シンガーソングライター 河合美奈
「本日は始まりの9.18においで頂き、また打ち上げまで参加して頂きありがとうございます!」
「固いぞー!」
三銃士のギタリスト、ヤストモの堅苦しい挨拶が始まった。
「皆さんのお陰で成功だったんじゃないでしょうか?」
「知るか!聞くな!」
罵声なのか合いの手なのか、三銃士のメンバーからはそんな声が飛んだ。
「バンドの皆さん!お疲れ様でした!そしてゲストの皆さんも、ライブ同様、打ち上げも楽しんで下さい!それではグラスを持って下さい!」
3バンド合同の打ち上げが始まった。
JUDE側のゲストは宗太と美奈の二人で、哲はいなかった。
ほとんど初対面通しだったが、ユキやBEAT69メンバーは、ヤストモと知り合いであった。
ヤストモは、サウンドマスターのスタッフである為、他のバンドとは交流が深かった。
飲み放題を延長し、宴は深くまで続いた。
三銃士、BEAT69、JUDEで全国をツアーしようと言う話までになった。
具体的なことはもちろん決めてはいないが、オープニングアクトは河合美奈の語り弾きで。とまで話は進んだ。
「何で美奈ちゃんバンドやんないの?」
BEAT69ベースの豊の素朴な疑問だった。
「一人の方が気が楽なんだもんな?俺がプロポーズ済みだよ!」
春樹が笑いながら美奈に顔を向けた。
「ちょっと前までやってたんですけど…」
「何でやめたの?」
「やめたって言うか、消滅したって言うか…」
一年と少し前の春。
春樹達より一つ年下の美奈は、彼らより一年遅く上京した。
京都から「The Brandnew Stars」というバンドで、メジャーデビューを目標に東京へ来た。
メンバーはドラムの悟、ベースの晋也、ギターの光輝、そしてボーカルの美奈だった。
光輝はスキルはあるものの、典型的なリードタイプの為、バックの音がどうしても寂しくなることが多々あった。
雑誌のオーディション企画に応募した時も、「音が薄い」と一蹴されてしまった。
「東京に出たら、一人増やして、音を厚くせな!」
集まる度にその話題は浮上した。
そして、東京にて。
悟の大学の友人の紹介で、キーボードが上手い女の子がいるとのことで、一度会ってみた。
美奈と同い年の学生。名前は絵里香。
もともとはギターを増やすつもりだったが、一度スタジオでの音合わせにて、彼女を正式メンバーに決定した。
東京では三度ライブをやった。
一度目、二度目と、動員は増えて行き、三度目にはトリを飾る程の人気バンドになっていた。
個々のレベルはもちろんのこと、美奈の歌声と併せ、ライブハウス側からも成長の速さは評価された。
夢に見たメジャーデビューも、夢ではないと確信したサードステージ。
誰もがテンション高めに、あえてメンバーだけで打ち上げを行った。
4件程はしごし、美奈の記憶はなくなりつつあった。
あの夜の出来事が起きてから、アルコールの量は一気に落とした。
見知らぬ部屋の、見知らぬベッドで目覚めた彼女は、生まれたままの姿になっていた。
横には同じく生まれたままの姿の晋也がいた。
酒のせいにするわけではないが、間違いなく男女の関係を持ったのだろう。
それから数日経ってはいたが、スタジオで顔を合わせても、やはりお互いにどこか気まずい。
こんな時、男の方が弱いのかもしれない。
次第に晋也はスタジオに来なくなっていた。
デビューを誓ったばかりの時だった。
晋也抜きでも、練習は続けていた。
そんなある日、バンド消滅の決定的なきっかけが起こった。
キーボードの絵里香の妊娠が発覚した。
相手は悟。彼らは人知れず、恋仲になっていたのだ。
こうなってしまっては、絵里香の休業、または脱退を考えなくてはならない。
しかし、やはりここでも弱いのは男である。
悟がスタジオに顔も出さず、音信不通になったのだ。
絵里香は子供を産むことを決意し、脱退した。
残された美奈と光輝だけではどうしようもなく、事実上の解散となった。
「まあ、私も大人として至らなかったとこはあったけど…。そんな感じです」
話を聞いていた春樹、ユキ、豊、BEAT69のボーカルのハジメ、三銃士のヤストモは言葉を失った。
「だから一人が気楽でいいんです。もしまたバンドやるなら、メンバー内の恋愛は禁止!もしくはガールズバンドやろうと思いました」
この沈黙を破る為、春樹が発した言葉。
「うちらもバンド内恋愛禁止だからな!」
「男だけじゃねえか!気持ちわりいよ!」
春樹とユキの掛け合いで、ようやくそのスペースに笑顔が生まれた。
ここにいるメンバーは、それぞれの過去がある。
デビューを信じて疑わなかった者。
直前で流れた者。
でもその経験を歌に出来る。
俺達には音楽がある。音楽がそれぞれの人生を奏でる。
何て面白いんだ。
春樹は不謹慎にもそう思った。