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第1章 藤倉仁吾

 スタジアムは観客でいっぱいだった。

 惑星ワッタービッチェンδの中堅都市、アメンテでは、この日、プロ空中フットボールリーグのプレーオフが開かれていた。

 グレートロケッツ対タイターンズの第五回戦。これまでの四試合はともに二勝ずつで、勝負は最後の第五戦にまで持ち込まれた。この試合に勝ったほうがリーグチャンピオンとなるのである。

 四万人の大観衆が、その瞬間を見ようと集まっていた。

 試合は前半が終了して三対二、グレートロケッツは一点差のビハインド。後半の六〇分でどう決着がつくのかで、スタジアムはヒートアップしていた。

 グレートレケッツの監督は選手を集め、後半に向けて檄を飛ばした。

「いいか、みんな。相手も必死だ。優勝候補のプレッシャーがかかってるから、そこにつけいれば必ず勝てる。パスを回していけば、ぜったいチャンスがくる。なぁに、おまえたちならできる。ファイトだ!」

「おお!」

 円陣を作っていた選手たちが鬨の声をあげた。

 後半開始を告げるホイッスルが鳴った。ピッチに散る選手たちとベンチからそれを見守る控え選手。そこに、藤倉仁吾ふじくらじんごの姿があった。

 四年目の今シーズンは二軍からのスタートだった。優勝争いをしているチームの一軍選手は全員がハイレベルで、そこへ割って入っていくのはむずかしかった。しかしシーズン後半、怪我のために離脱した選手の代わりに一軍昇格を果たした。運よく巡ってきたチャンスだった。が、レギュラー選手に割って入って実力を見せる機会がないままシーズンは終盤にかかってきた。

 大一番のこの試合でも仁吾はベンチスタートだった。ここで活躍できたら……と、仁吾はじりじりしながら試合を見守っていた。

 後半が始まってから数分、グレートロケッツは逆転しようとタイターンズのゴールに猛攻をかけていた。

 空中フットボールの浮遊するゴールに向かって、上下左右、あらゆる方向から迫っていくが、タイターンズの堅いディフェンスをなかなか破れず得点できないでいた。

 キーパーをのぞいてほとんどが攻撃に参加し、ゴール前は混戦模様。自然、ボールの奪い合いが激しくなる。

 ホイッスルが鳴った。一人の選手が接触により、地上に落ちた。背中の反重力ユニットが故障したらしい。

「仁吾!」

 監督が名前を呼んだ。

「はい!」

「マーミンクと交代だ!」

 監督が審判に選手交代を告げると、仁吾は勢いよくベンチから立ち上がった。頬を上気させ、ピッチへと入っていく。

「ちくしょう!」

 逆に交代を告げられたマーミンクは悔しさを滲ませながら仁吾とすれ違う。

「あとは頼んだぞ」

「任せてくれ」

 仁吾は反重力ユニットの電源をオン。鮮やかな赤いユニホームを着た身体がすっと上昇していく。背番号26が巨大ビジョンに表示され、選手の交代が場内に告げられた。

 試合再開。

 仁吾はここで活躍して監督の覚えをよくしてもらおうと躍起になった。

 残り時間は少ない。仁吾のポジションはレフトバックだったが、フロントアタッカーのように積極的に攻撃をしかけ、あわよくばゴールを割ろうと考えていた。

 ボールに向かって猛ダッシュし、素早いパス回しに入れる位置に出ようとしたが、なかなかパスが回ってこない。

 多種族が入り乱れるプロ空中フットボールにおいて、地球人の仁吾はその特性を生かそうと飛び回った。レギュラー選手のなかでは地球人は大柄な部類に入る。反重力ユニットは同じものだから小回りはきかないが、スピードに乗れば一気にゴールを狙えた。

 各選手の動きを目で追いながら、仁吾はそれに合わせてピッチ内を移動した。

 試合は一進一退で推移し、残り時間はどんどん少なくなっていった。早く点を入れないと負けてしまう――仁吾はあせった。

 相手が蹴って壁に当たって跳ね返ったボールが、ちょうど仁吾のそばへと来た。相手チームの攻撃陣が殺到する前に、仁吾はボールを迎えに行った。

 ボールを確保した。

 ――よし!

 相手ゴールまではかなりの距離があるが、ドリブルでもちこもうとした。群がる相手チームの選手をかわしつつ、ゴールへ向かって突進する。このままシュートへ持ち込んで決めれば同点だ。

 そうはさえまいと、タイターンズ防御陣が仁吾の進路を塞ぐ。

 味方チームの選手も仁吾と平行して相手陣地へとなだれ込む。パスをよこせ、とチームメイトの誰かが言ったが、相手の攻撃が激しくて、仁吾はそれどころではない。それよりもこのままゴールを決めようと思った。時間もないし、ここで決めて延長戦に持ち込んだら、英雄だ。

 ――あっ!

