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Rubber Souls  作者: 佐藤アトム
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第四話「六月の章①」

6月、市の総合体育大会が開催となった。年間2回ある大きな大会のうちの1つであり、略して総体と呼ばれる。これはいわば3年生にとっての最後の大舞台であり、負ければその試合が引退試合となる。総体で負けた後は部活を引退し、その代わり受験勉強がスタートするというわけだ。ちなみにもう1つの大会が秋開催の新人戦。こちらは3年生引退後の2年生がメインとなる大会である。年代が繰り上がってレギュラー一新、新チームお披露目の大会というわけである。


卓球の団体戦はシングルス4名とダブルス1組、計6人チーム同士で行われる。シングルス1、シングルス2、ダブルス、シングルス3、シングルス4の順で試合を行い、先に3勝を挙げたチームが勝ちとなる。

つまり、シングルス1、シングルス2、ダブルスが勝ちを上げて仕舞えば、その時点で勝ちが決定する。そのため、シングルス4名は実力が高い順に並べられるのがセオリーであり、今回の鳥山中ラインナップもまさにセオリー通りのラインナップとなっていた。

「今回はダブルスだったけど、まぁ先輩たちいるからしょうがないな。総体が終わったらおれがシングルス1だ」

ひとまずレギュラーの座を手にした一ノ瀬が、ラバーをクリーニングしながら小声で二宮に話しかける。

「そうだね。でもその前に今日はよろしく。すげえ緊張してるから。」

二宮はそう言いながらも気力十分だ。

レギュラー入りが決まったのはひと月前。ダブルスとしてレギュラー入りを果たした一ノ瀬と二宮は、それからの毎日をダブルスの練習に捧げてきた。しかしなにしろシングルスとは勝手が違う。ましてや、一ノ瀬は基本は仕上がっているが、二宮はラケットを握ってまだほんの2ヶ月だ。実力順で選ばれているとはいえ、2人の間にはまだかなりの実力差がある。そうなれば必然、一ノ瀬が二宮のレベルまでプレーの力加減を落とす必要が出てくる場面もあった。

「おれに気にせず、一ノ瀬くんがガンガン取ってってよ」

笑いながら言ってみたものの、これもまた本音だった。


「相手の冨樫中はぶっちゃけ頑張れば勝てる!君らは知らないと思うけど、部長の千里ってやつ以外はそんな強いわけじゃない。ワンマンチームだ。で、たぶん千里は一番手で来るから、おれが取る。あとの2勝は梅沢と上原で取れ!」

松坂が檄を飛ばし、鳥山中対冨樫中のゲームが始まった。両校のオーダーは以下の通りだった。


S1 松坂③ 対 信長③

S2 梅沢③ 対 千里③

D 一ノ瀬①二宮① 対 志津②増田③

S3 上原② 対 小麦③

S4 下山② 対 楠田③


「うっわ!千里外してきてんじゃんかよ!汚ねえなー」

「完全に裏かかれたね。やばいなー、おれが千里か…」

冨樫中は、鳥山中のS1が松坂で来ると予想して敢えて大将格を二番手に起き、確実な一勝を取りに来た形だった。また、対松坂で捨てるはずのS1についても、速攻型の信長を当てて来ていている。ドライブ主戦型の松坂にとって、前陣速攻型の信長は嫌な相手だった。自分の攻撃を始める前からバチバチと叩かれてはペースを掴まれてしまう。実力で言えば信長より千里が上だが、松坂との相性では信長が勝るかもしれない。

「とりあえず勝てばいい!一年は負けても気にすんなよ、思いっきりやりゃいいから」

一ノ瀬と二宮の背中を叩くと、松坂は一番台へ向かって行った。

「がんばれ、一年レギュラー!」

梅沢もいつもの笑みを浮かべながら2人に声をかけ、二番台へ向かった。


一番台、試合前に感じた嫌な予感の通り松坂は苦戦していた。

ドライブ主戦型の基本的な戦術の1つに、下回転サーブを出し、相手が同じく下回転のレシーブ (ツッツキという)で返して来たところをドライブで攻め込むというパターンがある。他ならぬ松坂もこのパターンを得意としていた。しかし対する信長は、ほんの少しでも松坂のサーブの弾道が高ければ思い切りラケットを振り抜き、二球目からスマッシュを打ってくる。信長が松坂の下回転サーブに影響されず打球できるのは、「表ソフト」という球の回転に影響を受けにくいラバーを使用しているためだ。

