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Project i[Code A.R.M.S]  作者: 最中もなか
禍害より満つる僥倖/式見塚奪還篇
7/9

3.Harrow World[前]


「待て待て!何が起こってるかオレにも分からないんだよ!詳しい話は八雲がする!いいか、落ち着け。まだ慌てるような事態じゃない落ち着くんだ」


「お前が一番落ち着け」


自然の力というのは凄い物だ。


背丈ほど伸びた雑草の根が道路の舗装を剥がし、打ち捨てられた山間部の集落は草木に覆われ朽ちていた。

鳥がさえずる鳴き声、虫のさざめき、野生動物の気配。割れたガラス窓の錆びた枠に青々とした蔦が絡まり、野ざらしとなった布団やタンス、茶碗など様々に転がる遺物がこの地で生きた人々を思い起こさせる生々しい情念を放っている。

かつては誰かの愛しき家だった露の付く壁をヤモリが這い、家主の寝床には鹿の親子が居を構え安心したように眠りにつく。じっとりと湿った空気とむせ返りそうな緑の匂い、胎動する命に人工物があるべき姿へ還る恐ろしさまで肌に感じるのだ。


「グルルルルァ…」


剣呑な唸り声にあれほど騒がしかった気配がシンと静まり返る。まるで嵐が通り過ぎるのを待っているかのように動きを止めた森林を勢いよく横切る複数の影があった。


『前方二体接近。二十二時の方向に一体、十四時の方向から一体です』

イヤホンから極めて抑揚のない音声が三人の耳に流れる。

こちらへ突進して来る狼に似た怪物、オルトロスの前脚をすれ違いざまに柚木ユノキ カナデはチェーンソードで両断した。

真紅の瞳が妖しく光を反射し、身体に密着したパワードスーツの背骨機構が金属音を立てる。地面につんのめり、鼻筋を枯葉の山に埋めながらもがくオルトロスの頭部に剣を突き立て真っ二つに引き裂いた後、奏は背中に隠れる少年の額をコツンと指で弾いた。

両目に涙を溜め、広いおでこを押さえる内海ウツミ 昂幸タカユキ少年は電磁砲レールガンを抱え直すと改めて堰を切ったように号泣するのだった。


「泣くなよ内海、後の予定は?」

「うえぇ〜!ほ、報告会に演習、その後ボイトレが入ってるよ。うわぁぁぁびゃああああああぁぁあぁぁぁ」

「やっぱやんのか…あのおっさん本気かよ」

『本気だよー』おっさんこと不二木社長の笑顔が奏の脳裏に浮かんで振り払おうと頭を振る。樹上から降り立ち、身の丈程の盾を背負った御幣島ミテジマ 大我タイガは得意気に鼻を鳴らし重槍を構えた。

「当たり前だ。我々に課せられた任務の一つだぞ。今から喉を開いていけ」

「はぁ…どうしてそんな信じられるかね…?五分で帰るぞ!」


ーー十年前、超巨大彗星が地球に接近した。

彗星から零れ落ちる流星群は地上へ衝突し、人類にある変化をもたらした。

空を飛び、炎を吐き、念力を放つ事が出来る人種が存在する。

人々は彼らをこう言う。

異能者[Codeコード A.R.M.S]と。


………

……………

特殊技能調査執務機関アニムスはトウキョウ珠兆木の一等地にある地上二十五階、地下五階と巨大アミューズメントパークが丸々ビルに入るほど大規模な"会社"だ。…いや、"小さな街"と表現した方が正しいかもしれない。

生活に必要な物や事も全て会社内で済んでしまうのだから、現に奏はここへ来てから一歩もビルの外に出ていないのだ。出られないのもあるが、さして興味も無くなっていた。

無論、残してきたロイやリタが今はどうしているか心配ではあるが今回の件で自らが探し求めて来た真実があると知れたのだ。

正体不明の怪物を殺せーー。十年前家族を失くし、生きる意味さえ無くして一人暗然と生きてきた少年が見出した希望は生暖かい血液に鉄錆が浮いた、いくら中身を掻き回しても底が見えない深淵を覗いているような寒々しさを纏っている。

