メンクイ少女魔王ですが、憧れの勇者様が攻めてきて、世界は平和になりました。
頭空っぽでお楽しみください。
この世には、魔物が湧き出る『魔の根源』と呼ばれる泉があった。
魔物たちの魂は『魔の根源』から生まれ、『魔の根源』へと帰る。
先代の魔王が死んで、『魔の根源』より新しく生まれ落ちた魔王は、少女の形をしていた。
漆黒の角と翼をもち類まれなる美貌をもつ魔王は、他の誰よりも強大な魔力を持っていた。
魔物たちは歓喜した。
強大な魔王の下で戦えば人間たちを蹂躙しつくし、世界は今度こそ魔物のものになると信じた。
魔王は魔王城で、側近の魔物たちと共に人間たちを滅ぼす計画を練る。
そんな時、魔王は人間の城に神の啓示を受けた『勇者』と呼ばれる青年が現れたことを知った。
魔王城の遠見の水鏡に、勇者の姿が映し出される。
固そうな黒髪、意志の強そうな眉と目、キリリと結ばれた一文字の口。村仕事で鍛えられた肉体は彫像のように引き締まっている。
魔竜将軍が言う。
「人間どもめ……。また性懲りもなく勇者を旅立たせおって……。だが、まだ若造ではないか」
悪魔騎士が言う。
「おお、武器がひのきの棒など、なんとも貧相な勇者よ……。魔王様のお力にかかれば、こんな勇者など赤子をひねるようなものでしょう。ねえ、魔王様?」
しかし、その魔王は水鏡を食い入るように見つめ――
(素敵……! カッコイイ……! え? 超タイプなんだけど……! ひのきの棒でスライムを殴打なんて、綺麗な顔して、なんてたくましいの……!?)
頬を染めていた。
強大な力を持つ魔王といえども、まだまだ少女、イケメンには興味津々だった。
反応を返さない魔王に悪魔騎士が首をかしげる。
「魔王様?」
「え? ええ。そのとおりよ!勇者なんて、あたしの力でひねりつぶしてくれるわ……!」
ブワッと魔王の周りに禍々しい瘴気が満ちる。
「さすが、魔王様……!」
「今度こそこの世は魔物のものとなるのだ……!」
グハハハハと高笑いを上げる魔物たちの中で、
(早く勇者さまに会いたいな)
魔王は一人、恋する乙女の顔をしていた。
勇者の旅立ちから3カ月。
勇者は順調にレベルを上げ、仲間を増やし、魔王城への旅を続けていた。
魔王はその様子を毎日水鏡で見ていた。
皮の鎧を装備する勇者。
(はじめての鎧……! 凛々しいわ! 素敵!)
鋼の剣を宝箱から入手する勇者。
(やっとまともな剣を……! うれしそう。かわいい!)
魔物を倒しながら順調に進む勇者一行に、魔王の側近たちはざわめきたつ。
「クッ……! ゴブリンの王を倒すなど、勇者のヤツ、なかなかやりおるわい。魔王様、こちらも新たな手を打たなくては」
「わかってるわ。――封印されし魔火山を噴火させます。これで溶岩の巨人に勇者は倒されるはずよ」
魔王は早速、魔火山に魔力を送り込み、溶岩の巨人を目覚めさせた。
勇者のことが気になっても、魔王はあくまで魔王。勇者と戦わなければいけない存在だと魔王自身が分かっていた。
決して敵である勇者に塩など送らない。
魔王軍は全力で勇者と戦っていた。
しかし、勇者一行は知恵と力と運までもを味方につけて、数々の困難を潜り抜けていく。
魔火山でも勇者は噴き出す溶岩をものともせず、見事溶岩の巨人を倒して見せた。
「クッ!! もう見てはおれん! 私が出よう!」
悪魔騎士が悪魔教会で勇者一行に立ちふさがる。
しかし、激しい戦いの末、悪魔騎士は勇者に倒されてしまう。
「勇者めえええっっ! 許さんぞおおおおっっ!」
魔竜将軍が魔竜たちを引きつれて魔竜の谷で勇者に襲い掛かる。
しかし、勇者一行と復活した聖竜たちの活躍により、魔竜将軍も打ち倒されてしまった。
次々と側近たちがやられていき、魔王は魔王の間で一人、勇者との決戦に備えていた。
(あたしは魔王。魔王は勇者と戦うのが古来よりの定め……。絶対に負けられない!)
そしてついに、勇者一行が魔王の間の扉を開いた。
「オーホホホホ! よく来たわね、勇者! でも、あなたの命もここまでよ!」
だが内心は、「キャーッ! 実物よ! カッコイイ♡ 険しい表情も素敵! はっ……でも、あたしは魔王。勇者と戦わなくてはいけないの……!」と自分を励ましている。
「いくぞ! 魔王! 女の姿とて容赦はせんぞ!」
「望むところよ!」
勇者の先制攻撃。神の加護を得た剣が魔王を斬り裂く。
「ああんっ」
痛い。死ぬほど痛い。それなのに、うれしい!
「……変な声を出すな!」
「フフッ。この程度で動揺するの? 甘いわね!」
魔王の攻撃。闇の魔法が勇者を襲う。
「クッ……!」
(苦悶の表情も素敵!)
勇者の仲間Aのターン。魔法によって魔王の防御力が下がる。
「ああっ……! よわよわ~」
つい気だるい声が出てしまう。
「だから変な声を出すな!」
「あなたのお仲間のせいよ~?」
決してわざとではない。
勇者の仲間Bのターン。魔法によって勇者の攻撃力が上がる。
「ふぇぇぇっ!」
勇者の男前度が急激に上がって、魔王は感嘆の声を上げる。
(とおとっ……! やばっ……! あたしを尊死させる気なの……!?)
