4.桜井宗太の上京物語
「おめでとう!」
親からそんな言葉を聞くと、少しだけ胸が痛んだ。
宗太が合格した東京の大学は、名前を書けば受かるような大学だった。
学校のレベルなどわからない母親は、息子が大学に合格したという事実しか知らない。
しかし宗太としては、東京に行ければ何でもいい。
「しっかり勉強して、いい企業に行かないとね」
「わかってるよ」
普通の就職なんて考えたことがなかった。
「とりあえず、演劇サークル入って、在学中にオーディション受けまくる!」
「燃えてるな~」
哲に誘われ、チェーン店の居酒屋に行った時だった。
居酒屋は初めてだったが、カッコ悪いので伏せていた。
煙草を吸ったのも今日が初めてだった。
「明日春樹のライブだろ?一緒に行こうぜ!」
この日はそれで帰った。春樹はバンドで東京。哲もきっと来る。
楽しい生活になりそうだ。宗太は心でスキップしながら家に帰った。
「Johnny Bを…、解散します…」
周りにいるファンと同じ心境だった。
騒然となったライブ会場。
春樹の最後の歌声は凄みがあり、鳥肌がたった。
宗太は春樹に声を掛けることなく、会場を後にした。
まだ耳がキーンとする中、Johnny Bの曲を口ずさんだ。
楽しいはずの東京での暮らし。
春樹はいったいどうするのか。
荷造りをしていると、すでに日付は変わっていた。
最後の段ボールにCDを詰め、ガムテープを張った。
その一番上にはJohnny Bのアルバムがあった。
明日の午後、仙台を離れる。
哲と春樹はどうするのか。
段ボールまみれの部屋で、実家最後の夜は開けた。
一人で東京に行くのは初めてだが、新しい家や大学までの行き方は調べてあったので、そこまで苦労しなかった。
唯一、山の手線を逆方向に乗ってしまったくらいだが、それでも乗っていればやがて着く。
無駄に一周し、夕方過ぎには家に着いた。
荷物が届くまでに、コンビニ弁当を平らげ、親に電話した。
「手伝いに行けなくてごめんね」
「いいよ、別に」
「体に気をつけて、しっかりね!」
丁度荷物が届いたので、早々と電話を切った。
落ち着いた時には夜も深くなっていた。
何となく気になったので、春樹に電話してみた。
初めて自分で買った煙草に火をつけ、一度だけ咳をした時に春樹は出た。
ほんの二分くらいの会話だった。
結局、春樹が東京に来るかわからなかった。
気持ち的にはやっぱり来て欲しい。
一緒に東京での生活を楽しみたいと言うのももちろんだが、それ以上に春樹の才能を埋もれさせるのはもったいない。
缶ビールを半分くらい飲み、残りは台所に捨て、床に着いた。