(これまでと同じだ。戦えるさ)

奏はいつ塵になってもいいと覚悟しているし、お洒落や食事に対して無頓着であったから同期に廃人と言われたり本気で心配する目で見られたりと、そんな訳で日柄任務を遂行していた。

アイドル?知りませんね、そんなもの。


図書館のように天井まで本が並ぶフロアの一角、緩やかなカーブを描く前衛的な形状をしたテーブルの上に運び込んだ資料を積み重ねる二人の姿があった。

内海が棚を次々と指差しそれを奏が念力で引っ張り出して一つにまとめ、カートの中がいっぱいになったら運び出す。棚に長く立て掛けられたはしごを登り降りしなくていいのだから、何と効率のよい作業だろう。

所要時間が半分に減り鼻歌交じりにカートを押す内海と違い、奏はどこか上の空で左の掌をしきりに気にしていた。


「………」

「よいしょっ…? 元気ないね、大丈夫?」


今朝からやけに静かな奏を心配したのか内海が本の山から顔を覗かせ、眉をハの字に下げる。

すると左の掌、親指の付け根を見せた奏は違和感の正体を内海に指差し神妙な面持ちで言った。


「ん?あー、木の破片巻き込んで変な感じになってる。分かる?ほらここ」

庇った時に突き刺さった破片がそのままで傷が塞がってしまったのか。

妙にぷっくり膨らんでいる親指の付け根を触ると軟骨のような何かが入っている感覚がして、気持ちの悪さに内海はふるふる震える。


「うひぁ…絶対医務室行ったほうがいいよ!」

「やだぁ!グリグリされるの決まってっからもう無理行かない行きたくない!」

「ぼくもついてくから!こういうのは後のほうが怖いから!今行こう⁉︎ね⁉︎」


テーブルの背にしがみつき、これでもかと嫌がる奏の腰を掴み引き剥がさんとする。

内海に引っ張られるのは二回目だが毎度の如く発揮される腕力の強さに目玉が…今回は臓物、もとい中身が飛び出そうになり必死に悶える奏の背から車輪の回転と複数の足音が響いた。


「騒がしいですよ、手伝って貰っといて何ですが静かに出来ないなら出ていって下さい」


本をうず高く積んだカートの間から顔を覗かせる眼鏡をかけた少年は眉をひそめ、口をへの字に曲げて二人を諌めるよう言うが聞き届けられた手ごたえは全くない。

図書館と資料室で騒ぐのはマナー違反です。ムッとした表情で眼鏡を押し上げた隣を歩く人物とは対照的に、愉快げに口元を緩め笑う少年が居た。


「あはは、うるさいってソウちゃん。まぁ、かがみんの用件もつまんないから仕方ないよね…え?割と予想外なんだけど何これどうした?」

少年は垂れた目を何度も瞬かせ歩みを止める。

「右京くん、みっつん!ちょうどいいところに!どっせぇい!参ったか!」

「参りました!」


内海は強烈なタックルをかまし、床に叩きつけ奏の腕を取る。

抵抗無くぐったり伏せる様はさながら、引ったくり犯の捕縛を見ているようであった。

ーー眼鏡の少年が差し出された左の掌を指の腹で軽く撫ぜる。

内側から異物に押し出され張った皮膚は真白に近い色をしていて、あまり状態がいい風とは思えないと素人目でも分かる物だ。

眉間に皺寄せ奏の掌を見つめる眼鏡の少年は溜息を吐き、おもむろに袖口を手繰って手首に嵌められている機械のロックを解除し指先を親指の付け根へ押し込む。すると水面に小雨が波紋を広げるように皮膚が波打ち、眼鏡の少年の指先が奏の掌の中へ入っていった。

