第五話 無限ループの始まり
「ごめんなさい! 私夏休みはお盆までお母さんの実家に帰ることになってるの」
『そっか……せっかく夏休みになったんだからどこかに行こうと思ったんだけど、お家の事情じゃしょうがないよね』
「私も将也くんに会いたいんだけどなぁ……」
とか恥ずかしいことを言ってみた。
私には最高にかっこいい彼氏がいる。
中学生だった頃の地味で干物女なんて呼ばれていた私を怖い人たちから助けてくれた白馬の王子様みたいな素敵な彼氏が。
将也くんの周囲は笑い声で溢れていた。
その輪の中心にいるのはもちろん将也くん。
少しポッチャリしていて、小さくて、そのポテっとした姿はとても可愛らしい。
なんて本人には絶対に言えなかったけど。
でも私と付き合うようになってから急激に筋肉が付き始めて「男の子」、って感じから「男の人」に変わっていった。
変わった姿も最高にカッコよくて、私は毎日のように惚れ直してしまうのだ。
そんな将也くんの隣に立つのに相応しい彼女に慣れるように大学生のお姉ちゃんの力を借りて私は高校デビューをした。
初めのころは一人でできなかったメイクも今は一人でできるようになったんだよ?
干物女って呼ばれていた私が変われたのは……全部将也くんのおかげ。
……大好き。本当に好き。
だから絶対に捨てられたくない。飽きられるのが怖い。
なのに……夏休みの半分近くの間将也くんに会えないなんて……。
毎年楽しみにしていたおばあちゃんの家への帰省だけど、今年だけは……少し憂鬱だった。
そんな私の憂鬱を電話口でも将也くんは察してくれたのか
「じゃあさ、毎日通話しようよ。こんな感じで」
「いいの?」
「涼音さえ良ければ」
「うん! いい! むしろお願いします!」
「俺も……楽しみにしてるから!」
こうやっていつも私のことを気遣ってくれるのだ。
将也くんの迷惑にならないといいなぁ……。
将也くんには友達が多い。
口下手な私と違って、夏休みに遊びに誘ってくれる友達はたくさんいるはずだ。
心配はしてないけど……浮気……とかされちゃわないかな。
だって将也くんモテるもんね。
友達の女子と話してて、私が反射的に惚気ちゃうといつも
──いいなぁ……そんな彼氏私も欲しい!
とか
──顔もカワイイ系だし、涼音がいなかったら狙ってたかも。
──分かる! ちょっと小さいのを気にしてる所とか超可愛いよね!
みたいな話になるから。
「あ、やべ。お風呂入れってお母さんが……」
「そっか……じゃあ、また明日? ね」
「ああ、また明日。おやすみ涼音」
「おやすみ、将也くん」
楽しくていつもついつい話し込んでしまう。
時計を見ればいつの間にか二十三時を過ぎていた。
「……会いたいなぁ」
ベットにドサっと倒れ込んで私は呟いた。
そして長い長い帰省も終わって久しぶりのデート。
お盆は過ぎたけど、私たちはせっかく夏なんだからということで海に行くことにした。
帰省先で食べすぎちゃったせいで……お腹たるんでないかな。
新調した水着……気に入ってくれるかな。
早く着きすぎてしまった私はそんなことばかり気にしていた。
時間は待ち合わせ時間から三十分も前。
将也くんは最低でも待ち合わせ時間の十分前には来てくれるけど、今日はさすがに私の方が早かった。
まだかな……まだかな……
とソワソワしながら待っていると
「ねえ、お姉さん」
「……」
「え、無視って酷くない?」
え、私に話しかけて来てたの?
ビクっと振り返れば、真っ黒に日焼けしてサングラスにピアスをつけた如何にも遊んでそうな男たちがニヤニヤしながら私を見ていた。
「ねえ、君めっちゃ可愛いじゃん!」
「俺たちと遊ばない?」
高校生になってからこの手の輩に声をかけられることが出てきた。
未だに慣れない私は何て返したらいいのか分からない。
「……人を、待ってるので」
蚊の鳴くような細い声でしか言葉を返せない。
見た目は変わっても人見知りな内面はまだ治せないでいるのだ。
そんな私の弱さに付け込むように男たちはグイグイと迫ってくる。
「待ち合わせ? そんなのいいから俺たちと遊んだ方が絶対楽しいからさ」
「それ、絶対それ」
「だからさ、行こうよ」
「いえ、だから!」
強引に手を掴まれかけてさすがの私も大声で反応する。
──誰か助けて
と思っても周りの人は見て見ぬフリをするばかりで誰も助けてくれる気配はない。
あの時と同じだ。
中学の時、怖い女子たちに絡まれて、誰も助けてくれなかったあの時と。
私は泣きそうになりながらも心の中で名前を呼んだ。
彼の、将也くんの名前を。
瞬間。
人影に包まれたような安心感が私を満たす。
目を開ければ私と同じくらいの背の高さの男の人が怖い男の人たちと私の間に入ってくれていた。
そしてその男の人は──
「この子、俺の彼女なんで」
……え?
聞き覚えのある声。
というか毎日聞いていた声。
嘘、だって──将也くんはもっと。
「なんだよ、彼氏いんのかよ」
「次行こうぜ次」
怖い男の人たちは去っていく。
そして残った男の人が振り返って──
「久しぶり、涼音」
爽やかな笑顔でそう言うのだ。
え、嘘、待って。
「ああ、びっくりした?」
私はコクコクと頷くことしかできなかった。
「実はさ、夏休み入る直前くらいから急激に背が伸びたんだよね。成長期ってやつ?」
「ほんとに……将也くん?」
カッコいい。
それしか言葉が出てこない。
私の彼氏、顔が良すぎる。
人懐っこい優しい笑顔はそのままだったけど、そこに少年感はまるでない。
一人の大人びた青年の笑顔だった。
そして彼はその爽やかな笑顔を浮かべたまま言うのだ。
「やっと涼音の顔を同じ目線から見れた」
こんなの反則……。
キュン死しそうになる。
胸の高鳴りが抑えきれずにワンピースの首元をきゅっと掴んだ。
そして思うのだ。
──もっと頑張って将也くんの隣に立つのに相応しい女の子にならないと!
と。
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