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Rubber Souls  作者: 佐藤アトム
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第九話「七月の章②」

四番台。ここでは遂に一ノ瀬が下克上を明らかなものとしていた。試合展開は1セット目を一ノ瀬が取った後の2セット目終盤。得点は8-2で一ノ瀬のリード。しかも下山の2点は、一ノ瀬の打ちミスによるものだった。二年生と対峙する面持ちに緊張はない。すでに「下山先輩は勝って当然の相手」の顔だ。

一ノ瀬の下回転サーブ。下山は定石通りバックへツッツキで返す。一ノ瀬は回り込んでスピードドライブ。下山、ブロックに失敗。

再び一ノ瀬の下回転サーブ。今度は下山はフォア側へツッツキでレシーブ。一ノ瀬はほぼ動くことなくクロスへドライブ。下山、やはりブロック失敗。

サーブ権が下山へ移り、下回転サーブ。一ノ瀬のレシーブはフォアサイドへの長いストローク。下山にとってはドライブの絶好球。しかし放ったドライブは台をオーバーして、2セット目も一ノ瀬が勝ち取った。

3セット目、もはや一ノ瀬が下山を打ち崩していく様は作業然としている程だった。淡々と打球を繰り返す毎に、目には見えない「格」を身につけていく。

ドライブが入るようになった。サーブが切れるようになった。読みづらい横回転を出せるようになった。それらは昨日できなかったことが今日突然できるようになるわけではない。100球中1球の成功が50球中1球の成功になり、10球中1球の成功になり、10球中9球の成功へとじわりじわりと研ぎ澄まされる。そうなることで、まぐれ当たりは確固たる「力」としてプレーヤーの中で次第に顕在化を遂げる。

一ノ瀬はその力の存在を強く信じていた。このチームの中で最も強い相手。すなわち上原剛。彼よりもドライブが入るように。打球へ飛びつく脚力が強くなるように。長い時間を全力で戦うスタミナがつくように。上原のサーブは全て思った所へ返せるように。自分が今の現状で戦える最強の相手と見据えた上原のパラメーターのグラフよりも、自分のパラメーターグラフを大きい形に作ることだけを考えて日々その相手を練習台に鍛錬を重ねてきた。敵わない10回の末にようやく破った1回を、次の10回では2回破り、また次の10回で今度は3度破る。黙々とその回数を重ねに重ねに重ね続ける。一ノ瀬にとってはただそれだけのことであり、今目の前にいる下山の存在はその通過点の下敷きになっていただけだった。総体が終わってもう2週間が経つ。今は7月。秋の新人戦は10月の頭だ。もう丸々3ヶ月も残されていない。大会の趣旨としては2年生がメインの大会だが、鳥山中のチーム事情を鑑みれば1年生の自分達の成長如何はそのままチームの戦績を求める根拠になり得る。まだ1年生だからと言っていられないのは、勝ちたいという自分の意思でもあり、チームの為でもあるのだ。

3セット目を2-11で取られ勝敗が決した瞬間、下山は思った。

「才能の差、かなぁ」と。


帰り道、二宮と三郷は一ノ瀬の成長ぶりに打ちひしがれていた。毎日同じ練習時間を過ごしているのに、一ノ瀬は遥か遠く先を行っている。いつにも増して、今日はその現実をまざまざと見せつけられた気がした。

「一ノ瀬くん、強かったなぁ」

「うん、レベルが違ってた。おれも下山先輩にはたまに勝てるようになってきたけど、一ノ瀬くんは余裕だったもんね」

「負けらんないよね、負けてるけど」

「言えてる。なぁ三郷、なんか…特訓とか、する?」

「特訓?」

「特訓。」

「…特訓、やるか!」

「やろう!」

半ば勢い任せで決めてしまうと、善は急げとばかりに通学路を少し逸れて近所の運動公園を訪れた。屋外には一面のサッカーフィールドと四面のテニスコートを備え、併設されている体育館ではバスケやバレーができるようになっているちょっとした施設だ。もちろん、体育館の片隅には卓球台も並べられている。

「お、夜は9時までやってるじゃん。これから部活終わった後は寄って帰ろうか」

受付らしき窓口を覗き込むと、中で壮年の男性がテレビを観ていた。三郷が小窓を開けて卓球台を使わせてほしい旨を伝えると、係の男性は利用者名簿を取り出して名前を書かせた。利用料金が気になったが、市営の運動公園のためか飛翔市内の中学生は無料で使わせてもらえるらしい。あまり遅くならないうちに帰るようにね、と係のおじさんは気を遣ってくれた。

誰もいないがらんとした空間に、卓球台が2つ並んでいる。床は板張り、照明も暗くない。思いもよらぬ穴場がそこにあった。

「さて、今日はなにから練習しようか。」


同じ頃、四谷は1人家路を急いでいた。エレベーターゲームで残念ながら一番下の台で終わってしまったため、同じく一番下だった七宮と2人で後片付けをしていると下校時刻が遅くなってしまった。

方向が違う七宮と別れ、1人になるとふと今日のエレベーターゲームの記憶が頭をよぎる。

先輩たちはさて置いて、一ノ瀬くんも二宮くんも、他のみんなもどんどん上手くなっている。なんとかしないと置いていかれる。どうすれば追いつける?どうすれば追い越せる?

そんな自問自答を繰り返しながら俯き加減で通学路を歩いていると、不意に後ろから気配を感じた。振り向くと、気配の正体は帰り道によく見かけるジョギングおじさんだ。単純に、よくジョギングをしているおじさんだからジョギングおじさん。四谷は勝手に自分の中でその男性をそう名付けていた。あまり深く考えたことはなかったが、このジョギングおじさんは毎日走っているのだろうか。自分は練習メニューの中で毎日30分の外周を行なっているが、この人の走り込みはどのくらいの時間やるのだろう。1時間くらいなのか、それとも疲れて動けなくなるまでなのか。30分の外周を毎日続けて、自分なりにかなり体力がついた気がするし、それに伴って足腰の筋肉も少しは逞しくなってきた。では、走る時間を2倍にすればその成長速度も2倍になるということだろうか。そんな単純な話ではない気もする。だが少なくとも、30分より1時間のほうが効果はあるのに違いないはずだ。そして今より体力も筋力もつけば、それは必ずプレーにプラスの影響をもたらしてくれるだろう。

毎日みんなと同じ量の練習をしていては、みんなを出し抜くことはできない。ましてや、下手な分だけ少しでも努力しないとチームの足を引っ張ってしまう。

考えているうちに家に着いた。まだ夕食には少し時間があるらしい。

「母さん、おれ、1時間くらい走りこんでくるから」

母親の返事を待たず、学校指定の体操服のまま四谷はおもてへ飛び出した。

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