『心中』と書いて、
久しぶりの投稿です。楽しんでいただけたら幸いです。
赤が広がっていく。
じわり、じわりと床一面に。
赤を広げていく先を、僕は見た。
二体の死体があった。
殴られた箇所がある。
刺された箇所がある。
だけど、どれもこれも致命傷には至らない。
分かっているのは、ただ一つ。
衝撃を受けすぎてしまったから。
血を流しすぎてしまったから。
「ああ、これだと二つ分かったことになるのかな……」
――いや、あと二つある。
二体の死体は、『私』と『俺』。
そして、立っているのは、この『僕』だけだった。
――殺し合いである。
理由はない。
何かしら取ってつけたような理由があった筈だけど、
忘れてしまった。
ともかく『僕』と『私』と『俺』は殺し合い、生き残ったのは『僕』だけだった。
とはいえ、『僕』も全く無傷とは言えず、立っていられるのがやっとの有様だった。
このままだと、『僕』もいずれ死ぬ。
――だけど、それでいいのだ。
「えっと……」
『僕』は赤に染まった鋏を手に取った。
得物を手に、僕は自分の首にかざした。
プツリと音が鳴ったが、大して気にならない。
――確かめたいことがある。
たったそれだけのために。
『僕』は、自分を殺した。
その直後だった。
カチッ。
あの耳障りな音が、耳に届いた。
「――飽きたな」
『俺』がポツリと呟いた。
「そうね」
『私』も同意した。
――何事もなかったのように二人は生きていた。
床一面に広がる赤もない。
そして、『僕』もまたポツリと呟いた。
「殺し合いって飽きるものなんだね……」
ため息交じりの言葉だった。
――合意の上での殺し合い。
ある意味、心中に近いのかもしれない。
この部屋で死ぬのは不可能だ。
それは三人ともよく理解していた。
死んでも、また同じ時点に戻ってしまう。
――少なくとも、一人きりで死んでしまうのは。
ならば、複数では?
一人きりじゃない死に方は、死んだままではいられないのか。
そんな発想から生まれた、殺し合いだった。
「ある意味、理由にはなるのか……」
「何か言った?」
「ううん、別に」
結局、死んだままではいられなかった。
三回試して、三回失敗した。
立っていられたのは『俺』、『私』、『僕』の順番だった。
そもそも一回失敗したなら、止めておけばいいのに。
それ以前に、何故そんな発想に行き着くのか。
「それで、どうする? この後」
「やることなくなったしね……」
「そうだね……」
狂うのも、死ぬのも、殺し合いも。
全部、無駄だった。
なら、他にやることがない。
やることが――
「あ……」
不意に思いつく。
「一つやってないことがあったんだった」
「何? やってないことって」
「話し合い」
『僕等』はまともな会話をしていない。
思いつきもしなかった。
「そんなの、何の意味があるんだよ」
「だけど、やることがない」
閉じた部屋で脱出を試みる。
それはもう、諦めた。
「暇で仕方がない」
狂うのはおろか、死ぬことさえ許されない状況で。
叶うのは、会話だけだった。
「だから、話さない? 何か」
「何かってなんだよ」
「なんでも」
「くだらない話でも?」
「なんでも」
「……天気の話でも?」
「なんでも」
「――この状況についても?」
『僕』と『俺』の視線が一斉に向く。
向けられた先は、『私』だった。
「いいよ、なんでも」
この場にいる全員、知りたいのはただ一つ。
それは分かっている。
分かっているけど、今だけは――
「その前にくだらない話をしない? ――落ち着くためにもさ」
普通の会話がしたかった。
やっと会話し出してほっとしています。