ただ、どこにでもいる、なんの変哲もない人間の話。
中学生あたりまではノンフィクションです。
20xx年、突如として特殊犯罪者が世界各国に出現。
彼らは人間の身体能力を優に超えるもの、
人間にない臓器、形態を備えていたり元々持ち合わせていたりするもの、
人ならざる力、超能力を持ち合わせていたりと既存の軍隊では太刀打ちできないほどの力を有していた。
そんな彼らに対抗するものは彼らと同様に能力を持ち合わせている人々であった。
一方は人々を害するために、一方は人々を守るために争った。
世界中の人たちがいつしか片方を『ヴィラン』もう片方を『ヒーロー』と読んだ。
そんな出来事から時は進み、一人の少年、灰野仁が産まれたときから物語は始まる。
「やい! 外人! とっとと日本からでてけよ!」
「そーだ! そーだ! パパとママもお前の国は悪い国って言ってるぞ!」
「ニュースでも悪いって言ってたわ!」
「灰野くんって悪い人なんだ……一緒に遊ぶのやめとこうよ……」
当時、俺が小学生の頃の教室での出来事だ。
俺は日本の隣の国の親から産まれた。
両親とも日本に帰化していたが言語の壁は厚く、幼い自分でも親がカタコトの日本語を話すことから外国生まれなのだとわかった。
その事は自分にとっても当たり前で何も思ってはいなかった。
両親はカタコトな言葉を話していたが自分は産まれたときから日本で育ったので周りと同じ様に日本語を喋れていた。
その代わり隣の国の言葉はヒアリングができる程度だったが。
ある日、何気なしに親は外国生まれなのだと学校で話した……話してしまった。
なぜ話したのかはもう思い出せないが話した次の日には学校での生活が一変した事は確かだった。
当時はテレビや新聞は隣の国を叩く事を飯の種にしていた。
まぁ、やっている事は事実なのでそれは仕方ないのだが、子供は影響されやすい。
ましてや親達もいい印象を持っていないのだ。
その中に世間で言われている『悪者』が現れた。
皆がこぞってその異物を叩き始めた。
物を隠された、殴られた、無視された……差別された。
辛い日々だったがそれをどうにかしようとは思えなかった。
俺の親は正しく善人だった。
子供が悪い事をすれば叱り、良い事をすれば褒めて、仕事は真面目にこなし……普通のどこにでもいる様な善人だったのだ。
その親に「お前達の生まれで俺は虐められている」など言えるはずもなかった。
それは仕方がない事なんだと思い始めた頃、俺は中学に上がったとき、周りに変化が起こった。
いや、周りではなく世間がというのが正しいのかもしれない。
周りが突如として優しく接し始めた。
「そんな、灰野君がかわいそうだよ」
「外国人だからって灰野とは関係ないだろ?」
「そういうのは良くないと思う」
優しく接し始めた人の中には小学校の頃に自分をいじめたものもいた。
日本ではマスコミがグローバル化だなんだと言い始めた頃だった。
一転して今度は哀れまれた。
俺は心底、不愉快に思った。
何? かわいそうだと?
俺の親は立派に働いているし、俺もそんな親を誇りに思っている。
もし外人の親を持ったという所を哀れに思っているなら勘違いも甚だしい。
何? 外国人と俺は関係ないだと?
そうだ! 俺は俺だ! それなのに自分の好きな価値観という箱に押し込めているお前がそれを一番結びつけているだろう!? 俺は不愉快だ!
何? そういうのはよくないだと?
それはどの言葉を借りて言っているんだ?
テレビか!? 新聞か!? それともお前の親かっ!!
自分の言葉を持たない奴が俺を憐れむな!!
