14.雪の降らない街
春樹のツアーが来年のG.Wに決定し、明日から宗太がクランクイン。
そんな冬の日に哲は東京に帰って来た。
久々に三人が串丸に集まった。
「大阪、長崎、仙台、福岡。で、ラストに東京。大分ハードなスケジュールだわ~」
JUDEは哲が帰省している間にも週2回ペースでライブをやっていた。
その頃には、既に東京での人気はそこそこになっていた。
同じく三銃士、BEAT69の人気も跳ね上がり、兼ねてから話していたツアーが初めての企画ライブとなる。
「まだ先の話しだけど、体壊すなよ!」
大将がビール二つとウーロン茶を一つ持って来た。
明日朝から撮影の宗太は流石に飲めない。
久しぶりだとしても、三人揃って乾杯した後はいつも通りのくだらない話し。
やはりこの空間は居心地がいい。
「宗太も芸能人か~」
「まだ事務所とか劇団に所属してるわけじゃないから、そんなもんじゃないよ」
「いや、でも凄えだろ!」
「凄えのはマサさん。谷監督の次回作から助監督だってよ。正式に映画会社に就職してさ」
「おお~!あんま話したことないけど、やっぱあの人凄かったんだな?」
哲の言葉に春樹も頷いた。
「あんま話しに出てこないけど、人知れず凄いな!」
「ここで一つ朗報があります!」
全員が宗太に注目した。
「SURVIVAL IN THE CITYがネット動画で配信されます!」
「マジで!?」
「これがヒットすれば美奈ちゃんもデビューじゃね?」
「俺は?あの曲創ったの俺なんだけど?」
「歌ってんの美奈ちゃんだもん。実際、評判いいんだぞ?」
「何か面白くねえな~」
「お前はJUDEがあるだろ?美奈ちゃんはまだ一人で歌ってんだろ?」
「この前ゲストで歌ってもらったけど、たった一回のステージでかなり反響あったよ!」
「あれだけ可愛くて歌上手かったら人気出るよな~」
「何か面白くねえな~」
哲の言葉に春樹はまたふて腐れた。
宗太の朝は早いので、今日は早目に切り上げた。
「俺明日バイトもバンドも休みなんだ!行く?」
春樹は親指で停止ボタンを三回押すジェスチャーをしてみせた。
「俺パチ派になったもん!」
「変わったな~。哲は」
「それにバイト始めたし!」
「変わったな~」
早くに目覚めた春樹は、やることもないので、宗太のロケ現場に野次馬に行ってみた。
先客が多く、宗太の姿は見つけられなかったが、主演のヒロインを見ることが出来た。
周りはこっち目当てだろうが、名前が出てこない。
言われればピンとくるだろう。
その後は試しにパチンコを打ってみたが、イマイチ楽しさがわからず、結局家に帰りギターを掻き鳴らした。
せっかくの休みにすることがない。
そんな夕方過ぎに美奈から連絡があった。
「暇ならスタジオ付き合ってくれません?」
いつものスタジオに彼女はいた。
「どう調子は?」
「せっかくオープニングアクトやらせてもらうんで、気合い入れないと!」
「初日地元だっけ?」
「です!やっぱり一番楽しみですね」
チューニングを確認しながら彼女は微笑んだ。
「前から思ってたけどさ、何で敬語なの?」
「私年下ですよ?」
「あ~、そっか。普通そうだよな~。俺は音楽仲間は上も下も関係なくずっとタメ語だったからな~」
「いいと思いますよ」
JUDEで歌うのも気持ちいいが、彼女の歌に合わせてギターを弾くのも気持ちがいい。
彼女がカナリアならば、自分はさしずめ鳥かご。それでも気持ちがいい。
今年も雪は降らない。 東北の風も冷たいが、都会のビル風も負けてない。
厚手のジャケットにギターを背負い、美奈から報酬にもらった缶コーヒーの温もりに浸っていた。
一年前は音楽の楽しさを忘れていた。
いや、仲間達との快楽を目の前に、忘れたフリをしていたのだろう。
美奈との出逢い、ユキとの再会が思い出させてくれた。感謝している。
春樹と哲と宗太。
それぞれの歯車がくるくる周り、季節は四度目の春を迎える。
宗太の映画が上映され、JUDEのファーストアルバムが完成。
更にはSURVIVAL IN THE CITYがネット配信。
今年は激動の一年になりそうだ。誰もがそう思った。
哲もそう感じていた。