松坂は最初のサーブ二球とも、このスマッシュに被弾した。

しかしやられてばかりでもない。信長のサービスは表ソフトの効果で回転の弱いサービスとなるため、松坂は相手と同じ要領で二球目からのスマッシュ攻撃を展開し2点取り返した。が、問題は次のサービスだった。

「回転系サーブは無意味だから緩急しかないな。でも緩く入りゃまた打たれるから…」

考えた末に松坂が繰り出したのは、弾道が低くストロークの長いスピードサーブだった。台の上ではたかれるなら、長めのサーブで一歩引かせて台から突き離してしまえばいい。

一本目のサーブは信長の懐深くへ入りこんだものの、台から突き放す狙いは果たさず、ある程度予想をしていたのか信長は台にベタ付きのままバックハンドで切り返した。しかし少し上ずって返ったレシーブを松坂は見逃さず、同じ懐のコースへスマッシュを打ち込んだ。

2本目のサーブもやはり同じコース。二度目ともなれば信長も余裕を持って対応し、長いストロークに合わせて一歩後退、松坂のバック側へ強打を返す。

信長としては一球目の失策を取り返す攻撃的なリターンの完成となったが、松坂にとってこそ、これが要求通りのチャンスボールとなった。

返球の先に待っていたのは、バック側へ回り込み深く腰を落としてバックスイングを取った松坂。自陣へ叩き込まれた打球は低くバウンドし、構えた懐へ飛び込んでくる。その瞬間、低く構えて屈折させた右足を大きく蹴り上げると共に、腰、肩、肘、腕、手首が順にしなって右手に握ったラケットが白球を捉えた。伝家の宝刀は強力な順回転を帯びた打球となり、宝刀の名に相応しい鋭い弧を描いて信長のフォアコートへ突き刺さる。強いドライブのかかったボールは、そのまま冨樫中ベンチの前へ転がり込んだ。


強烈なドライブで信長の戦意を奪った松坂はストレートでセットを奪い、一番台の決着は3-0で松坂の勝利となった。

「一度あのドライブを打たれると、そう簡単には返せないって分かるんだ。だからあのドライブ以降、信長は叩きにこなかっただろう?叩いたところで、ドライブでリターンされるところを予想したんだろうな。だから台上でチマチマとショートマンみたいに戦っちまった。松坂にとっては作戦通りだったな。あのままの本来のスタイルでガンガン打ち込まれてたらむしろ厄介な相手だった。」

顧問の佐々木は、まだ戦術論に疎い一年生たちに松坂の勝因を説いた。

「ひとつの試合には必ずキーになるプレーがある。それを先にクリアできるかどうかは意外と重要なんだ。」

一息間を置いて、

「逆に梅沢のキーポイントは試合が始まる前だったな。千里に完全に飲まれてる。」

二番台の梅沢は、大将格の千里に攻めあぐねていた。梅沢にも、仮にも自分は鳥山中の二番手だという自負はあった。しかし、この度初めてぶつかる千里の威圧感は信長以下のそれとは違うものだった。雲の上の存在といかないまでも、しかし千里はここで負けるはずのない男なのだとその佇まいが告げている。それを梅沢は正面から感じ取ってしまった。

善戦はしていた。しかし、要所要所で後手に回っている。一点取れば二点取り返され、一球決めれば次はミスを誘われる。その一つ一つの積み重ねが、梅沢と千里を少しずつ引き離していく。

松坂が勝利を決めた後の一番台では、一年レギュラーたちが冨樫中とラケット交換を始めた。2人ともいわゆる緊張の面持ちだ。あいつら、相手のラケット見たってまだよく分からないくせに。いや、一ノ瀬くんは少しは分かるか。二宮くんはポカン顔だな。