 何人かはかわしたが、次々と来る妨害にとうとうボールを奪われてしまった。

 奪われたボールが味方陣地へと飛んでいった。

 ――くそっ!

 仁吾はターンして、再びボールを奪おうと突進した。だがパスでボールを回されてしまい、仁吾だけでなく、他の誰もボールをとれない。

 そのとき、ホイッスルが鳴った。

 スタジアムが鳴動した。

 タイターンズの優勝がこの瞬間決まった。

 仁吾は落胆してピッチにしゃがみこんだ。

「なにやってんだよ」

 キンキンと甲高い声がして振り向くと、チームメイトのマケイクン人が仁吾を見下ろしていた。

「なんであのときボールをパスしなかった。おまえが個人プレイに走らなければ得点できていた」

 三つの目玉をぐるぐる回して苛立ちを顕わにしていた。

 そこへ、主将のケケロミー人がやってきた。巨大なトサカの色が、試合中の赤から黄色に変わっていて、もう興奮も醒めてきているようだった。

「やめるんだ。仁吾を責めたところで仕方がない。我々は敗れたんだ。この悔しさは来シーズンで晴らそう」

「そうだな。来シーズン、仁吾は自由契約いないかもしれないからな」

 憎まれ口をたたくと、仁吾を残して去っていく。

 主将が言った。

「さあ、試合後のセレモニーが始まる。スタンド前に並ぼう」

 仁吾の腕をとり、立ち上がらせる。仁吾は「すみません」と小さくつぶやくと、主将の後についてトボトボと歩き出した。


 華やかなプロスポーツ界において、空中フットボールは人気はここのところ低下していた。

 ここ、惑星ワッタービッチェンδでは昔から親しまれてきたスポーツだったが、近年、他の惑星を交えてのさまざまな競技の国際大会が盛んになって、ワッタービッチェンδだけで行われてきた空中フットボールはローカルな存在としてその人気が落ちてきていた。

 優勝のかかるプレーオフこそチケットは完売してスタジアムは満員になるが、通常のリーグ戦ではかなり空席が目立った。対戦カードによっては観客が千人を切ることもしばしばだった。ネット中継の契約者数も伸び悩み、経営難からチームの身売りや合併が相次いだ。

 一時は二十をこえていたチーム数も今や十二チームに減少し、プロリーグの継続そのものの危機さえささやかれ始めていた。熱狂的なのは一部のファンだけ、と揶揄されて。

 ――来年、おれはプロ選手でいられるかな……?

 試合後のセレモニーも終わり、優勝に沸き立つタイターンズの選手たちを横目で見ながら入ったロッカールームで、仁吾は自身の今シーズンの成績を振り返った。

 一軍半――。

 なかなか一軍に上がれなかった仁吾は、今シーズンこそはと意気込んでキャンプに臨み、シーズン開始当初は二軍でも、すぐに一軍に昇格し、今年こそはと意気込んだが、シーズン途中でトレードで入団した選手が活躍してポジションを奪われると、その後はふるわず再び二軍ぐらし。シーズン終盤に一軍入りを果たしたものの、大した活躍はできなかった。

 プロになって四年……。球団も、いつまでもくすぶって勝利に貢献できない選手を抱えてはいるまい……。

 それを考えると、優勝を逃したこと以上に、気持ちが暗くなった。

 着替え終わってロッカールームを出ようとしたとき、

「おーい、仁吾。帰るのはちょっとだけ待ってくれ」

 球団のマネージャが仁吾を呼び止めた。仁吾はドキッとした。来期の契約のことを考えていたばかりだったから、嫌な予感がした。

「なんでしょうか?」

 緊張に頬をこわばらせつつ、訊いた。

「実はね……」

 と、ワホッコ人のマネージャは長い首を左右に揺らしながら言った。

「きみに絵のモデルになってほしいって、言ってきている人がいるんだよ」

「は?」

 仁吾は戸惑った。まったく予想していなかった話に、一瞬聞き違いかと思った。

「絵の……モデル……ですか?」

 一言一言、区切るような言い方で確認した。

「どうする? 受けるかね?」

「まぁ……べつに、かまいませんが……」

 仁吾は特に深く考えることもなく返答した。

「わかった。仁吾ほんにんの意向を確認したので、そう返事をしておく。きみの肖像権はグレートロケッツにあるからね。そこのところはきちんと押さえておかないといけないので」

「はあ……」

 仁吾は実感がわかなくて、生返事した。

「では、近いうちに連絡があるだろう」

 マネージャはそう言い残すと背中を向けて二本の尻尾を振りながら去っていった。


 シーズンオフ。

 長いシーズンが終わると、キャンプが始まるまでの数ヶ月間は休みとなる。球団に拘束されることもなく自由でいられる。

 しかし休んでばかりもいられない。ちゃんと身体の手入れをしておかないと、なまってしまって使い物にならなくなってしまう。チームメイトのなかには遊びほうけている者もいたが、仁吾は毎日のようにジムに通っていた。来年こそ活躍をしなければ……。

