幼なじみ
「ところでさ、天野さん。私と幼なじみって本当?」
一番尋ねたかったことを口にしてみた。
ちなみに天野さんの話を合わせて覚えているフリしておこうという選択肢はなかった。そんなことをしても私のことだ、絶対ボロが出る。
だけれど、天野さんに寂しそうに笑われるとやっぱり聞かなきゃ良かったかな、と罪悪感が湧く。
天野さんの胸元で握られた手が少しだけ震えていて、それがまた胸に突き刺さる。
「あー、やっぱり覚えてないよね。あたしも休みがちだったけど、くさなぎ保育園なんだよ」
くさなぎ保育園、という懐かしい単語に私は思わず天野さんをジッと見つめた。
「え、天野さんも?」
くさなぎ保育園というのは、私が小さい頃通っていた近所の保育園だ。私の記憶の中では保育園はいつも走り回った場所で、友だちも元気でわんぱくな子が多かった。
だからなのか、それともやっぱり私の記憶力が悪いの、体が弱い子(天野さん)のことは思い出せない。
うーん…天野さんの容姿なら良い意味で目立ってたと思うんだけどなぁ。
「我が記憶力がポンコツで申し訳ない…」
「ううん、いいの。そらちゃんにはたくさん友だちがいたもの」
天野さんはそう言ってくれるが、相手が覚えていてくれたのにこちらが覚えていないなんて申し訳ない気がする。
なんとか思い出したいんだけれど…。
思い出そうとすればするほど頭が鈍く痛むのだ。まるで思い出すのを拒んでいるかのように。
「うーん、思い出せない。本当にごめんね」
謝ると、天野さんはブンブンと頭を激しく振った。
そんなに頭を振ったら痛くならない?大丈夫?
と、少し心配になる。けれど、天野さんはあれだけ激しく頭を振った割にはケロッとしていて、
「謝る必要はないよ」
と私の肩を強く掴んだ。
「う、うん、そう…?」
その勢いと真剣な光の宿る瞳に呑まれて、申し訳ないという気持ちも今だけはどこかに吹き飛んでいった。
驚く私を前に、天野さんはけど…、と表情を曇らせる。
あ、やっぱり傷つけたよね?
ズクリと胸が痛む。こういうのは本当にダメなのだ。
まぁ、そんなこと知ったこっちゃない天野さんは私の予想の斜め上のセリフを、
「…けど、忘れられちゃったのは悲しいからひとつお願い聞いてくれる?」
と秘儀上目遣いと共に繰り出してくれた訳だけれど。
しかしその上目遣いの破壊力たるや凄まじく。
女である私でさえも、ついキュンしてしまった。
美少女パワー恐るべし!
この子、私に反省させる気ないの?
と、そう思ってしまうほどの可愛さだ。
が、今は天野さんを愛でるより先に誠意を見せなければ。
「うん、いいよ。私にできることなら…」
頷きながら、内心天野さんの美少女パワーによる動揺が表に出ていないかとっても不安だった。
久しぶりの再会(?)を果たした幼なじみに誠意のない変態だと思われたくはない。私のささやかなプライドは、どうやら私を助けてくれたみたいだ。
「あたしのこと、聖花って呼んで!」
ね、と目をキラキラ煌めかせて私を見つめる天野さんの様子に変化はなかった。
「それはいいけど…天野さんはそれでいいの?」
「せ、い、かっ!」
「あ、ごめん。聖花…ちゃん」
本当に呼び方を変えるだけでいいのだろうか?
いやまあ、ここ最近人とあまり関わろうとしなかったせいで人が苦手になりつつある私にはハードル高いんだけどさ。
今も名前を呼ぶだけなのに心臓はバクバク暴れまわっている。
あー、笑顔引きつってないよね?
「うん、そらちゃん!これからよろしくね」
にっこり笑うあま…聖花ちゃんに、私は引きつりそうになる表情筋を気合で持ち上げて笑うしかなかった。
…にしてもさっきから眩暈が酷いな。今日は早めに寝よう。