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僕らが好きだった空  作者: 水上橋博士
1/15

1.楽し過ぎるクソみたいな生活

あの頃は楽しかった。


毎日バカやっては笑って、またバカやって。


いつも隣には仲間がいた。


いつも空には大きな青が広がっていた。


時は経つもので、今もう一度確かめたいことがある。


あの頃好きだった空は今でも変わりませんか?


僕らが好きだった空は今でも変わりませんか?

高宮春樹の目覚めは遅かった。


昨晩のアルコールがようやく抜け、ベッドから出た時はすでに夕方になっていた。


シャワーを浴び、身支度を整え、家を飛び出した。


その際ぶつかって倒れてしまった赤いギターには目もくれなかった。


行き先は街のパチンコ屋、スリーセブン。


パチンコよりはスロットに力が入っている店である。

今日は打つつもりはない。それでも彼が足を運ぶ理由は二つある。


一つは台のチェック。データ採取はスロッターの基本。

もう一つの理由は、恐らくいるであろう親友、金山哲に会う為だ。

そしてやはり彼はいた。


「よ~!遅い出勤だな~」

「どう?調子は?」

メビウスのライトに火をつけ、哲の隣の台に座った。

調子というのはもちろん収支のことだ。


「全然。設定は悪くないはずなのにな~」

スロットには設定というものがあり、 基本1~6まである。

その数値が多いほど当たりが来やすいと解釈して欲しい。


もちろん今日の哲の様に、設定がよくても負ける場合がある。

己の引きの強さ。こればっかりは仕方ない。


「捨てるならもらうよ?」

「まさか!閉店までブン回すよ!」

ヤケになっている哲を横目に、春樹はデータ採取に取りかかった。


高校時代からの親友である二人は、卒業後上京し、今は時の流れに身を任せる職業。

簡単に言えばフリーターをやっている。

家賃や食費で首が回らないはずなのに、スロットと酒とタバコ。

ここら辺の費用はどこから出るのかは謎である。


春樹は店を一回りした後は、マンガを読んだりし、閉店を待った。


「待たせたな!」

声色を渋く、哲は春樹に近づいた。


「劇場版のピッコロさんかよ!で、どうだった?」

春樹の問いに、にんまりと微笑み、右手でVサインを作って見せた。


「二千負けまで巻き返した!」

「負けてんじゃねえか!」

「バカやろう!ここまで来たらいかに負け分をなくすかだ!」

それはごもっともだと頷き、「さて、行くか!」と続けた。


彼らが向かった先は、スリーセブンからさほど離れてはいない居酒屋、「串丸」。

上京した頃からの常連で、最近ではこの店以外行ってない。

こじんまりとした小さい店だが、炭火焼きの焼き鳥と自慢の地酒、そして大将の人柄が人気を呼び、週末になるとなかなかの盛況ぶりである。


「うっす!」

「来たな~!ダメ人間!」

「ほら!言われてるぞ?ダメ人間!」

哲は自分を棚に上げ、春樹の方を向いた。


「ダメ人間は自分のダメさに気づかないもんなのか…」

「悪い!ダメ人間ズだったな!」

仮に二人が喧嘩になったとしても、大将のこの笑顔があれば全て治まる。

彼はそんな人間なのだ。


「宗太は?」

「最近つき合い悪いさ。後輩入って来たってさ」

面白くなさそうに哲が呟く。

春樹や哲とは違い、桜井宗太は大学進学を理由に上京していた。

「あいつももう二年か~。お前らも見習って頑張らなきゃな!」

「誰を見習えって?親の金で大学行ってるだけだろ?毎日遊び歩いて!」

「遊び歩いてるのはお前らも一緒だろ」

「俺らは自分で稼いでるもんな?春樹?」

「そう!自給自足!」

「バイトもしないのにか?」

「生きてるんだからいいじゃん!」


極論を言い切った春樹の目の前に冷えたビールが置かれた。

待ってましたとばかりに手に取り、哲と乾杯。

何に乾杯するのかわからないが、きっと酒を交わす時の儀式なんだろう。

その儀式は毎晩同じ場所で行われた。


大将はいつも宗太にひいき目を使う。

大学生とはそんなに偉いのか。

やってることはほとんど春樹と哲と変わらないが、一応合理的なのだろう。


「哲。お前またバイト辞めたんだろ?」

「バイト?ああ、引っ越しの?」

「やることないなら、うちで面倒見るか?」

