第十六話「八月の章③」
一番台は鳥山中・上原と高橋中・吉良の主将同士の対戦だ。共にペンホルダーに表ソフトを貼った前陣速攻型。試合は激しい打ち合いになるだろうと、互いの予想は合致していた。ラケット交換を行い、じゃんけんで先攻を決める。勝ったのは上原だ。
「よろしく!練習だけど本気でいくから。」
「こちらこそ。お互い主将だし、恥ずかしくないゲームにしよう。」
短く言葉を交わすと対極のテーブルに着く。
「サァッ!」
上原が掛け声と共に初手を放つ。繰り出したサーブは開幕早々、強気に溢れるロングストロークのスピードサーブ。ボールの行く先はフォア側である。打ち合い上等の果たし状だ。
果たして吉良も真正面からぶつかり合うつもりだったらしく、軽く腰を落とすと緩めのスマッシュで二球目攻撃を仕掛けて来た。明らかに上原の三球目攻撃を誘っている。
飛んで火に入る夏の虫、と思うのと同時に、火中の栗を拾う覚悟も以って上原が三球目攻撃で応える。それを合図にショートレンジでのラリーが始まった。前陣速攻同士がその名の通り台上で打ち合う様はあまりに激しい。審判についていた五島は、ボールの行き交う速度に驚くと共に、思わず苦笑いを漏らした。速すぎる、と。
三球目は上原が誘い水のようなスマッシュを叩いて返す。フォア側へ素直に帰って来たスマッシュに、吉良は難なく対応してみせクロスにスマッシュ。上原も負けじと台に張り付き、五球目も返す。対する吉良も引き下がらない。あくまで前陣で上原を捩じ伏せようとボールの上がり端を叩いた。
この、最初の試合のワンプレーは10往復まで続き、フォアクロス同士で譲らなかった試合展開を上原がバック側へコースを変えたことでスマッシュエースを取り得点となった。
「上原くん、曲げましたねぇ」
本郷が呟くと、隣で見ていた佐々木が返す。
「曲げずに続けた方が良かったのか、曲げても得点すべきだったか。正解は分かりません。」
「分かります。顧問としては曲げろと言いたいが、自分だったら曲げられなかったかもしれない。」
「私もですよ。長期戦になりそうですね、これは。」
初手を取ると、上原はなりふり構わず二本目のサーブもロングストロークのスピードサーブを放った。
また同じかよ、と思いつつ吉良もスマッシュで応える。一本目の焼き直しか、と思いきや、今回の上原の三球目はバックへの切り返しだった。吉良にとっては予想の範疇で、回り込みさえ間に合わなかったもののバックハンドで弾き返す。多くの前陣ペン選手が苦手とするように吉良もバックは不得手で、幾分か緩く上原のバックサイドへボールが返った。
そのチャンスボールを上原は見逃さず、バックへ回り込んでストレートにスマッシュを叩き込む。しかし吉良もその攻撃は承知の上だった。右脚を強く蹴り出すとバック側からフォア側へと飛びつき、右手を伸ばしてボールに追いつく。空中で吉良のラケットがボールを捉えると、強く振り抜いてボールを台上に戻してみせた。そして、着地と同時に台へと距離を詰めてくる。
ボールを返された上原は、吉良が再び台に張り付く前に次の一手を打ちたかった。ボールが台上に跳ねると、間を置かず壁を作るようにして勢いを殺す。最近、四谷が必殺技としつつある「ストップ」である。
運動エネルギーを殺されたボールは、狙い通りにネット側へ落ちる。一旦後陣まで下がった吉良が慌てて前陣へ戻っても、自身に勢いがつきすぎて対応できないだろうという上原の狙いだった。だが、吉良は右脚を踏ん張って台の間際でダッシュを止めた。ツーバウンド目を喫するすんでのボールは吉良のラケットに掬い取られ、上原のバックサイドへ放り込まれる。
フォアサイドに構えていた上原はバック側へと飛びつき、なんとかボールは台上へと返ったものの、今度は吉良にチャンスボールが渡る形になった。ボールの行く手にはつんのめった体勢を戻してニュートラルに構え直した吉良が、緩めに入りくるリターンをどちらへ振ろうか虎視眈々と待ち受けている。
上原がバック側後陣から慌てて前陣へと戻るやいなや、打球のコースを定めた吉良がペンホルダーを振り抜いた。
コースは上原のバック側。飛びつきから戻った直後に畳み掛ける形で同じコースだ。春の総体までの上原であれば、対応できないコースだった。
カッッッ!!
手首を返した上原の右腕が、ラケットでボールを擦り上げるような動作で打球に反応し、吉良はそ身動きが取れない。6月以降、上原が重点的に補強を行ったバック対策の一つ、バックバンドスマッシュが吉良のフォアサイドを貫いたのだった。
「バックであの強打かよ…」
転がったボールを拾いながら吉良が嘆く。様子を見ていた本郷も感嘆の声を上げた。
「今のは凄いですね。上原くん、バックは苦手でしたよね。」
「えぇ、あればっかりやってましたからね。あいつ。」
「本番じゃなくて良かったなぁ。良いものが見れました。」
「見せすぎですよ、アレじゃ。」
佐々木は苦笑いしつつも、上原の秘策が通用したことに内心ほっとしていた。部内の練習だけでは実際に武器となり得るかは確証が得がたい。手の内を見せてはしまったが、高橋中の主将相手にも使える技だと分かっただけでも収穫はあった。
これでスコアは2-0、上原のリード。サーブ権が吉良に渡り2人とも腰を落とす。
「よっしゃ、巻き返す!」
吉良が気合と共にサーブを繰り出したのは、勢いを殺したショートサーブだった。二球目攻撃を仕掛けるには弾道も低く、短い。上原はやむを得ず下から掬い上げ、吉良のバック側へ放り込んだその瞬間に後悔した。跳弾の最高地点で横殴りに払ってやれば返せたかもしれない。上から叩けなくても、その程度の攻め方は必要な相手だった。
上原の嫌な予感の通り、バックへ回り込んだ吉良のスマッシュが上原を襲う。負けじと上原もミドルに入ったスマッシュを弾き返した。乱打戦の再開である。バックの弱点を克服している上原に対して、吉良は容易にバック側へ振ろうとはしない。上原も吉良がバックを弱点としているのは分かっていたが、そこを狙い撃つタイミングを計っている。
結局この三本目は、上原がネットに引っ掛けて吉良のポイントになった。
「やっぱり長いこと打ち合っても柄じゃないか…」
上原は呟くと、吉良の二本目のサーブを横からはたき落として二球目攻撃を繰り出した。