痺れにも似た奇妙な感覚が走るも不思議と痛みは感じない、まるで少年に触れられた所だけが液体になっていると当人は錯覚さえ覚えてしまう。

滞留する生暖かい水の中から異物を慎重に引きずり出し、眼鏡の少年は三センチ台の木片をテーブルに置いた。


「うお、サンキュー。流石お医者さんだよ助かった」

「正確に言えば僕は医師志望、の者であり医師ではありません。それに正規の医療を受けたくないなら怪我をしないよう注意を払うべきです!…柚木さん!」

「はいはい、聞いてる聞いてる。わぁってるよご忠告どうも」


椅子の背を前にし、組んだ腕をクッション代わりに顎を乗せた奏に詰め寄る眼鏡を掛けた少年の名は嘉神カガミ 右京ウキョウ。物体透過と透視の異能を有している。

コードはlimpidリンピィド。医師を目指していたらしく聡明だが頭が固い。


怪我をするな、は中々無茶な話ではあるが奏には丁度いいくらいのお灸かもしれない…説教を食らいながら緩慢な欠伸をする素行不良人の横で七色に光る糸が空中に編まれたかと思うと次第にそれが細密に輪郭を形作り、二本のアームを伸ばした絡繰になった。

細い鎖と大ぶりな歯車が回り、カタカタ機械音を立てながらアームの先の二本指がカートに詰め込まれた資料を規則正しく並べていく。

忙しなく働く内海の真向かいで垂れ目の少年は退屈そうに頰をつきページを眺めていた。


ユキちゃん幸ちゃん」

「どしたの?」

「今日も美しい仕上がりじゃない?僕」

「…うん、いいと思うよ!」


親指を立て笑う内海になんともいい笑顔になった少年の名は多武峰トウノミネ ミツル。なんでも"想像"が形になる異能との事だが…コードはartifexアルティフェクス

美的センスが高く、芸術に精通した自他共に認めるアーティスト。右目の下と左の口元にほくろがあり、言動は軽くナルシシズムも入っている。

満足気に山なりのハットを被り直す充は、難しい表情で資料を開く嘉神にそもそも何をしているか問うた。


「そうだ、かがみん。言われた通り持って来たけど何調べてんの?」

「正体不明の怪物についてです。あれらが何で組成されているか分かれば僕達が発現させた特殊技能の正体に少しでも近づけると思いまして」

「右京くん、まさか全部読む気なの⁉︎」


濃緑色の重厚な冊子を手に興味深々と口角を上げる嘉神に対し、二人は驚きに目を見開く。

それもそのはず、おそらくこの場に積まれた本の山は古書店一つが埋まる程の量であるからだ。充が青ざめた顔で舌を出す中、嘉神は既に何冊か読み終わり手帳や自身のI.D端末に記録を残していた。

速読だけ見れば無理ではないだろうが何日かかるのやら。テーブルと並行に顔を出した内海の頭を茶色い背表紙の本でポンポン軽くはたいた奏は、椅子を回しスラリと伸びた足を組んで一枚絵になりそうな、凛とした空気を纏いページをめくる。


「いや俺も読むよ。嘉神が言う異能が何だろうが俺は興味ないけど"アイツら"の事を知りたいからな」


目を通した本を後ろ手に投げ捨て、目の前にある青い装丁の冊子を奏は念力で手元に寄せる。

投げられた茶色の本は雀のようにはためき、現在は嘉神が読んだ本の山を大人しく片付けている絡繰の元へ帰って行ったのを見て内海は花が開くようにぱぁっと笑った。

左手に手帳を、右手に資料とI.Dと、受験勉強を彷彿とさせる器用な体勢で書き取りを続ける嘉神は目線をそのままに言葉を繋ぐ。


「利害の一致ですね。柚木さんが怪物を調べ、僕が特殊技能を調べる。互いに情報を交換すればこれほど合理的な事は無いでしょう。ここは情報の宝庫だ、外の世界で開示されていない物がこんなに…!はっ、社長は一体どうやって集めたんでしょうか!君は何か知ってますか⁉︎」