 幼い頃からの夢だったプロ空中フットボールの選手になったのだ。ろくに日の目を見ないままこのまま朽ちてしまってたまるものか、と思った。

 チームを代表するようなスター選手ではない仁吾にとって、オフも重要な期間なのである。

 ジムで二時間、筋力トレーニングやらランニングやらでたっぷり汗を流した。

 その帰り、仁吾はクルマを運転して小さなケーキ屋に寄った。

「ジョンブリアン」という名前のケーキ屋の駐車場に、契約金で買った型落ちのフェラーリを入れた仁吾は、中世ヨーロッパの古民家風につくられた店のドアを開ける。

 こぢんまりとした店内は明るく、清潔だった。大きなショーケースには、この店オリジナルのケーキが何種類も並び、買ってくれる客を待っていた。奥には喫茶コーナーがあって、今は客が三人テーブルについている。

「いらっしゃいませ。あ、藤倉さん」

 店のショーケースの向こうにいた、フリル付きの白いエプロンをつけた若い女が仁吾に微笑んだ。グレーの瞳がまっすぐに見つめる。

「やあ。こんにちは」

 人口四十万の中堅都市アメンテには地球人が集まって暮らす地球人街があり、二千人もの地球人が暮らしていた。このケーキ屋もそこにあり、地球人の一家が経営していた。

 仁吾が昨年のオフのある日、街でたまたま入ったケーキ屋がここだった。ストイックな生活をしていたせいで、甘い物には目がなかったのだ。

 そしてそこで、その店のオーナーの娘であるエリザベータに出会った。以来ときどきケーキを買いに訪れていた。ケーキの味がよかったのはもちろんだったが、通ううちにエリザベータに会うのが目的になって、ジムからの帰り、わざわざ遠回りして立ち寄るようになっていた。いまではすっかり顔なじみの常連客である。

「ニュースで聞きましたけど、昨日の試合、残念でしたね」

 エリザベータは笑顔を引っ込めた。

「ああ、もうちょっとだった」

 仁吾にとっては苦い一日だった。

「ごめんなさい、いつも応援に行けなくて。お店があるから、なかなか……」

「いや、いいんですよ」

 仁吾は愛想笑いを浮かべた。エリザベータは空中フットボールがどんなスポーツなのかよく知らなかった。だから仁吾も、無理に観戦してほしいとは言いづらかった。

「そうそう、きょうは、新商品があるんですよ」

 エリザベータは気まずさを振り払うかのようにショーケースの中を指さして、

「これ、わたしが作ったんです」

「えっ、どれですか?」

 仁吾は思わず声を上げた。この店のケーキはすべてエリザベータの父親が作っていたが、エリザベータはいつか自分も父親のような腕のいいパティシエになりたいと口にしていた。

「これです」

 生クリームでコーティングされた小さなケーキ。この惑星原産のカラフルなフルーツがのっていた。

「ケーキに合うフルーツをいろいろ試してみたんですよ」

 と、少し自慢げなエリザベータ。

「じゃあ、ぜひ買わせてもらうよ」

 エリザベータが作ったケーキ。それを思うだけで仁吾はテンションが上がった。しかも父親から店に出していいといわれたのだから、その味は保証付きだろう。

 ショーケースに残っていた五個全部を買った。

「毎度ありがとうございます」

「また来ます」

「お待ちしてます。試合がんばってくださいね。あっ、いけない。もう終わったんでしたっけ」

「来シーズンもがんばりますよ」

 力強く握りこぶしを掲げて見せると、ケーキの箱を手に、仁吾は店を出る。

 いつか、エリザベータに自分の気持ちを打ち明けたいと思う仁吾だったが、それは一軍レギュラーの座を確かなものにしてからと思っていた。そのためにも、がんばらないと――。

 携帯端末にメッセージが入っていたのに気づいたのは、クルマに戻ってからだった。ポケットに入っていた携帯端末を開くと、一件入っていた。発信人には「フランソワーズ・ピノン」とあった。

 ――誰だ?

 心当たりのない名前だった。

 しかしメッセージを表示させた仁吾は、「ああ、そうか」と思い出した。

 昨日、マネージャから帰り際に聞いた「絵のモデル」の話だった。メッセージは、仁吾をモデルに絵を描きたいと言ってきた本人からで、絵のモデルを引き受けたことを感謝する言葉と、近々会えるかどうか問い合わせる内容だった。

 いざモデルにとなると、OKの返事はしたものの、なんだか照れくさいような気がして、しかし球団との話し合いで合意している以上、会わないわけにはいかなかった。

 仁吾は少し考え、明日ならいいと返答した。


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