「哲は接客ってタイプじゃないだろ!」

「お前に言われたくないわ!」

春樹は上京後、すぐに楽器屋のバイトを始めたが、接客業が合わなく一ヶ月で辞めた経歴の持ち主だ。


「お前らにも夢があるんだろうから、無理にとは言わないけど、一応社会人だろ?」

「一応ね!」

彼らはスロットを仕事と呼んでいる。

しかし、本業にするには負け過ぎている。


「誰か俺の才能について来れる奴いないのかね~」

春樹のこの台詞が出れば酔ってる証拠だ。

今夜8回目の乾杯をした後なので、頃合いと言えば頃合いだ。

「東京も軟弱な奴らばっかだからな!何なら俺歌おうか?」

「ふざけんなよ!ボーカルは俺だ!」


高校時代は「Johnny B」と言うバンドで歌っていた春樹。

地元の若者で知らない者はいないくらい有名なインディーズバンドだったが、上京を目前に解散した。

それぞれ進む道が違ったのだ。

自分の才能だけを信じ、一人東京へ来た春樹だが、一年経った今じゃギターもろくに弾いていない。


「一人じゃ出来ないもんなのか?」

大将だって、バンドは一人では出来ないことくらい知っている。

「いや、バンドじゃなくてもさ、駅とかで歌ってる奴らいるだろ?」

「大将はわかってない!一つの曲があれば、メンバーそれぞれの感性があって、やっと最高の曲になるんだよ!俺に言わせればワンマンバンドなんてバンドじゃないね!」

「要はお前は一人でやる実力ないってことだろ?」

「ちげえよ!だから…」

「一人じゃ最高の曲作れないんだろ?誰かに助けてもらわなきゃ」

哲の言い過ぎとも思える言葉にムッとした。

「まあまあ、ケンカするな!春樹はバンドがやりたいってことなんだろ?ほら、一杯ずつサービスだ!」

「お、サンキュー!」

放っておけば間違いなくケンカになっていたが、ビールと大将の力で丸く収まった。

それから更に小一時間後、二つの影はいつも通り千鳥足で、夜の街へ消えていった。



朝七時。

叩き起こすように目覚ましが鳴った。

普段なら逆に殴りつけるとこだが、今日の春樹の寝起きは良かった。

昨日も深くまで飲んではいたものの、意外と残っていなかった。


「よし!絶好調!」

洗顔後の顔を確認し、両手で叩いた。

栄養ドリンクを一本飲み干し、家を飛び出した。

赤いギターはまだ倒れたままであった。


開店前のスリーセブンにはすでに行列が出来ていた。

春樹がここまで早起きする理由はもちろんこれだ。

月で一番のイベントの日。

今日の為にデータを取り、昨日は打たなかったのだ。

哲と宗太は?

イベントの日には必ず顔を出す二人だが、どうやら来ていないみたいだ。

哲に関しては昨晩大分酔っていたので、まだ起きていない可能性が高い。

どちらかが前方に並んでいれば、さりげなく横入り出来たのだが、いないものは仕方がない。


九時になると店員が出てきて、数名ずつの入店が許可された。

お目当ての台が空いていたので、タバコを置き一回りしたが、それ以外めぼしい台はなかったので、缶コーヒーだけ購入し、席に戻った。


左手に備え付けられた小型のテレビのワイドショーでは毎日変わらず毒舌を吐くキャスターがいた。

その頃には既にプラス二万にまでなっていた。

流れは変えたくなかったが、空腹には耐えられなかった。

ランチ休憩の札を店員に差してもらい、徒歩五分くらいの牛丼屋へ向かった。


そろそろ起こしてもいい時間だと思い、哲に電話したが留守電になったのですぐに切った。

次は宗太にかけてみた。


「おう!」

彼らは「もしもし」とは言わない。


「来ねえの?」

「手持ちなくてさ~。どんな感じ?」

「絶好調!」

「マジか~!行けば良かった~」

「周りも出てるし、まだ間に合うぞ!なんならどっかキープしとくか?」

「う~ん。明日の据え置き狙うわ~。今晩麻雀で稼いどく!」

「お!いいね~」

「来るか?面子一人足りねえんだ!」

「何時?」

「六時くらいかな?」

「あ~。無理だ。閉店までいるから。哲誘えば?」

「あいつ行ってねえの?」

「昨日大分飲んでたからな~」

「自己管理なってねえな!じゃあ誘ってみるわ~。終わったら合流しようぜ!」

「オッケー!串丸でいいよな?」

「おう!じゃあ後でな~」

瞬間的に牛丼を平らげ、速やかにスリーセブンに戻った。


春樹が串丸に到着したのは、午後十一時ちょうどだった!

