第一話「四月の章①」
「なぁ、お前卓球部入るだろ?」
中学に入る前から、一ノ瀬裕は卓球部に入ることを決めていた。他のスポーツも好きだが、学生時代に卓球を嗜んでいた父親の影響で幼い頃からラケットを握らされており、選択肢は他に無かった。
そして卓球部に入るにあたって、一緒に入部する同級生を探すのが必須だと考えていた。なにしろ卓球というスポーツは人口が多くない。いわゆる人気スポーツの野球やサッカーに比べて、今だ日陰のスポーツというイメージがなかなか拭い切れないせいかもしれない。野球部やサッカー部に入る奴は、入学の時点でもう進路を決めてしまっている。しかし、逆に自発的に卓球部に入ろうなどという奴はもしかすると学年に一人もいない可能性がある。もし部員が学年に一ノ瀬一人だけともなれば、将来的に団体戦での出場が危ぶまれてしまう。非常にまずい。
では、どうやって卓球部に入る奴を探せばいいのだろう。一ノ瀬が出した答えは、「入る部活は決めて無さそうだけど、放って置いたら文学部とか科学部といった文化系部に入ってしまいそうな奴を引きずり込んでしまう」という手段だった。ひとまず頭数さえ揃えれば団体戦には出られる。重要なポイントだ。卓球の実力なんて、これからの練習でどうとでもなる。
その一人目として白羽の矢を立てられたのが「入るだろ?」と問いかけられた、この三郷信五というわけだ。
「おれ?うーん…おれは文学部にでも入ろうかと…」
一ノ瀬に問われた三郷は控えめに答えた。
「何言ってんだよ、小学校の時は卓球クラブだったじゃん。卓球やってたんだから、中学でもやれよ!」
一ノ瀬と三郷は同じ小学校の出身で、その小学校では四年生進級時からクラブ活動が始まる。一ノ瀬はもちろん卓球クラブだったし、三郷もなんとなくで卓球クラブに属していた。
「うーん…でも中学の部活とか大変そうだし…練習ついていけなそうだし…文化系でいいかなぁって思うんだけど…」
「平気だよ!一年生で今まで真剣に卓球やったことある奴なんていないだろうから遅れはとらないし。そもそも男子はほとんど運動部入るもんだぞ!」
「うーん…じゃあ、とりあえず見学行くだけでもいいかなぁ?」
「見学したら流れでそのまま入部になっちゃうって。でもそれはそれでいいよな?」
「うーん…」
一ノ瀬が押し切る形で、翌日の放課後に行われる見学兼体験入部へ来ることを約束させた。
その翌日の放課後、体育館の離れになっている卓球室の前に総勢七人の一年生が集まった。全て、一ノ瀬が声をかけまくった功績だ。
「失礼します、卓球部の見学に来ました!」
一ノ瀬が先陣を切って卓球室へ入ると、四人の部員がラリーを行なっていた。
「おおっ!一年生来た!多いな!」
小柄で明るい雰囲気の一人が一年生に歩み寄り、他の三人も練習を中断して集まる。
「今日来る予定の一年って、これでみんな揃ってる?」
「はい、僕らだけだと思います。」
「そうか!じゃ、まずは一人ひとり自己紹介して。」
大して歳が離れているわけではないはずだが、先輩というだけでずいぶん大人に見えるのを不思議に感じながら、端から自己紹介が始まった。
「1年1組、一ノ瀬です。卓球は小一からやってました。よろしくお願いします!」
「1年1組、二宮です。一ノ瀬くんに誘われて来ました。卓球はやったことありません。」
順番に、三郷、四谷、五島、六原、七宮と自己紹介を終えた。
「分かった。でも一度じゃ覚えきれん!おれは三年の松坂で、こっちが三年の梅沢。そっちの細いのが二年の上原で、太いのが二年の下山ね。」
「よろしくお願いします!」
先輩グループも一年グループもお互い名前を覚えられないまま自己紹介が終わると、各々にラケットが配られた。
「授業で使ってるクソみたいなラケットだけど、持ってない人はそれ使ってとりあえずピンポンしてていいからさ。レッツピンポン。自分のラケット持ってきてる人いたら、自分の使っていいからね。」梅沢がラケットを手渡していく。
それを見ていた松坂が、「あー、奇数だから人数割れるなぁ。誰か一番上手いやつ、来て!」と声をかけた。
「え…一番上手いのは…。」
誰ともなく、やはり視線は一ノ瀬に向く。
「あ、じゃあ、自分お願いします!」
照れ臭そうしながら一ノ瀬が松坂と同じ台に入り、
他の六名は二宮と三郷、四谷と五島、六原と七宮に分かれた。
「うおお、君結構上手いなぁ!さすが小一からやってただけはあるね」
松坂と一ノ瀬の台では、リズムよくテンポの早いラリーが始まった。
「ありがとうございます!」
来たボールを打ち、相手のコートへ入れ、戻って来たボールをまた相手のコートへ打ち返す。単調なその動作の繰り返しだが、基礎ができているかどうかはこの動作の中で一目でわかる。いかに相手を動かすことなく、打ちやすい所へボールを送れるかが「フォア打ち」と呼ばれるラリーの肝だ。
対して他の台へ目を向ければ、やはり未経験組の台では弾道がおぼつかずバタバタと動き回りボールを打ち返す光景になる。
「ま、素振りやってフォーム整えればすぐできるようになるから」と、人数余りで見学に回っていた梅沢は言った。
「とりあえず今日は見学だし、七人で交代して適当に遊びながら見ててよ。それで部活の雰囲気見ててくれればいいからさ。」
一時間の見学時間はあっという間に終わり、先輩四人にお礼を告げて七人は卓球室を後にした。
「先輩たち上手かったなぁ。」
「なんか思ってたより怖い感じじゃなかったね。」
口々に感想を言いながら夕暮れの学校を出る。
「でもさ、」
一ノ瀬はそう切り出すと、
「意外となんとかなりそうじゃなかった?三年の松坂先輩が一番上手かったけど、逆に二年の下山先輩はそれほどでもなかったと思う。二宮と三郷とかなら、練習したら普通に勝てそうじゃねえ?」
と続けた。
「いやいや…」
と三郷はさすがに謙遜したが、
「そうかな?いけるかな?」
と二宮は乗り気だ。
「いけるって!五島と七宮は左利きで有利だし。そもそも先輩四人ってことは先輩たちだけで団体戦のメンバー組めないじゃん。あ、卓球の団体戦ってシングルス四人とダブルス一組の合計六人で一チームなんだけどさ、だから現時点でおれらのうちから二人は確実に入れるわけ。で、三年生は六月の大会で引退するから、二年の先輩がいても残り四人は一年生でレギュラー張れる。たぶんそんなラッキーな部活は他にないって!」
なるほど…と六人は頷き、
「悪くないね、それ…。」
と五島が呟いた。
「悪くないだろ?まだ仮入部期間だけど、もう入るの決めて練習始めようぜ!」




