2.高宮春樹の上京物語
一年と一ヶ月前。
路上にまだ残る雪が寒さを誘う、宮城県仙台市の三月の夜。
五十人程詰め掛けたとある小さなライブハウス。
高校卒業ライブと称して、Johnny B初の、そして最後のワンマンライブが行われた。
地元のインディーズチャートではそれなりの売り上げだった唯一のアルバムが、小さなホールに大きな音で鳴り響いていた。
ドラムのYUKIが出て来て、エイトビートを刻むと曲が止まった。
代わりに 大歓声が巻き起こる。
続いてベースのAKIRAが一礼してからYUKIに合わせた。
ギターのSHOGOが観客を見渡し、ディストーションの効いた和音を鳴らした。
最後に赤いジャガーを肩にかけたHARUKIが綺麗なアルぺジオで音に深みを出した。
そのまま曲のイントロに入り、一曲目が始まった。
持ち時間は一時間。
半分程過ぎた時、ファン達はボーカルのHARUKIから予想もしない言葉を耳にした。
「今までずっと四人でやって来たけど、これからはそれぞれ違う道を進むことになりました」
一瞬、沈黙が漂った。
「Johnny Bを…、解散します…」
困惑の悲鳴は今までの歓声より大きかった。
それもそのはず。二週間前のライブでは、四人揃って東京進出を発表していたからだ。
進む道が違った。
本人達にはそれだけの理由だが、結成から応援し続けたファンには納得がいかない。
「別に音楽を辞めるわけじゃない。いつかまた四人で…、どっかのドームでも、ヤニ臭い小さなライブハウスでも…。またいつか四人で…」
ここまで来ると泣き出す観客もいた。
当時高校生だったが、かなりの人気はあった。
それに伴う実力があったからだ。
卒業ライブは解散ライブとなり、惜しまれながら、彼らはステージを後にした。
ラストステージの二週間前。
スタジオでの練習を終えたJohnny Bのメンバーは、全国でも有名な、チェーン店のハンバーガー屋でポテトをつついていた。
ライブでの演奏曲は概ね決まった。後は曲順と演出。
春樹は兼ねてから考えていた、メンバー一人一人が順番にステージにあがるという案を出し採用された。
「どうしてもCDに収録した曲が中心になるな~」
ギターの省吾は少し面白くなさそうだ。
「せっかくだからさ!初ライブとか、前期の方にやった曲とかやんねえ?」
「それでこけたらどうすんだよ!卒業ライブなのに!」
省吾の案に、ドラムのユキこと、幸徳は真っ向から反対した。
「まあ、皆だってアルバムの曲聴きたいだろうしさ。なあ?彰?」
ボーカルの春樹がリーダーに意見を求めた。
「…ん?あ~、そうだな!いいんじゃないかな?」
「彰?どうした?何か変だぞ?」
リーダーでベースの彰の雰囲気が違うことは、ここにいる誰もが感じていた。
結局耐え切れずに聞いたのは省吾だった。
「あのさ。一応、俺が発起人だったからそのままリーダーやってたけどさ、…抜けさせてくんねえかな?」
冗談なら面白くはないが、彼の表情からそうは思えなかった。
「何だよ。いきなり」
「……………」
「東京行くんじゃねえのか!お前が言い出したんだぞ!」
黙り込み彰に、省吾はキツく問い詰めた。
「彰。理由は?」
「……………」
「何も言わなきゃ納得出来ねえだろ!」
次は春樹が叫んだ。
「うちさ、母子家庭だって知ってんだろ?親が入院してて…」
「親の為に音楽捨てんのか!?」
「春樹!そういう言い方はよせ!」
この状況で一番冷静なのはユキかもしれない。
「今まで好き勝手やらせてもらったんだ…。もう迷惑かけらんない」
「もう少しだろ!プロになれば…」
「プロになった先輩で、成功した人達いたか!?」
「だから俺らが!」
「もういいよ。春樹。結局その程度だったんだな。彰は」
「悪いけど、他のベース探してくれ…」
彰はまだ半分しか吸っていないタバコを消し、店を出た。
「どうする?」
「決まってんだろ!」
足を組み直し、タバコに火をつけた省吾に、ユキが笑いながら頷いた。
「決まってるよな!彰が抜けるなら俺らも降りるよな?」
「解散か…」
これからという時に。春樹は悔しくて堪らなかった。
「俺ら一人でも抜けたらJohnny Bじゃねえよ!わかるだろ?春樹?」
「わかるけど…」
「じゃあ、やることは決まってるよな?」
「………絶対ライブを成功させよう!」
各々が目配せをし、頷き合った。
「で、結局どうなった?」
「どうもこうも、解散したんだし、ユキは東京でまたバンドやるみたい。省吾は専門学校行くってさ」
「じゃなくて、お前の話だよ!」
ライブの次の日、春樹は哲の家にいた。
「お前も東京行けばいいじゃん!あれだけの力あるんだから、もったいねえよ!」
確かに、メンバーの中では一番道に迷っている。
彰は仕事をしつつ、趣味で音楽は続ける。
ユキは誰よりも早く、東京行きを決めた。
ドラムはどこも人材不足だ。ユキならやって行けるだろう。
省吾は東京の音楽学校で基礎から学び直し、プロを目指すらしい。
その中で自分だけが取り残された気がしていた。
「宗太も東京の大学だろ?哲はどうすんだ?」
「俺も東京考えてんだ!」
「東京行って何すんだ?」
「さあ。とにかく何かデカいことやる!」
「ロックだな~」
迷う前に行動。哲の考えには度々背中を押された。
「東京か…」
「いいじゃねえか!バンド解散しなきゃ行くつもりだったんだろ?あっちに行きゃ、もっといいメンバー見つかるって!」
春樹の中で、Johnny Bを越えるメンバーが現れるのかは不安だった。
しかし、ここにいても何も始まらないのだ。
ユキも省吾も動き出した。
劇団を作りたいと言っていた宗太も。そして哲も。
後は春樹の気持ち次第。
彰の言う通り、先に東京進出したバンドは、プロ、アマ問わず、成功した人達はいない。
心のどこかでそれが引っ掛かっていた。
「ビビってるだけだろ!」
きっと哲ならそう言うだろう。
風が冷たい帰り道。家に着く直前に宗太から電話があった。
「哲も東京行くんだってな!」
「らしいな」
「お前は?」
「どーすっかな?」
「残ったとこでやることないだろ?東京でまたバンド始めればいいじゃん!」
「そうだよな…」
「前に話しただろ?俺が劇団作って、お前がその舞台のBGM手掛けるってさ!東京でやろうぜ!」
確かに働きもせずに実家にいても煙たがられるだけ。
今後も自分の夢は変わらない。
なら、東京に賭けるのも一つの手だ。
部屋の窓を開けると綺麗な満月。
春樹はそれに誓った。
俺はJohnny Bを越える!