越してきたのは、
更新です。短めですが、楽しんで頂けたら幸いです。
『僕』が首を吊って死んでいた。
相当足掻いた跡がある。
太く分厚い縄で、力なく吊るされていた。
「……」
すぐ側には脚立が倒れていた。
誰が見ても、『僕』は自殺したように見えるだろう。
遺書はない。
侵入された形跡もなく、
外からの犯行は考えにくく、
発作的に命を絶ったという可能性の方があり得そうだった。
「……」
鍵は壊れた様子もなく。
窓もきちんと施錠された状態で。
「……無理か」
完全犯罪という表現が正しいのか、分からない。
ただ、マグカップを見れば、
睡眠薬を、『僕』は飲んでいた。
それ自体、不思議に思わない。
処方された薬を飲む。
いたって普通で、当たり前。
だけど、
「こんな風に飲む訳ないんだけどな」
ホットミルクを飲んでいた。
その中に、睡眠薬が入っていた。
普段、睡眠薬は水で飲んでいる。
こんな風に混ぜて、飲むような真似はしない。
だから、確信できた。
『僕』は、誰かに殺された。
何故そんな確信できるのか?
決まってる。
それは――
カチッ。
「タイムリミットか……」
ため息をついて、上を見上げた。
そこに首を吊った『僕』の姿はなく、
代わりに玄関の扉が開く音がした。
鍵を仕舞う音が、
靴を仕舞う音が、
こちらに近付いてくる音が、
そして――
家主が現れた。
「疲れた……」
旅行鞄を置いて、呟く家主の顔は、
『僕』の顔をしていた。
「早く母さんに連絡しないと」
言いながら、携帯電話ではなく、
封筒と、便箋を手に取って、何かを書き始めた。
「……」
『僕』はこちらを気にする素振りもなく。
ましてや気付く様子もない。
おかしいのは部屋の中も含まれる。
さっきまであったカレンダーも、
罅割れた掛け時計も、
家具も何もかも、
この部屋は空っぽに戻っていた。
『僕』は数か月後、
新生活にも慣れて、
家具も何もかも揃った状態で、
首を吊って死んだのだ。
だから、これは、死ぬ数か月前の『僕』の姿だった。
そして、その姿を見続けているのは、
数か月後に死んだ、未来の≪僕≫自身だった。
ある意味新章かもしれません。