気持ち悪く周りの視線が俺を雁字搦めにした。
皆が『良い人』になるために俺を利用した。
惨めだった。
俺はこのときから性悪説を信じ始める様になった。
人は産まれた時は皆がクソ野郎で善人などいないのだ。
ただ環境が、時代が善人を決め、大抵のものはそれに従うのだ。
彼らが行っているのはただトレンドに靡いているだけなのだ。
そいつらはグローバル化などというキャンペーンに乗っかり、俺を利用した。
自分が気持ち良くなるために。
それでも仕方ないと、そういうものだと自分の中で思っていた。
そう思えたのは両親が大きい。
両親は小学生から中学生に上がった今でも良い両親であり続けた。
親がどんな環境に身を置いてこの様な人間になったかは分からない。
ただ一つ言えることは両親がいれば何もいらない。
何一ついらないのだ。
社会人になった頃、大規模なテロが発生した。
テロリストはヴィランを名乗り、数人の人質と建物に逃げ込みヒーローに追い詰められていた。
その人質に自分の両親がいた。
ヒーローの活躍虚しく両親は死亡した。
両親の死体を引き取った。
次の日に近所の人間が、会社の人間が、元同級生が、マスコミが周りに集まり始めた。
皆が自分がいい人になるために、気持ち良くなるために俺を憐れんだ。
テレビではヒーローまでもが俺を憐れんで良い人になっていた。
この時だろう、自分の中で何かが壊れた。
数年後、ヒーロー本部のビルでヒーロー、ライトレディが机を思い切り叩いた。
「彼の、灰野仁のヴィラン認定を取り下げて下さい!」
「はぁ、また君か、彼はヴィランを二十四人、ヒーローを二人も殺害しているのだぞ? それでどうして取り下げるという話になるんだ」
そう言いながらヒーロー本部の局長はため息を吐きながらコーヒーを一口、口に含む。
「彼のハッキング能力が有ればヴィランの被害をさらに防げます! それにヒーロー側が無理矢理彼を捕らえようとしたのでしょう! これは正当防衛です!」
「何を馬鹿な……。 彼はヴィランという枠組みに入っているがただの殺人鬼だよ。 ただ一般人の枠を飛び出ているからヴィラン認定をしているだけだ。 その殺人鬼をヒーロー? 冗談もほどほどにしてくれ」
ライトレディはその発言にさらに感情を昂ぶられる。
「彼の前歴を知ってから言っているのですか!? 彼はヴィランに両親を殺されたのです! 歪んだ正義感を持っても仕方ないでしょう!? そういう物にこそ我々ヒーローが元の正道に戻してあげるのが役目ではないのですか!?」
そのライトレディの態度に引っ張られるが如く、ヒーロー本部局長も語気が強くなっていく。
「あのねぇ! 過去に何があろうと今はただの悪人だ! 殺人鬼なんだよ! 悪人を殺してるから? それとも過去に辛い目にあったから情状酌量の余地があるとでもいうつもりか!?」
お互いに睨み合い一歩も譲らない。
部屋の中が鉄火場の様にピリついてくる。
その雰囲気を破ったのは突如として流れた放送の内容だった。
『市街地にてヴィラン、灰野仁が出現! 至急、ヒーローは出撃して下さい!』
「……出撃だ。 ライトレディ。 ヒーローとしての役目を果たせ」
「……了解」
ヴィラン認定をされているのならば彼をどんな手を使っても捉えなければならない。
そうしたくなかったからこそヴィラン認定を取り消したかったのだ。
彼の異常な強さからこの地区のヒーロー全員が彼の元に集まることになる。
彼も無事では済まないはずだ。
「出現位置は君が一番離れている様だ。 急いで向かいなさい」
局長の言葉を背中で受け止めてライトレディは現場に向かった。
ライトレディが現場にたどり着くとその場は凄惨の一言に尽きた。
ヒーローの死体と辺りは瓦礫の山しかなかった。
今まで彼は一般人を殺したことは無かった。
だというのにこの光景から見るに優に百は死んでいる。
ライトレディが混乱していると自分の端末に突如として一人の男が映る。
それは灰野仁だとライトレディはすぐに気づく。
『あ、あーー、聞こえているかな? 今、全ての情報機器をジャックして世界中に放送している。 今日で君たちの大半が死ぬだろう。 それじゃあさよなら』
