第三話 デブの本気
『よぉ、将也。どした? こんな時間に通話なんて』
電話口から陽気な声が響く。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、今いいか?」
『聞きたいこと? 話したいことじゃなくて?』
「まあ話したいこともあるんだが……樋本さんが可愛すぎたこととか」
『惚気かよ』
「それについては追々語りたいが今はそれ以上に聞きたいことがあるんだ」
『なんだ?』
「痩せ方が知りたい」
『直球だな』
苦笑交じりに慧が答えた。
俺が慧を頼った理由、それはこいつが腹の立つほどにモテるイケメンであるということもあるのだが、それと同じくらいに筋トレオタクとして中学時代に名を馳せていたからだ。
今までこの駄肉を持て余した体型を変えようと思ったことはあったが、どれも続かなかった。
だが今回は本気だ。
あれだけ綺麗になった涼音の隣に立つのに相応しい姿になるために俺は何だってする覚悟でいた。
デブの本気ダイエット計画だ。
それにはもちろん食生活の改善と運動、それが必要なことは分かってるがただ何となく筋トレをするのと有識者に聞いた方法でトレーニングするのではまるで効果が違うだろう。
だから慧に頼ることにした。
「どうだ、何か痩せるのに良い筋トレを知らないか?」
『あるにはあるんだが……』
どうにも歯切れが悪い。
「言っておくが俺は本気だぞ。どんなにキツい筋トレだってこなす気でいる」
『最初は適切な運動量から始めるのがいいんだが……いや、待てよ?』
何かを思いついたらしく、電話口からガサゴソとした音が聞こえてきた。
どうやら何か物を探しているらしい。
『なあ、将也』
「なんだ?」
『地獄を見る覚悟はあるか?』
「……ある」
やけにもったいぶる慧。
あの筋トレ大好きドM野郎な慧をして『地獄』と言わしめる筋トレ……。
俺はゴクリと喉を鳴らした。
一体どれだけキツいトレーニングなんだ?
『これは俺が部活でやったトレーニングなんだがな。俺でも死ぬかと思った──タバタ式トレーニングというものがある』
「なんだ、それ」
筋トレ知識に疎い俺はその言葉を当然聞いたことがない。
だが、慧も死ぬかと思ったそのトレーニング──興味はあった。
『簡単に言うと二十秒全力で運動して、十秒休む。それを繰り返すトレーニング方だ』
「……それだけか?」
『単純だろ? だけどこれは本当にヤバいぜ』
「イメージできないな」
『普通筋トレって続ければ続けるほど楽になっていくもんだ。だけどタバタ式には楽になる瞬間が一切訪れない……常に己の全力を出し切らないといけないからな』
「慧……お前がそこまで言うかよ」
筋トレ大好きな慧がそこまで言うタバタ式トレーニング……どれだけのものなんだ?
背中にツーっと冷たい汗が流れた。
だが、どれだけ苦しいトレーニングだろうと俺はこなしてみせる。
今回こそ誓ったんだ。
だから慧の脅しに屈したりはしない。
「それで肝心のトレーニングは何をすればいいんだ?」
『部活でやって一番キツいと思ったのはバービーだな』
「じゃあ、それで」
『即答かよ。すげえな、愛の力って』
やり方を教えてやるから試しにやってみろよ、と言われて俺は地獄に挑むことになった。
簡単なストレッチを終えて、いざ地獄へ。
慧の説明によるとバービーとはスクワット、腕立て、ジャンプを連続して繰り返す動きのことを言うらしかった。
……確かにきつそうだ。
だが俺はやり遂げて見せると、そう誓ったんだ。
絶対に! 屈したりは! しない!
『それじゃ始めるぞ、よーいスタート』
慧の掛け声でバービーを始める。
やばい、最初の一セットから既にキツい。
特に最後のジャンプする瞬間の負荷がヤバい。
『はい、十秒休憩~』
「慧……これ……やば」
『言ったろ? 地獄だって。だけど辛いのはこれからだからな』
……マジかよ。
俺は一セット目にして既にへばりかけていたが、気力を振り絞って二セット目に挑んだ。
ヤバい、もう足がガクガクする……。
『はい、三セット目~』
「ちょ、もう休憩終わり!?」
なんだこのタバタ式トレーニングとかいうやつは。
トレーニング中の二十秒が無限にも感じるのに、休憩は一瞬で終わる。
実質常に運動し続けているような錯覚に陥る。
「もう……無理」
そして俺は三セット目にしてギブアップした。
足がガクガクに震えて腕立ての姿勢すら取れなくなってしまったからだ。
『まあ、初めてにしてはよくやったんじゃないか?』
慧は肩で息をして倒れ込んだ俺を励ましてくれた。
自分がいかに運動不足の身であったかを実感する。
「ちなみに……これ……何セットやるんだ?」
『八セット……どうだ? 地獄だろ』
「ああ……地獄だ」
これを八セット?
今ので半分もこなせていないのか?
『まず最初の目標はこれを全力で八セットこなせるようになることだな』
「まず、が遠いよ……」
『じゃ、辞めるか?』
「やる!」
自分に甘くし続けてきた結果が今の俺のわがままボディーを形作ってきた。
ここで今までのツケを払わないといけない。
そして少しでも涼音の隣を並んで歩くのに相応しい男になるんだ……。
俺は生まれて初めて、『本気』の決意をした。
それから俺は毎日このタバタ式バービーを繰り返した。
最初は三セットが限界だったが、次第にこなせるセット数が増えていき……入学式の前日には初めて八セットをやり切ることができた。
効果は割と早い段階で現れた。
特に大腿四頭筋、いわゆる前腿の辺りの筋肉量が分かりやすく増えたのだ。
食生活も改善して、なるべく高タンパク質な食事を心掛けると体重はみるみるうちに減っていった。
それこそ高校の制服のズボンがベルトの三つ目の穴を通さないとずり落ちてしまうほどに。
もちろんこの程度で涼音に並べるようになったとは思えない。
だがこれは俺にとっての……第一歩だった。