照らし合わせて見てみれば、
割と長めです。楽しんで頂けたら幸いです。
「こんなものか?」
話し合いはそこまで続かなった。
情報よりも、三人共疑問の方が先に立ったからだ。
それでも書き出すだけ書き出した。
そのメモを二人にも見せた。
「よくまとまってると思う」
「でも、字が汚い」
「これでも綺麗に書いた方だ」
言い返しながら、改めて自分の字を見る。
それはお世辞にも綺麗とは言い難かった。
だとしても、人が見ても分かる字を書いた筈だ、多分。
「そういうお前はどうなんだよ」
「私? 私は――」
言いながら、まっさらなメモ用紙を破り取り、ボールペンを手に取った。
『私』はそこにサラサラと書き綴り、
「こんな字だけど?」
二人に見せた。
「綺麗な字だね」
「……だな」
『私』の字は、流麗だった。
繊細よりも、綺麗。
そんな表現が似合うような字だった。
「そっちの字はどうなの?」
「僕? 僕は――」
言いかけて、ハッと我に返る。
「それよりまずは話し合いだよ、話し合い」
「……そういえば、そうだったな」
「呑気に文字の優劣なんて考えてる場合じゃなかったわ」
「それで……何から話す?」
すでに、部屋のことは出尽くした。
あとは、
「死体、だな」
「そうよね」
「そうなるよね」
三人が見た、三体の死体についてだった。
三人が見た、死体は――
「違ったんだよな、死体」
「……」
三人の意見は、見た筈の死体の状況が微妙に食い違っていた。
「さっきも言った通りだけど、僕が見た死体は――」
まず『僕』が見た三体の死体。
「僕は死体の首を縛ってた。それ以外の死体も何度も見た。だから、間違いない」
断言する。
「溺死体は風呂場で沈んでいたけど、ガムテープとか紐とか縛られてなかったよ」
普通に入浴中に溺れて死んだ。
そんな状況だった。
「それと、もう一体はあそこで――」
固定電話が置かれた棚の横を指差した。
「身体を預けるような格好で死んでた」
「違う」
即座に『私』は否定した。
「確かに出血死体と溺死体はそうたけど、他が違う」
『私』が見た死体の状況は、『僕』とは違う光景だった。
「私が見たのは、首を吊った死体だった。だから――」
「それを言うなら、俺もだ」
そして、『俺』は『私』とも『僕』とも違う主張だった。
「出血死体は同じでも、他が違う」
首吊り死体を。
出血死体を。
そして、
「俺が見た溺死体は口や手足を縛られて死んでいた」
明らかな作為を感じる死に方だった。
「だから――」
「やっぱり食い違うよね、ここだけ」
そうだ。
首吊り死、溺死体、出血死体――――
同じ死に方をした三体の死体を見た筈なのに、その『死に様』だけは何故か違うのだ。
決定的に。
どれかが重なっていても、どれか一つが重ならない。
何故なのか。
三人共、分からなかった。
何より――
「最後見た死体は、自分の顔だった」
「……」
「……」
「そうだよね?」
「そうだな」
「あの顔は確かに、私の顔だった」
三人がこの部屋に集う直前、見た死体の顔は、
自分の顔そのものだった。
「あれ、結局、なんだったの……?」
「……分からない」
話し合いなのに。
何も分からないことだらけだった。
「保留ばかりだな」
一向に話し合いが進まない。
内心の苛立ちを隠せずに、『俺』が言えば、
「仕方がないよ、情報が少なすぎるんだから」
『僕』も苦い気持ちで、左右に首を振った。
「せめて、何かヒントがあれば……」
言いながら、『私』は視線を彷徨わせ、
「あ……」
『僕』が見つけた手紙や葉書を手に取った。
「これは?」
「それ?」
「手紙がどうしたんだよ」
「これを見れば」
『私』は二人に提案した。
「これなら、家主のこと少しは分かるんじゃない?」
「分かるのかよ、それで」
「こんなに手紙や葉書があるみたいだし」
『私』の言う通り、手紙や葉書だけでも結構な量だった。
家主はどうやら、かなりまめな性格だったらしい。
「これで、何かあれば――」
言いながら、封筒に入った手紙を取り出して――
「……?」
妙な既視感を覚えた。
「……どうしたんだよ?」
表情が固まった『私』を怪訝に思ったのか。
聞き返す『俺』に、『私』は言った。
「……メモ用紙」
「は?」
「私が書いたメモ用紙、貸して」
いきなり何を言い出したのか。
戸惑いながらも、言う通りにした。
「……」
それを奪うようにして取って、
照らし合わせるように、『私』はメモ用紙と手紙を交互に見た。
「さっきから、何して――」
「……私の字」
「は?」
「これ、私の字だ……」
「何言って――」
「これも見て」
「は?」
「私の字じゃないから」
半ば押し付けるような形で、葉書や手紙の一部を、『俺』に手渡した。
「ったく、何だよ急に」
悪態をつきながら、一枚一枚目を通した。
そして、『俺』は、
「…………嘘だろ?」
呆然とした。
「どうしたの? 二人共」
先程から二人の様子がおかしい。
「……お前の字」
「え」
「お前の字、書いて、手紙見てみろ」
異様な雰囲気だった。
逆らえるようなものでもなく、書かない理由もなく、
『僕』は、『僕』の字を書いた。
初めて見た字は下手でもなく、上手くもない。
ごくありふれた字だった。
「書いたよ」
「これ、見てみろ」
渡された葉書や手紙を見てみれば、
「……あれ?」
見たことがある字が綴られていた。
「見たか?」
「……見たけど」
「それで、どうだ?」
「……うん」
手紙の字は上手くもなく、下手でもない。
ごくありふれた、その文字は、
「僕の字だ」
『僕』の字で綴られていた。