ここで勝っておかないと、ダブルスと二年生2人で三勝はきつい。おれが勝たないと。

2セットを立て続けに奪われた末の3セット目の後半は、梅沢の意地が流れを呼んだか、デュースまで縺れ込んだ。

「ウメ!!先一本!!」

「千里、先取れ!!」

両ベンチから怒号に似た檄が飛ぶ。

「先輩一本!!」

「先輩ラストー!!」

観客席からもベンチ入りしなかった部員が声援を送る。

10-10の1本目、サーブ権は梅沢だ。デュース時のサーブ権は一本交代になる。梅沢はこの試合で有効だった短めの下回転をフォア側へ繰り出した。

千里の赤いラケット面がツッツキでクロスへ返球する。すかさず梅沢は右足を台の下へ踏み込み、球の落下地点へゆるりとラケットを下ろす。直後、球のバウンドとほぼ同時、水面を跳ねた小魚を目敏く掬い取る海鳥のように、下回転を纏った白球をラバーが擦り上げる。ショートドライブはストレートに放たれた。千里は梅沢の急襲も想定通りの顔でドライブをブロック。ドライブの順回転でふわりと浮いた打球はちょうどセンターラインの上へぽとりと落ちようとしている。

バックか。フォアか。コンマ数秒で次の打球のコースを思考する。千里はどうしている?テーブルの中央に立ち、ラケットの黒面をこちらへ向けて防御の構えだ。もちろん、フォアへ打ち込まれることも想定しているだろう。しかし、フォアからバックに構え直すよりもバックからフォアへ構え直す方が速くて安全という意味でのバック待機だろう。ならば。

白球が台上で弾んだ直後、梅沢のラケットが素早く球の上がりばなを捉えた。勢いを殺されたピンポン球はセンターライン上のネット際、千里側のコートへこぼれ落ちた。

ロングボールが来ると構えていた千里は右脚を大きく踏み出し台上へ手を伸ばしたが、梅沢の「ストップ」で運動エネルギーを失った球は、千里のコートで二度目のバウンドを喫した。

「ナイスボール!!!」

「先輩ナイスーッッ!」

微笑みを絶やさない普段の梅沢からは想像できないほどの殺気で、歓声は届いているのか分からない。

「ヨォーッ!ヨウッ!!」

梅沢が雄叫びを上げると、隣の一番台でも一年生2人が雄叫びを上げた。


一番台2試合目、一ノ瀬・二宮組と志津・増田組の試合は文字通りのいい勝負だった。1セット目は周囲の予想通り冨樫中の勝利。2セット目は相手の戦型に慣れた一ノ瀬の攻撃が火を噴き、鳥山中が押し切った。

顧問の佐々木が目を細める。

「松坂、一ノ瀬は上手えな」

「はい、一年の中じゃダントツだし、下山なんかはもう勝てないかもしれませんね」

「ちょっ、マツ先輩、まだおれ一年には負けませんよ!」

「でも見ろ、ありゃあ下山にはできめえ」

一番台では、ロングボールになったスマッシュを台から大きく二歩も引いた一ノ瀬がひらりと掬い上げていた。

「あの身軽さは下山にはないかもな」

「タイプが違いますから、おれは」

「下山、うかうかしてっと抜かされんな?そのうち」

二宮が繋ぎ、一ノ瀬が攻める。急造といっていいペアだったが、存外上手く機能していた。まだ自ら攻め込むほどに腕の自信がない二宮が一歩引いているお陰で、一ノ瀬の勝ち気とぶつかり合わずしっくり嵌っているようだ。


