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Rubber Souls  作者: 佐藤アトム
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第十話「七月の章③」

夏の暑さが増してくる。北関東に位置する飛翔市は例年6月ごろから気温が上がり始め、7月から8月にかけてのこの時期が1年を通して最も暑い。

夏休みに入った鳥山中では、朝から校庭やら体育館やらそこかしこで運動部の気合のこもった声が響いていた。

卓球部もその例外ではなかったが、しかしむしろその声は気合いというより苛立ちに満ちていた。

暑いのだ。もちろん、他の部活も夏の暑い中で練習に精を出している。しかしそれを差し置いても、夏場の卓球部の練習とはただひたすらのひたすらに暑いのである。ピンポン球という2.67g〜2.77gの軽い球を打ち合うスポーツである以上、卓球にとっては風は天敵となる。つまり、エアコンも扇風機も付けられず、さわやかな一陣をもたらす自然風でさえも遮って行われるのが卓球というスポーツなのだ。気温36℃からの体感室温40℃近い密室の中で、換気の窓さえも開けずに熱気に包まれながら反射速度の限界を追いかける夏場の卓球はさながら地獄に近い。

「暑い!!暑ぃーよ馬鹿野郎!!」

「うるせえ!先輩にバカとはなんだよ!ほらあと30球!」

吠えながら多球練習をするのは、打ち役一ノ瀬。球出し役を務めるのは下山だ。

「先輩じゃなくて!」カッ!

「暑さに言ってんすよ!」カッ!

肩で息をしながらも、一打一打に怨念を込めるように力強くラケットを振り抜いて行く。

「ほいラスト!」

下山がロビング気味の高い球を出し、一ノ瀬が親の仇のようにスマッシュを叩きつけた瞬間、佐々木が卓球室へ入ってきた。

「お疲れ様です!」

部員が練習の手を止めて入口の佐々木へ一礼する。運動部らしい慣わしの1つだ。

「お疲れさん、みんな。さあ昼まであと30分だぞ、スパートかけろ!」


夏休みという期間は、運動部にとっては部員達のポテンシャルを高める絶好の機会だ。基本的には泣いても笑っても毎日の午前中は練習が行われるし、暑さに覆われた環境での適切な練習は強固な精神と肉体を養ってくれる。

一教師として、文武両道とか勉強こそ学生の本分といった建前を佐々木は掲げてはいたが、本心ではそんな美味しいチャンスをどう有効活用して、チームをどれだけ鍛えられるかを最優先に考えていた。そのため夏休みに入ってからは発破を強くかけるようにしていたものの、実際蓋を開けてみると気づいたことがあった。

一年生達の伸びが早いのだ。もちろんそうなるように仕向けているので当たり前だが、それにしても自分の予想を上回るペースで成長している気がする。特に、二宮、三郷、四谷の3人は顕著にそれが見えた。

二宮・三郷はほんの1ヶ月前までは攻撃に安定感が無かった。例えば、返球が思った所へ返ってきた場合のスマッシュ、あるいはドライブの命中率は高かったが、予想外のコースへの対応は苦手としていた。しかし、この1ヶ月で2人ともその対応力を高めている。フォアで待っていたもののバックへ球が返ってきた時。フットワークを運び適切なポジショニングで体勢を整え、正しいフォームで打ち込む。この動作ができるようになっている。

二宮は台上でのショートレンジからの攻撃を苦手としていたが、いつの間に練習したのかショートドライブや台上スマッシュ、いわゆる「払い」を使って攻め方のバリエーションを増やしている。

三郷にしてもバック側から攻めることができなかったのが、知らないうちにバックハンドスマッシュが様になってきている。また、攻め手のみならずフォア・バックのツッツキの安定感も目に見えて増していた。

四谷のフットワークも目を見張るほど良くなっている。一ノ瀬のフットワークを軽やか、二宮・三郷のフットワークを俊敏な、と形容するならば、四谷のフットワークは無駄が無いという表現が似合っている。それは勘が良く球筋を読んでいる為というよりは、歩幅の使い方が上手くなっている為に見えた。立ち位置から一歩だけ踏み出すことで、ポジショニングを大きく変えることなく守備範囲を広げている。その事が四谷を抜けるコースを狭め、防御主体のスタイルに堅牢さを上乗せしていた。足の動きに難があった弱点が解消されてきている。

「上原、下山、一ノ瀬、二宮、三郷、四谷の6枚か」

佐々木は口の中で呟いた。


夏休み中も二宮と三郷の特訓は続いていた。9時から12時までの部活が終わった後、一度帰宅して昼食を摂り、午後1時から運動公園の卓球場に集合。そこから3時ごろまでひたすら練習するのがお決まりになっていた。

この日も午前中着ていた体操服のまま、2人は卓球場で合流した。

「ニノさ、最近払い入るようになってきたね。」

「そう思う?やっぱり毎日こればっかりやってるから、さすがに感覚掴めてきたよ。あと実はこないだマツ先輩に偶然会ってさ、コツを教わったんだ。」

「え?なんだよそれ、ズルいなぁ」

「偶然だったんだって。でもマツ先輩、教えかた上手いわ。引退する前にもっと教えて貰えばよかった。」

2人が話しながらラリーでウォーミングアップしていると、そこへ同い年くらいの2人組が卓球場へ入ってきた。その2人もやはり体操服で、左胸に「高橋中」とプリントが入っている。ラリーを続けながら様子を見ていると、履き替えている靴はおそらく卓球シューズ。カバンの中からは四角いラケットケースを取り出し、ラバーのクリーニングを始めている。二宮と三郷は目を見合わせて「高橋中の卓球部だ」と意思疎通した。

「こんな所に卓球場あったんだなぁ」

台につきながら精悍な顔立ちの片方が口を開くと、

「ね、ちょっと遠いから来るの大変だけどいい場所だね」

と、もう1人の幼げな顔つきの方も同調した。

「じゃ、行くよ」

幼げな方からの球出しでラリーが始まる。普通に上手い、といった感じだが、フォアクロスのラリーだけで実力を見極めるほどは、二宮と三郷の目は養われていなかった。


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