10.哲の憂鬱
「いい感じ!」
「ケビン君入ったら大分違うな~」
スタジオ後のファミレスにて、ミーティングという名の雑談会。
「どこ出身だっけ?」
「Seattleだよ!」
「シアトルなら、ジミヘンだろ!バンド名ジョーにすれば良かったかな?」
「もちろんBEATLESも大好きだよ!」
「ここんとここっちばっか来てくれてるけど、掛け持ちのバンドは大丈夫か?」
ユキは申し訳なさそうに問いかけた。
「サークルのバンドは口だけプロ目指してるだけだから、こっちの方が楽しいよ!」
「確かにオリジナルはやってなかったな。無理にオフスプのカバーやってたし」
「おふすぷ?」
「ああ、Off Spring!日本じゃ縮めて呼ぶんだ」
「ところで、SURVIVAL IN THE CITY歌ってた女の子はMemberじゃないの?」
「メンバーじゃないよ。あれね~。俺が歌うとイメージ違うから歌いたくなかったんだけど、ケビンのベースで大分変わったな~」
「あんな曲あるなんて知らなかったからな!」
「もともとバンドでやるつもりなかったし。ケビンが気に入っちゃったから」
「えいがの曲!」
「映画?」
「ああ、宗太のサークルの映画だよ!その主題歌として使ってんだ」
「へ~。見てみたいな」
「今度DVD借りとくよ!」
実のない話し合いで、解散となった。
しかし、バンド自体はかなりいい状態まで仕上がっている。
曲数も増えた。後はライブだ。
決意に満ちた春樹の顔は、一年前のこの場所にはなかった。
自然と串丸からは遠ざかっていた。
「うぃ~す!」
「今日も一人か?」
「つき合い悪い連ればっかでさ~」
「そう腐るなよ!哲!」
何も言わずともビールとたこわさが出てくる。
誰とも乾杯せずにジョッキを口に運んだ。
「バンド、バイト、バンドってさ~、金必要なら引きの強さで稼げっての!宗太は宗太で毎日撮影とか言って遊んでるし!マジつまんねえ!」
「あいつらもやっと変わる時が来たんだろ?哲もスロットばっかやってないで、打ち込める物探せよ!」
「俺だって変わったさ!最近スロの台じゃ稼げないから、パチに移行したもん!文字通り打ち込んでるぜ!」
「まあ、らしいっちゃらしいけどな~」
都会の真夜中、千鳥足の影は一つになっていた。
『ただ今電話に出られません。ピーと音がなりましたら、ご用件を・・・』
最後まで聞かずに電話を切った。春樹も宗太も繋がらない。
せっかく勝ったからおごってやろうと思ったのに。 その瞬間、携帯が光った。
「何?」
こんなにムスっと電話に出るのは、親からの電話以外ない。
「何ってことはないでしょう。電話してもメールしても音沙汰ないし」
「忙しいんだよ!」
「今仕事何してるの?フラフラしてるなら帰って来なさい?お父さんも最近調子悪いんだから…」
「あ~、もうちょっとこっちで頑張るわ~」
一方的に電話を切った。
頑張るって、何を頑張るのか…
「お前は知らないだろうけど、大人は大変なんだぞ。保険や年金も払わなきゃならないし、家賃と生活費以外も色々かかるんだぞ?」
大将の言葉は実の父の小言の様だ。
「知ってるよ。だから今に何かデカいことをさ!…大将。何やればいいかな?」
「それを探しにこっち来てんだろ?」
「前から思ってたけどさ、春樹も宗太も具体的にやりたいことあって。俺だけ…。今はこれでいいかな?って思ってて、もうすぐ三年目になるよ」
「哲…」
「大将?ここ泣くとかな?」
「ドラマとかじゃな!」
二人で目を合わせ笑った。
「いいじゃねえか!人それぞれ歩くペースがあるんだから!」
「だよな!泣くにはまだ早い!大将いてくれてよかったよ!」
「ほら、余りもんだけど食え!」
「東京の親父だな!」
「お前ら三人共可愛いドラ息子だ!」
大将は昔結婚はしていたが、既に別れてしまっていた。
子宝にも恵まれなかった為、彼らを本当の息子の様に思っている。
あまり家で一人では飲まない哲だが、全てを忘れるくらい飲みたかった。
どうせ明日の予定もない。
苦手なウィスキーを割らずに一気に飲み干した。
一人泣きながら飲んだことも、何故泣いていたかも、次の日には忘れていた。