるものは、死かもしれないとわかっていてなおユウは進む。
ドラゴンの引っ搔きを何度も何度も受け流すように防ぐ、みしみしと体中が鳴って痛んだ。
必死で何度も何度も、ドラゴンの攻撃を防ぎ、死をかわし続ける。
一発くらったらアウトだというのに、集中力は一切途切れない。
だが、そんなユウに少し隙が出来てしまった。
なぜだかほうきがいきなり軽くなったせいで"何があった?!"と一瞬だけ困惑したのだ。
人間同士の戦いなら大した問題の無い隙だ。
だが、今戦っているのはあまりにも強大なドラゴン。
隙をついた右前腕で、ほうきごとユウをすばやく握りしめた。
「あぐぁ‼」
ユウはところてんみたいに己の中身が出たのかと錯覚を一瞬受ける。
でもシャリを潰さず崩さずな寿司職人のように繊細な力加減なのでダメージはほうきを手から落とす程度ですんだ。
よくわからない例えなので簡単に言うと、わりと強い力でドラゴンの前腕にユウは握られてほうきを落とした。
「ほうきさん!」
ほうきに呼びかけるが反応しない。
ここでユウは気づく、ついに魔法のタイムリミットになってしまったのだ。
だから軽くなった、魂の質量のぶん。
もう、ユウにドラゴンを打ち倒す手段は無い。
「……詰んだか」
ドラゴンはユウを口元にゆっくり運ぶ。
「ヤバい……死ぬなコレやばい」
食い殺されるな、そう思ったが逃げるのは無理だ、まるで体が動かない。
ユウを握りしめるドラゴンの巨大な手があまりに強い。
「終わりかぁ」
ユウは自然と空を仰ぐ。
当然洞窟の中だから、遠くは見えない。
ユウは試練が始まるずっと、何をしようがどこか虚しかった。
楽しいのか楽しくないのか、よくわからなかったから。
なぜそうなったか、というのは難しい。
ユウが生まれつき持った性格なのかもしれないし、経験が心を歪めたのかもしれない。
あるいはその両方か。
肝心なのは死んでも生きてもどっちでもいいという、どこか冷めた心がずっとユウにはあったという事だ。
だから何度も何度も死や痛みに直面しても平気だった。
どうでもいいから命を平気で賭けられた。
だが、今は違う、ユウは今自分がどう感じているかを心の底から言えた。
体の全てがただ一つの願いのためにもがく。
「死にたくないなぁッ!」
生きるためだけにもがく。ひたすらドラゴンの手から逃げようと体を動かそうとする。
箪笥の隙間に入り込んで取れなくなったようなものがようやく取り出せた気がした。
「は――っははは!」
ユウは声をあげ笑う。
「ちっくしょう‼あっはっはは‼‼死にたくない!ちくしょうッ……!!怖い!やだ!うあぁあ!ぎゃはは!」
ユウの中で、様々な強い感情が溢れて溢れた。
恐怖勇気諦観……色んな激情が思考をしっちゃかめっちゃかにする。
生まれたての感情は暴れ漏れだし心の中だけに納まらない。
ユウの口から言葉となってめちゃくちゃに出ていく。
後先だとか現状解決だとか考えず言いたい事をただ言うだけ、やりたい事をやろうとするだけ、ひたすらもがく、ユウはそういう状態になっていた。
なぜか爽快であった、心のうちをひたすらぶちまけているから。
だけどゆっくりとドラゴンの顎が開く―――ユウの激情に終わりを告げるかのごとく―――
「お前マジふざけんなや!マジで!」
――ドラゴンは、言葉を発した。