先に飲み始めていた哲と宗太に、八人の福沢諭吉と満面の笑みを惜しみなく披露した。


「大勝利じゃん!」

「今日は春樹のおごりな~」

「任せろ!お前らは?」

「こっちも!チームワークの勝利だな!」

哲がイタズラに笑った。


またやったな。

彼らは麻雀でチームを組み、どちらかが上がるように捨て牌を考え、勝ち分も負け分も山分けし、リスクがかなり少なくなる。

ただこれはかなりの邪道で、もし相手にバレたら何を言われるかわからない。


「あれお前の後輩だろ?可愛い新入生から巻き上げちゃって」

「洗礼だよ!俺も大分やられたからな~」

確かに一年前の宗太はよくこの場所で嘆いていた。

「春樹!お待たせ!」

春樹のビールが届いた。

今日はちゃんとした理由がある。

三人の勝利に…

「かんぱ~い!」


「うちの演劇サークルやっと人数二桁いったぞ!」

宗太は嬉しそうにマルボロメンソールのボックスを開けた。


「活動してんの?」

「当たり前だろ!活動場所は居酒屋だけどな」

「ただの飲みサークルだろ!」

「お前らも夢あってこっち来たんだもんな。宗太は俳優だろ?」

大将の問いを激しく否定した。


「ただの俳優じゃない!俺は劇団を作りたいんだ!日本各地の舞台を回って、俺らのお芝居を見てもらうんだ!」

「でも活動場所居酒屋だろ?結局口ばっかだな」

「春樹に言われたくねえよ!」

「若いってのはいいよな~!春樹は音楽で、宗太はお芝居。哲は…、何だったか?」

「俺はあれだよ。何かデカいことやんだよ!歴史に名を残すような!」

哲だけが漠然としていた。

「哲はいいよな。ダメでも実家のパン屋継げばいいだろ?」

「絶対嫌!あんなクソ面白くない生活は!だからこっち出てきたんだよ!」

「歴史に名を残すパン屋でいいじゃん」

「どんなパン屋だよ!」

タバコと焼き鳥の煙に巻かれ、いつも通りの夜は更けていく。

昨日と違うのは、千鳥足の影が三つに増えたことだ。



「もう一件行こうぜ~」

「いいね~。今日は全員金あるし!」

肩を組んで歩いている、顔の赤いサラリーマンと何度かぶつかったが、気にはしない。


「カラオケいかがっすか~」

若い女の子の客引きが声をかけた。


「お姉ちゃん相手してくれんの?」

「バカ!キャバじゃねえんだから!」

「飲み放題お安くしますよ~」

若い客引きはクスリともせず、仕事を続けた。

ただ、業務用の笑顔は崩さなかった。


「久々にカラオケもいいか~」

春樹の言葉が鶴の一声になったのか、店まで案内してもらうことになった。


カラオケ特有の不味いビールを飲みながら、まずは哲が歌い始めた。

哲や宗太は今流行りのJーPOPや、懐かしのアニメソングが中心だったが、春樹は違った。

崇拝するビートルズや、ストーンズを中心に、80年代付近の洋楽が多かった。

哲も宗太も知らない曲だったが、それでも引き込まれてしまう。

カラオケとは言えど、惹かれる歌声だった。


英語は話せないが、歌の発音は完璧。

中でも二人が聞き入ったのは、昔から春樹よく歌っていた、チャック・ベリーの「Johnny B Good」だった。

高校時代の春樹のバンド名もここから来ている。


「やっぱ春樹上手いわ~」

しみじみ哲が呟いた。


「まあな!でもカラオケだと本来の声でないわ」

これはカラオケに来ると毎回言うセリフだった。

実際、ライブで歌う春樹の歌の方が抜群に存在感があったが、カラオケでも上手いものは上手い。

たまに哲や宗太が歌う曲に、コーラスで入るが、いかんせん発声が違う。

メインで歌う声が、ハモリに負けることは多々あった。

完全に酔いが回ると、自然とスロットのボーナス中のBGMメドレーになっていった。



昼過ぎに目が覚めた。

春樹はガンガンする頭で考えた。

昨日あの曲歌ったとこまでは覚えてるんだけどな。

気づけば散らかった部屋の万年床で寝ていたのだ。

記憶がなくなるくらい酔った時は不思議なもので、昨晩来ていた服は珍しくハンガーにかけられていた。

財布からは串丸の代金以外は、小銭が少しなくなっていただけであった。

小銭はタバコを買ったとして、きっとカラオケ代は払っていない。

哲か宗太が出したのだろう。


今日は家からは出ずに過ごそう。

タバコを一本吸い終えた時にそう決めた。

布団の横にある、タカミネのアコギを久々に手にした。

酒焼けと寝起きの為、チューニングを半音下げてビートルズを歌ってみた。

我ながら酷い声だったが、陽が落ちる頃には戻っているだろう。

倒れていたエレキギター、赤いフェンダーのジャガーをスタンドに立て、シャワーを浴びた。


二日酔いの時は迎え酒に限る。

夜七時になると、お気に入りの芋焼酎を水で割り、ニルバーナのファーストアルバムをかけた。

いずれなくなる命なら、やはり偉大なロックンローラーと同じ死がいい。

カート・コバーンの様に、ショットガンを用い、錆び付くよりも燃え尽きるか。

ジミ・ヘンドリックスの様に睡眠薬か。

ジョン・レノンの様にファンに打たれるか。

フレディ・マーキューリーだってある意味最高のロックだ。


いずれにしても、まずはこの世に生きた証を残さなければならない。

春樹も、親友のダメ人間ズもまだ何も残してはいない。


春樹が宗太に言った言葉。

結局は口だけ。

これは三人全員に当てはまる。


俺たちはどこに向かおうとして、何に怯えているのか。

何となく即興で歌ってみた。そのうち練り直そう。

今じゃなくていい。今はまだこのままでいい。

このクソみたいな生活が楽し過ぎる


部屋の電気を消し、イーグルスのデスペラードを流した。

ならず者とはまさに今の自分。今はこれでいい。

再び電気をつけ、高校の頃のバンド、Johnny Bの解散ライブのビデオを流しているうちに酔いが回り、気づけば眠りについていた。


そしてまたあの日の夢を見た。

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