勇者の仲間Cのターン。魔法攻撃。激しい雷が魔王を襲う。
「きゃああああっ!」
魔王の衣が焼け焦げて、裸体になった魔王は恥ずかしそうに手と翼で体を覆う。
「うわああっ! 服を着ろ!服を!」
勇者はたまらずマントを魔王に投げてやる。
(なんって紳士なの……! あ、マントにまだ勇者さまのぬくもりが……♡)
魔王は体にマントを巻き付けながら、頬を赤く染める。
そこからの戦闘は――
勇者が仲間たちに火・雷禁止、服と顔への攻撃禁止というお触れを出して、摩訶不思議な戦闘になっていった。
「くそっ……! やりずらいっ!」
とはいえ、魔王の体はすでに満身創痍。勇者側の圧倒的有利で戦闘は進んでいる。
そして――
「これで最後だああッッ!!」
勇者の剣が魔王の心臓を貫く。
「キャアアアアッッ!」
決着はついたかに見えた。ついに世界は救われたと、勇者一行は思った。
だが――
「……なーんて、言うと思った? フフ。フフフフフフッ!」
魔王は胸に突き刺さった剣ごと勇者を突き飛ばす。
「なんだと……!」
魔王の体がまばゆい光を放つ。
光が収まった時、魔王の体は少女の形をしてはいなかった。
魔王は、体長30メートルほどの巨大な黒と赤の装甲を持った化け物になっていた。腕は6本あり、腹には大きな宝玉――魔力の源が禍々しいオーラを放っている。
「第二形態……!」
勇者一行はその異形の姿に戦慄する。
「ギャオオオオオオッッ!」
魔王は獣のような咆哮を上げる。
(……くううっ……キツっ……理性が……うまく、保てない……!)
第二形態は魔王にとっても禁じ手。化け物の姿は力こそ強大になれど、理知的な判断ができなくなるのだ。
つまり――
「オラあああッッ!!」
勇者の激しい剣戟が魔王を襲う。
「勇者様ああッッ! 大好き!」
「!?」
斬られながら、魔王の本音が駄々洩れた。
「何だと……!?」
魔王が口からピンク色の光線を放つ。
「大好きビーム!」
「ぐあああああっっ!」
勇者はビームを受けて傷を負いながらも、なお魔王に立ち向かって剣を振るう。
「ホントはあたし、勇者様と戦いたくないんです!」
斬られながら、またもや魔王の本音が漏れる。
本音を押さえつける理性が魔王から消失していた。
「何を馬鹿なことを……!」
「あたし、ずっと勇者様のこと大好きだった! あなたがスライムを倒している時から!」
「!?」
「ずっと見てた! カッコイイって思ってた! 陰ながら応援してた! 会えてうれしいのっ!」
「!?!?」
その後も、魔王の熱い告白は止まらない。
勇者の仲間たちは口をあんぐりと開けてその様子を見守っていた。
勇者の顔は真っ赤で、口がわなわなと震えている。
「俺は勇者だ!」
「あたし、魔王! 勇者さま、好き!」
「お前を倒して世界に平和をもたらす!」
「カッコイイ! 抱いて!」
ピンクビームを四方に放ちながら、魔王の興奮は止まらない。
勇者は使命感を奮い立たせてなおも魔王に強力な攻撃を浴びせるが、その度に、
「あああっ! たくましいっ!」
だの、
「つよおおいっ! もっと!」
だの言われて、顔を真っ赤にしてくじけそうになる。
そんな勇者を見かねた賢者が、勇者の肩をポンと叩く。
「……勇者……」
「なんだ!?」
「あのさ……魔王がアンタを好きならさ……………………別に、戦わなくてよくね?」
勇者は絶句し――
「……………………そうだな……」
がっくりと肩を落としてうなだれた。
そんなわけで。
今、魔王城では、魔王と勇者が仲睦まじく暮らしている。
「勇者さま! 今日はスポンジケーキを焼いたの! 一緒に食べましょ?」
可愛らしいフリフリのエプロン姿の新妻魔王(第一形態)を、勇者は複雑そうな目で見る。
「おまえ……いいのか、それで……?」
「え? うん! あたしね、魔王って勇者と戦わなきゃいけないって思ってたの。昔から魔王はみんなそうしてきたし、そうしなきゃって思い込んでた……。でも違うの。あたしは魔物たちの王。王様なのよ。だから――」
「だから?」
魔王はえっへんと大きく胸を張る。
「王様の言うことは絶対なの! あたしが勇者さまを好きなんだから、魔物たちをみんな人間と仲良くさせることにしました!」
そして魔王はひまわりの花のような明るい笑顔を浮かべる。
「魔王様の言うことを聞かない悪い子は、どんどんおしおきしちゃうんだから!」
楽し気な魔王の様子に、周囲の魔物たちはブルルッと震え上がる。魔力絶大な現魔王に逆らえる魔物など存在しない。
しかもうるさいことを言う古参の魔物はすでに勇者に倒されていて、その魂は『魔の根源』に戻り、転生の時を待っている。
勇者の口元がフッと緩んで、魔王の頭を優しく撫でる。
「そうか……。魔王は、いい子だな」
「うん。だから勇者さま。ずーっと、大好きでいさせてね?」
魔王は勇者の腕の中で幸せそうに目を閉じる。
――その後、世界は長く平和だったという。
(END)
別連載でシリアス書いてると、変なコメディを書きたくなるんです。それだけなんです。