7.移り行く日々と戻れない日々
『ジャンジャンバリバリ出しちゃってください!』
店内アナウンスが流れるスリーセブン。
春樹は一人、新台に座っていた。
哲は最近合コンで知り合った女の子と出かけ、宗太は映画を持ってフラついている。
シネマカフェというところで、流してくれる場所を探しているらしい。
かくして一人で打っているわけだが、どういうわけか一人で打つと勝率が高い。
次からも奴らは誘わずに一人で来るか。
まあ、誘わなくても大抵はいるのだが。
本日7回目の大当り。
ようやく調子を上げてきた時だった。
肩を叩かれ振り向いた春樹の目には、懐かしい顔があった。
店内は騒がしい為、一度に外に出た。
「春樹はいつ出て来たんだ?」
「卒業してすぐ」
「調子は?」
「まずまずだね~」
青空の下でタバコに火をつけ、もう一度彼の顔を見た。
「変わんねえな。ユキ!」
「お前もな!」
元バンドメンバーのドラマーだった。
考えてみれば、解散してから一度もメンバーと連絡を取り合っていない。
「ユキ、バンドは?」
「デビュー直前でポシャったよ。ギターがクスリに手出してさ…」
「マジか~」
「今はサポートミュージシャンとして拾われたけど、それだけじゃ食っていけないし。で、ここ来たってわけ!なんてな」
「一歩前行ってるな~」
「そんなことないよ。お前と違って曲創る才能ないからさ、がむしゃらに叩くだけ。上にはゴマンといるからな…」
「いつもこの店来てんの?俺しょっちゅういるけど、見かけないからさ」
「この後近くでライブあるからさ。たまたま来ただけ。まあ、ライブって言ってもヘルプだけどな。来るならゲスト入れとくけど?」
「あ~。じゃあ、お願いしていい?」
「おう。そろそろ行くわ~」
「打たねえの?」
「いい台なかった!お前の台くれるなら打つよ!」
「バカ!ボーナス中だっつーの!」
12回目の大当り。
まだ続きそうだったが、切り上げてライブハウスに向かった。
正直圧倒された。
ユキが歩いている道は一歩前どころではなかった。
ステージ上には、以前春樹を支えていた、東北トップクラスのドラマーの姿はなく、正真正銘、関東トップクラスのドラマーがいた。
更に上がいることに笑うしかなかった。
家に着いた春樹はお気に入りの焼酎を前に歌い出した。
いつか思いついた歌の続きを…
確かなことが何一つない世界で
生きる術が霧に隠れて 息をするのも窮屈で
ないものねだりってことはわかってる
荒れた道を歩く勇気が歳と共に枯れていく
小さな小さな喜びを なるべくたくさん集めて
ひとつに重なれば それが大切な歌になる
一度寝て、もしこの曲を覚えていたら、一度路上で歌ってみよう。
忘れていたら、所詮それまでの曲。
それまでの才能だったわけだ。
宗太、ユキは歩き出した。
きっと他のみんなも。
次は俺の番なのかな?
夜9時。
この時間なのにアルコールが入っていないことは珍しい。
チューニングを確認し、街の片隅でギターを掻き鳴らした。
集まる観客から送られる拍手と、投げ込まれるコイン。
懐かしい感覚は居心地良かった。
立ち止まる人、通り過ぎる人。
この空間にいる人全てが自分の歌を聞いている。
最後にタイトルも決まっていない出来たての曲を歌った。
歩き出そう。これが『大切な歌』となれるように。
夜風がとても気持ち良かった。
「明日のイベント行くだろ?」
明日、スリーセブンで行われる月で一番熱いイベントだ。
哲の問いに、宗太はバツの悪そうに答えた。
「ごめん。撮影あるんだ」
「また?」
「シネマカフェで結構評価されてさ~。マサさんやる気になっちゃったんだよ。もともと才能はあったんだけどさ」
「つまんねえな~。なあ?春樹?」
「あ、俺も明日はちょっと…」
「女?」
「まあ、そうだな」
「俺だけ暇じゃねえか!」
「この前の女は?」
「ワン ナイト ラブって感じ?」
「暇ならまた脚本いじってくんない?評判良かったからさ!」
原稿を渡されたが、その時は見ずに、 「暇な時な!」 と受け取って終わった。
「宗太頑張ってるな!春樹もやる時はやんなきゃ!」
大将の言葉に、春樹はゆっくり口を開いた。
「別に隠してたわけじゃないんだけど。俺またバンド始めたんだ!」
誰もが驚きと喜びが混ざった表情をした。
「いつから?」
「ちょうど夏が終わる頃かな?偶然ユキと会ってさ…」