#2粒目 彼はイクメン。
#2粒目 彼はイクメン。
彼、遠山純一と、彼のクラスの学級委員、宮ノ路未紅は駅のホームに立っていた。
カフェの帰りだ。
彼女はマスクを着けていた。彼はマスクについて聞こうと思っていたが、彼女の笑顔が見たこともないぐらいの笑顔だった。
だから、やめた。
彼はスマホで音楽を聴いている。
彼女は誰かにメールをしているようだ。
メールを打ち終わると、彼女はこの、無言の空気をどうにか変えようとした。
「ねぇ、遠山くん。あのさ…メールアドレスを交換しない!?」
丁度?電車が来た。
「んー。交換してもいいけど…代わりにあのマスクのこと教えて?」
イヤホンを外して交渉に出た。
こういう脅しはよくないということは充分承知だ。
それでも、彼はマスクについて気になっていた。
今がタイミングだと、見計らったのだ。
「いいよ。遠山くんなら話せると思ったし。」
彼がそこまで信頼されているとは彼自身も思っていなかった。
「んー。小学五年生ぐらい?のときに、事件に巻き込まれちゃってね(笑)
それ以来、マスクが手放せなくなっちゃって…まぁ、マスク依存症みたいな奴だよ。」
学級委員で真面目で、頭がよくて、性格もよくて、運動もできて……非の打ち所がない。
と、思っていたが、こんな欠点があったとは知らなかった。
「あっ!でも、他の人には言わないでね?
私は“完璧少女”でいたいから☆」
その笑顔には、無理矢理感が込められていた。
「わかった。で、アドレス交換だろ?
でもさ、俺がお前のアドレス持ってたら絶対毎日からかうぞ?(笑)」
彼女は可愛い反応をした。スマホをぎゅっと握っている。
「……ん……いいよ!!交換しよっ!」
彼女の決意は固かった。
「宮ノ路ってMなんだね。」
あきれた彼の声に彼女は否定しきれなかった。
『次は~朝ノ河~、朝ノ河~。お出口は、右側です。』
「着いたか。宮ノ路、北?南?」
北、南とは、北口、南口のことだ。
「南だよ?」
「同じだ。」
彼女に合わせた訳ではない。たまたま一緒だったのだ。
「へー。」
なぜか何処までも同じだ。
ある住宅街にはいると、彼女は止まった。
彼もだ。
「 家 ここだよ」
「 家 ここだけど」
彼女の家は、彼の家の斜向かいの家だった。
「えっ!?でもそこって、河野さん家じゃ……」
そうだ。ここは住宅街。一応どの家も同じ時期に建ったのだ。
だから、この辺の人たちはほとんど知っている。
「説明すると長いけど、河野は俺のばあちゃんで、再婚するから家を譲ってもらった。って感じだな。」
確かに5日前ぐらいに引っ越し業者が来ていた。
「なるほどねー!!!」
その彼女の納得した声が結構大きかった。
その時、彼女の家から誰かが出てきた。
「うるせーよ、お前ら。」
それは、彼女の双子の兄、蒼眞だった。
((げっ!蒼眞だ。))
彼はこの場から逃げようとした。
「おーい、なーに隠れてんだ?
部活までサボって俺の妹をたぶらかしてたんだろ?」
未紅の顔は真っ赤になった。
純一と蒼眞はバスケ部で1、2を争う強さだ。
「違うから。俺は叔父のカフェの手伝いに行っただけ。たまたま逢ったの。てか、蒼眞だってサボってんじゃん。」
「オレは途中で頭痛くなったの。で、純一にたまたま逢ったの?未紅♡」
未紅は嘘をつくと口元を隠す。
「うん、そうなんだよ~。」
蒼眞は見抜いた。
「あのな。純一。
俺の妹に手を出すならな、もっとからかい方を学べ。
まだまだだな。」
「……そうだな。」
純一は真面目に答えた。未紅が一番恥ずかしかった。
「それに未紅。そんなんで騙されるとか、危機感なさ過ぎ(笑)
オレがいつまでもそばにいるとは限らないんだぞ?」
蒼眞は未紅の兄って感じではない。カレシみたいだ。
「あのさ、俺、これから用事があるんだけど、」
その、用事というのは嘘ではない。本当に予定がびっしりなんだ。
「そうだよね!純一くん忙しいもんね!じゃあ、じゃあねー。」
未紅の言葉は棒読みだった。
「あ、うん。じゃあ、」
純一を見送る蒼眞の目は笑ってた。
* * *
ただいまの時間、夕方の5:00。
純一は家に帰るとすぐ部屋に向かう。
制服を脱ぎ、ハンガーに掛ける。
宿題を20分以内に終わらせる。
お弁当箱と水筒を台所に持っていく。
台所に立ち、エプロンをつける。
夕飯を作り始めた。洗い物も手際よく片付ける。
だいたいが終わると、洗濯物を取り込む。そして畳む。