「なっ! これは一体どういうことだ!? なぜ灰野仁が……お前は善人のはずだろう!?」
突如として端末に映る彼がおかしな事を言うので反射的に疑問の声が上がる。
『ん? ちょっと待ってくれ、何か変な事を言っている奴がいるな……よし、さぁしゃべってくれ、ヒーローよ』
「な、なんだ? 一体どうしたんだ……?」
彼が何を言っているのか分からず心の声がそのまま口に出る。
その発した言葉は端末上に鸚鵡返しの様に流れた。
「な、何!? 私の声が流れている!?」
『あぁ、お前の声をそのままこっちに流して話せる様にしたんだ、ヒーロー。 それで俺が善人だと? 一体どうしてそんな考えになったか聞きたくてな』
端末の灰野仁は不敵に笑う。
「お前は過去に親をヴィランに親をころされたんだろ?」
『あぁ、そうだな。 両親とも惨たらしく殺されたよ』
「だからお前はそれを救えなかったヒーローをそして殺したヴィランを恨んでいるんだろ!? 大丈夫、私がなんとかするから自首して……」
自分の発言の途中で灰野仁が笑い転げてしまう。
『ヒ、ヒャハハ!! つまりお前は俺が復讐だか、歪んだ正義感でこんなことしているとそう思っているのか!』
「ち、違うとでもいうのか?」
『全然違う』
「じゃあ他の原因、何か他に辛い事でもあったのか?」
『辛いねぇ……俺が外人の親から生まれた子だからと差別されたことはあったが……』
「!? そうか! それで復讐に……」
『落ち着けよヒーロー、それも理由じゃない』
灰野人は笑顔で落ち着かせる様なジェスチャーをしながら喋る。
「じゃあ、なんなんだ!? どんな辛いことがあっても私がそばにいてやる! 私がお前の味方でいてやる! だから……!!」
『……そうだな、もしもお前の様な奴が居たら俺もこうはなって居なかったかも知れないな』
「まだやり直せる! だからもうやめろ!」
ライトレディは再度、確信していた。
彼は善人で私はそれを救えるのだと。
『もしも差別をされていた自分に寄り添ってくれる人間がいたら、もしも人間に愛想が尽きた時にそれを嗜める友人がいたら、もしも両親が死んだ時に支えて、慰めてくれるものがいたら……そんなifを考えることはある』
「今、それが現実になる時だ」
『いや、それは現実にはならないんだ、ヒーロー』
その言葉にライトレディは言葉が詰まる。
『何故ならお前は善人ではないからだ』
「なっなにを!?」
『お前は、お前らはいつでも俺にレッテルを貼り付ける。 彼は本当は善人だと、可哀想な人間だと、どうしようもない悪人だと、心のない人間だと、本当は救いを求めていると』
灰野仁は一呼吸息を吸い込み真っ直ぐ見据える。
こちらの心を見透かす様に。
『そうして、自分が気持ちよく善人ぶるためにベタベタと俺にレッテルを張り付け、俺を覆い隠した』
その言葉にライトレディは反論できない。
自分の正義が紛い物ではないかと疑ってしまいうまく喋れない。
『お前達は等しくクソ野郎なんだ。 俺を含めてな』
「それが……それが原因でお前はこんな事を……?」
『いや、それとこれは全然違う』
「は、はぁ? じゃぁ一体なんだっていうんだ!」
この男が自分の価値観では測れずに半ばヤケになり真意を問う。
『俺はな、羨ましいんだよ。 お前たちが』
「羨ましい?」
『そうだとも! 他者を差別して、迫害して悦に浸り! その後憐れんで自尊心を満たすお前たちが! 心底羨ましいんだよ!』
灰野仁の目に徐々に狂気が宿り始める。
『さぁ、もうおしゃべりは十分だろう。 話を戻そう全世界の諸君。 私の両親の故郷の核ミサイルをハッキングした』
「なっなんだと!」
『一国で世界を滅ぼすには十分な量だ。 俺はお前たちを迫害する、虫の如くな。 何人か生き残ったら優しく手を差し伸べてやろうじゃないか……「可哀想だったね」と言いながらな』
画面には狂った男が無邪気に笑いかけていた。
私はこの男の何を見ていたのか……そして自分の信じていたものがわからなくなっていた。
しばらくすると光が世界中を覆い尽くした。