普通であれば手に入らない情報を頭に入れていると再確認し感情が高ぶってきたのか、椅子がひっくり返るほど勢いよく立ち上がった嘉神が奏に指を、いやペンを指し赤みがかった頰でテーブルの周辺に視線をやる。

熱が篭った嘉神とは対照的に、冷めた目付きで本の中を見る奏は人差し指と中指の間に挟んだ真っ赤な栞を振り、やめとけと言ってるかのように一つ息を吐いた。


「さあね、長生きしたきゃ情報の出処なんて気にしない方がいい。…ほら、お前らも手伝えよ」

絡繰が一所に積んでいた本が不意に開いたかと思うと飛び上がり群れをなし、資料室を旋回する。

いくつか手頃な厚さの冊子をその場に落とすと、残りの群れは霞みがかって白んでいる奥の方へ去っていった。

開かれるのを今か今かと待つ真新しい蔵書を前に充がうんざりした面持ちで首を掻く。


「げぇ…それマジ…?文字ばっかなんて無理だよー。僕の生き方知ってる?フィーリングが…」

「ほらほらみっつん!読んでみたらきっと楽しいよっ!んん………うぅ…ちょっと、難しいかも…?」


内海が元気づけようと開いた本の内部はびっしり細かな文字が支配しており、活字離れした少年が読むには少々ハードルが高かったのかもしれない。

表紙をそっと閉じ俯く充の背を優しく撫でる内海が居た。

「…あきらめないで!」

「ポジぃよ〜、でも嫌いじゃない」


とは言え、この膨大な資料を読み解くのは無理がある。いくら優秀な嘉神が絡んだ紐を解いた所でそれは一端に過ぎず、物事の理解もまた一片を超えられないのだ。残念ながら見た目ほど中身が利口ではない自分を差し引いても当然二人より三人、三人より四人、四人より多勢であればと奏は思う。

下唇に指を当て真剣な表情で紙をめくる奏が足を組み直したその時、急ぎ足で階段を駆け上がる足音と肩で息をする大我の姿が皆の視界に入り注目が集まった。


「はぁっはぁっ、二期生は仲良いな…楽しそうな所悪いが…話がある……その、あぁ…そのな……」

いつもの鬱陶しいまでの覇気を感じさせない、弱々しく語尾が消え入る妙に歯切れの悪い声に不穏な空気を察したのか嘉神が静かに席を立った。

胸元を押さえ咳き込みながら歩いて来た大我はテーブルに両手をついて荒い息を整える。

「…ん、茶々入れに来たって訳じゃなさそうだな。用件は」

本を閉じ、胸ポケットから取り出したI.D端末には通知が入っていた。

『どこにいる』と、簡潔な文章だが時間帯にして嘉神が利害関係について話をしている時の物だった。大我はずっと探し回っていたのだろうか、走っていたのは事実のようだが…

幾度も深呼吸を続ける大我の表情は俯いた影に隠れて伺えない。次第に喉から抜ける笛にも似た空気の音も無くなり、絞り出された一声は無音の世界に響いていったのだった。


「……スカーレットアルファ。…二期生にも告ぐ」


「式見塚で敵性反応確認。至急アリーナへ集合しろ」

「は…?」


………

………………


地下五階、アリーナの到着を告げるベルが鳴り扉が開く。先を小走りに急ぐ一人を追い、後に続く四人はそれに対し必死についていった。

聴きたい事は山ほどあるのだ。

大我の横に並んで奏は眉をひそめる。


「どういう事だ、式見塚は解放出来たんじゃなかったのか?」

「社長も宣言をしていました。あれは嘘だったのですか?」

「待て待て!何が起こってるかオレにも分からないんだよ!詳しい話は八雲がする!いいか、落ち着け。まだ慌てるような事態じゃない落ち着くんだ」

「お前が一番落ち着け」


剣呑な静けさに白い円卓を囲む皆は、それぞれ次の出方を伺いあっているみたいに感じた。

何を言うべきか、そもそも何と答えればいいのかすら分からない。仄青い光の粒子が淡く明滅するのを大我は腕を組み、怯懦を含む揺れる瞳で黙って見ている。

口を結び、不安そうに眉を下げる内海が対面する彼の眼を上目に見遣って安心させるように微かに口角を上げるのだった。

微弱なノイズが鏡面のように景色を反射する円卓に、今朝も見た3Dホログラムが展開する。鮮やかな色彩を帯びた粒子が大小様々に点描を打ち、白銀の美しい髪を揺蕩わせる白い着物の青年ーー八雲の姿をその場に表示する。