最後に風呂掃除をして完璧に終わらせる。
6:00ピッタリに終わらせる。
「よし、6:00だ。」
そこで丁度玄関のドアが開く。
「ただいま~。」
その声の主は、他校の私立中学に通っている純一の弟、裕一だ。
「疲れたぁぁあ」
これでも、サッカーの名門校の私立中学で一応、一年のエースらしい。
他校にもファンが多い。特に、三年キャプテンと裕一にだ。
「お風呂できてるー?」
箒で掃除を始めた純一に裕一が聞いた。
「あと少しかかる。」
「んじゃ、ちょっとコンビニ行ってこよー。
純一兄、何か買ってくる?」
まだ制服のままゴロゴロしている。
「制服しわになんぞ。
じゃあ、○○と△△と□□を買ってきてよ。」
裕一はそれらをすぐにメモ用紙に書いた。
「わかったー。行ってくる!」
裕一は制服のまま家を出た。
とりあえず6:00から6:30までは何もない。
なんとなく、未紅にメールを送ろうと思った。
(メール送りました。この距離でメールとかしたことないので
どういう用件で使えばいいか、よくわかりませんが、よろしく。)
堅苦しいが、純一らしいとも言える。
未紅からもすぐに返事が来た。
(だいじょぶだよ~(`・ω・´)
私なんて使い慣れてないし~、まぁ、よろしくね~♡)
どう考えても、これは彼女の文ではないことがはっきりとわかった。
ーーこれは、蒼眞が送ってきたんだ。
(宮ノ路さんって、ハートとか使うんだね。以外だったなあ。)
(そうかな?これでも私、女子だからね~ww)
どう見ても蒼眞だった。
(じゃあ。これからやることあるから。)
(うん!ふぁいとぉ~☆(・∀・))
純一はスマホをポケットに入れ、どこかに向かった。
駅の方向だ。
だが、目的は駅ではない。幼い弟たちの保育園のお迎えだ。
地図で言うと、ちょうど線路を超えた反対側だ。
「遠山です、お迎えに来ました。」
「純一くん!どうぞ~☆」
その相手は、純一を知っているようだ。
彼はまず、二階へと上がる。
「すみません、遠山平一の兄です。」
実際そんなことを言わなくたっていい、それでも純一は毎日のように言っていた。
「おっ!じゅんパパだぁ!」
はるほ先生だ。純一の弟、平一の担任だ。
「へいくーん!パパだよー!」
「パパじゃないです。父は仕事です。」
平一はまだ2歳、赤ちゃんと言ってもいいんだ。
「じゅんくんっ、だっこ。(キラキラ)」
可愛すぎる。まぁ、まだ2歳だ。だめとか言う理由がない。
「よいしょっと……」
それを見て、ニコニコ微笑むはるほ先生だ。
「何ですか……。」
「んー?純一くんが、パパになったんだなぁって。」
「いや、パパじゃないです。」
「詩織先生なら、こうくんのクラスにいるからね!」
「わかりました。」
詩織先生とは、母のいとこに当たる人だ。
純一は平一の荷物と、平一を抱っこしながら下の階へ降りた。
「すみません、遠山航一の兄です。」
「すみません、燈夏の父です。」
かぶった。この時間は、大抵、航一と平一のふたりが最後だ。
「おっ?中学生……?」
そうだ。普通は中学生がお迎えなんてだめだ。せめて高校生以上だ。
「すみま……」
謝ろうと、すみませんと言おうとしたところを、遮られた。
「えっらいなぁぁぁぁあーーー!!!
私の息子と娘は全くお迎えとかしないんだぞー?!
キミは偉いよぉぉぉお!!!!!!!」
その言葉に驚いた。純一にとっては、これは当たり前に過ぎなかったんだ。
「ありがとうございます。」
「でもキミ、どっかで見たような……、いや、誰かに似てるような……。今日めがね踏まれちゃってさ、まったくってほどじゃないんだけど、あんまりみえなくてね……。」
「そうですか。」
なんと答えればいいか分からなかった。
「おっ、じゅんくん来たねー。あっ、燈夏ちゃんのお父様、お世話になっております。あっ!じゅんくん、外でまってて!」
純一は平一を抱っこしながら、肩には二つのカバン、片手には手をつないだ、ちょっとすねてる男の子。
「どうした?こう。」
「ボクもっと、燈夏と遊びたかった……。」
「明日にしろ。毎日ここに来るんだろ?」
「うん……。」
子供の機嫌というのは、言葉では直せない。
「ごめんねー、じゅんくん。じゃあ、帰ろっか。」
そうだ。帰りは詩織と一緒だから中学生がお迎えにいける。
「じゅんくん、パパになったね。」
「それさっきも言われました。」
「そう?残念だなぁ。」
こんな毎日だ。