「ゲーム!冨樫中、千里選手!」

7-5のリードでタイムを取った鳥山中ペアがタオルで顔を拭った時、隣二番台の試合が終わった。

「梅沢先輩、取られたんだ…」

「おれらが勝てば問題ないよ。つか、絶対負けねーから。」

すでに肩で息の二宮に対し、一ノ瀬にはまだ余裕がある。

「大丈夫大丈夫!おれはすでに敵の弱点を見破った」

二宮を元気付けるため、一ノ瀬が小声でおどける。本当なのかハッタリなのかは分からない。

「任せたよ、一ノ瀬くん」

「いやいや、二宮のサーブからだって」

タオルをテーブルの下にかけ、相方の左手にグッとボールを押し込むと、「サァッッッ!!」と気合を入れた。


3セット目のタイムアウト後、一ノ瀬・二宮ペアはテンポ良く4点を連取しセットカウントを2-1とした。第1セットこそ取られたものの、立て続けに2セットを取り返すいわゆる「いい流れ」だ。

そして迎えた第4セット、冨樫中ペアはモチベーションを大きく下げていた。

「あんだよあの一年、全然強えじゃん」

「全部サーブ拾うし、甘い球がもう片方に行く前に決めてくるしな」

もう片方とは、二宮を指している。

「マジうぜぇ。クソ。そもそもダブルスとか苦手だしよぉ。」

志津と増田は性格の相性も卓球の腕前も悪くないものの、ダブルスというルールは苦手なようだった。互いが互いに譲る気がない。

無論、攻めの気迫無くしては勝利はもたらされないという体育会系特有の原理原則に則れば譲り合い精神など不要だが、それは味方同士で早まりあって打ち急ぎ、あげく自滅か圧勝かの博打をすることとは意味合いが全く違う。

しかし、素振りを始めてまだ数ヶ月であろう一年生ペア、に押されているという状況が2人の二年生を焦らせた。苛立たせた。その目を曇らせた。

少し球が浮き、怒りのままにラケットを振り抜けばネットに阻まれる。

左右に振られ捨て鉢に飛びつき手を伸ばしても、弾いた球はテーブルの無い方向へ飛んでゆく。

下回転のサーブを打ったつもりがスピンがかからずナックルになり叩かれる。

勝敗が見えていた試合開始前から一転して、勝ちのシナリオの歯車は完全に狂ってしまっていた。


4セット目は、いよいよ10-6の鳥山中の優勢でセットカウントを迎えた。

「あと一本だ…!!あと一本まで来た!」

「取れるぞ二宮…!取れるぞ!!」

試合の流れはもはや一ノ瀬と二宮に味方している。何を打っても返される気はせず、構える2人の目は強気な戦意に満ちていた。

「まずい…やばい…」

「まだ返せる、返すしかねえよ」

「はぁぁ…」

一方志津と増田のため息は深く、気は上がらない。

「いくぞ…」

絞り出したように志津が呟きサインを交わす。増田が微かに頷く。志津の掌からぴたり15cm浮かび上がり、そのまま真っ直ぐラバーの上へ落ちたボールは下回転の摩擦を纏ってこちら側のフォアコートで弾みをつける。そのままネットの数ミリ上を超えてゆくと、相手側のフォアコートにすとんと落ちた。下回転の影響で、そこからネットへ戻るように弾んだボールを二宮のラケットが追いかけ、角度をつけてボールの下を擦るように返球する。下回転のまま冨樫中バックコートへ戻って来たボールを迎えたのは、ドライブの構えで待ち受けていた増田だった。

二宮のツッツキはまだ甘い。返球は高く、そしてロングボールで戻ってくる。予想通りだ。

ボールは一度台上で弾み、頂点を通過し、重力に従い落ちてくる。落ちて来た所を渾身の力で振り抜いた。

「コッ」と微かに打球音はしたものの、打球にはしっかりと順回転がかかり鳥山中フォアコートへドライブが返球された。


しかし、一閃。


それとしか形容し難い一打だった。どのコースへ、どんな球が、どんな速さで打たれることが分かっており、どうしたらその球を相手に触れさせることなくリターンできるのか。全て分かっていたかのように噛み合っていた。それほどまでに完璧な一ノ瀬のスマッシュが、志津と増田のちょうど隙間を抜けていった。

「ヨォォォォォゥ!!!」

「ヨォォォォ!!」

一ノ瀬と二宮は顔を見合わせ、ラケットを握ったままの拳をぶつけ合い、初勝利の歓喜を分かち合った。

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