見慣れた一礼の角度。伏せた瞼を開けた青年は低くもなく高くもない、辺りに浸透するような声が弓なりの口元から発せられる。


『中央通信局より放送中。お集まりいただき何より、八雲でございます。御幣島様が先に説明されました通り現在式見塚に敵性反応を再確認中。攻撃性を示す値はクラスI、名称はオルトロス。発生源の調査及び掃討を48時間以内に受注遂行せよ』

「よっ…48時間…⁈ たった2日で任務を遂行しろと言うのか⁉︎社長は…八雲、相賀達は何の任務に当たってるんだ‼︎今すぐ帰還を…」大我が思い切り円卓を叩いた。

普段となんら変わりないオペレートだ。

大我の切羽詰まった表情だけで察せられる。顔色一つ変えない八雲が彼には冷ややかで他人事に見えたのかもしれない。一歩引いた場所でそれを見る奏には彼らの心情は分からない故にどうとも言えないが、どんな状況であれ冷静さを保てる八雲に関心を示していた。

表面だけでも構わない。パニックを助長させるのを避けるのは懸命だ。

狼を彷彿とさせる鼻筋に虚空の胸像を睨みつける大我を八雲は視線に捉える事なく言い放つ。


『私の口からは申し上げられません。彼らは重要な任務に従事しております。緊急を要する事態で在る事を御理解下さいませ。他に御質問はございませんね。通信終了』


腰から螺旋状に解け消える立体映像を見送った大我は何も言わず、黙って出口の方へ歩いて行く。

「大我さん!」慌てて背中を追う内海と入れ違いにどこか気の抜けた目つきでアリーナを見渡す少年が入って来た。

右手を軽く振り、奏に緊張感の無い声音で聞く。

「よう柚木。なんか大変そうだな」

「斎宮?アリーナに来るなんて珍しいじゃねぇか。どんな風の吹き回しだ」


斎宮サイミヤ タマキ

ヘッドホンを肩にかけた学生服の少年がオレンジ色のスマホを無造作にポケットに突っ込み、重たい瞼を眠そうに瞬かせ欠伸をした。


「ん?招集かけられてなんか代理オペレーターになってた。しかしアレだな、今日は人いなさすぎじゃね?どうするよ」冗談めいた口調で環がわざとらしく大きな息を吐く。

「知らん」奏は言う。

「テキトーだな。…おかしいよなぁ、コレ。先輩いねぇし…ド新人にやらせて大丈夫なの?ポッケの無いジーンズみたいなもんだろ。使い物にならないって」

「例えが分かりにくいんだよ。あと割とある、そのタイプ」

「え?マジ…?なぁ柚木、ぶっちゃけお前以外に戦える奴…」

そこまで言いかけた所で環はハッと口をつぐむ。

ガラス片が突き刺さるような視線を感じ、二人が恐る恐る振り返った先には嘉神が立っていた。冷たい水晶をさらに氷の池に投げ込んだらあの冷ややかさになるだろうか。

そして喋らない。一言も何も言わない。今もなお喋らないのが一番恐ろしい。

円卓に備え付けられていたヘッドセットを取り出し、何事も無かったと言わんばかりに環はアナウンスするのだった。


「…あー、代理オペレーターの斎宮です。作戦は明日一○○六に開始する。これは訓練ではない、繰り返す、これは訓練ではないーー」

いつの間にソファを造った充が退屈凌ぎにごろりと横たわる。

漫画雑誌を手に涙を浮かべ、猫みたいに体をくねらせてうーんと伸びた。

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