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流星のカケラ  作者: 青空
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熊と転校生


事件は下校時に起こった。

私たち『平民』の寮は学校から一番遠くて、毎日登下校のために山道をひたすら歩かなければならない。

…とは言っても、その山道を散歩コースにしてダイエットしている私にとっては決して辛い道のりではないのだ。むしろ軽い足取りで登り道下り道を歩いていた。

時折動物や鳥の声が聞こえるのはご愛嬌。

どうやら山の動物たちもサービスをしてくれているのか、野うさぎが2匹駆け回るのを見れて私は満足だ。

「ふーんふふーんふふーん」

ご機嫌に鼻歌でも歌ってみる。

ああ、気持ち良い。このままさんぽに繰り出そうかな。

なんて思いながら、のんびり歩いていた時だった。

「きゃあっ!」

不意に鋭い悲鳴が聞こえ、私はピタリと足を止めた。

「…え、今の…」

…この先で何かあった?

もしかして可愛くない部類の動物でも出たのか⁉︎

「ちょ…!大丈夫ですか⁈」

大きな動物はさすがに危ない!下手に逃げようとすれば襲われるし、刺激すれば突進してくることもある。

歩き慣れた道をひた走る。

早くしないと動物も人も傷つくことになる。

急カーブをフルスピードで曲がった。

視界が開け、目の前が一瞬真っ白に染まり…。

目が慣れてきて見えた光景に私はハッと目を見開いた。

「天野さん…っ⁈」

声を殺して叫び、一瞬その場で立ち止まる。

天野さんと対峙するは大きな真っ黒な毛玉。

…恐らく熊なんだと思う。人の身長ほどもあるここら辺にいる動物は、それしかいないから。

天野さんは後姿しか見えないけれど、可哀想なことに震えていた。

ヤバイ、早く助けないと!

けど、下手に声をかけて熊を恐がらせるのはダメだ。熊が脅えて襲いかかってくる可能性がある。

だからって熊を倒すほどの力も筋肉もない。

私が天野さんの代わりに囮になるなんて以ての外だ。

…じゃあどうする?

少し考えて、チラリと天野さんと熊の方を見る。

ひとりと一体はお互いにお互いを恐れているのだろう。硬直状態で先ほどから何ひとつ変わっていないように見える。

けど、いつピンと張り詰めた緊張の糸が切れるかわからない。

…しょうがないか。

危険だけれど、やるしかない。

私は荷物をその場に下ろし、恐る恐る一歩踏み出した。その際にカバンの中から必要なものを取り出すのも忘れない。

よぉし、熊は気づいてないな。

一歩。また一歩。思い切って二歩。

ちょっとずつ、ちょっとずつ。ジリジリと天野さんたち目掛けて近づいていく。

作戦はいたってシンプル。

自ら天野さんと熊に近づき、天野さんを連れて然るべき方法で逃げようという、良い子のみんなは絶対に真似しちゃダメなものだ。

大丈夫、熊の気をそらすための餌は持っている。カバンから取り出した、校内の売店産のフルーツの詰め合わせを握りしめた。

あとちょっと…。

そろりと足を踏み出した。

と、その時。

足元でパキリ、と枝が折れる音が聞こえた。

「…あ」

ザァッと血の気が引く。脳に氷が流し込まれたかのように頭が冷え、くらりと眩暈がした。

「…っ⁈」

こちらに気づいたらしい天野さんがこちら振り向く。

それだけじゃない。人間の彼女が気づいたのに熊が気づかないなんてはずがなく。

真っ黒な毛玉の、つぶらな黒い瞳がこちらを向く。その吸い込まれそうな黒い瞳を初めて恐いと思った。

って、いやいやダメだ!

こちらが恐いと思っている感情は動物に伝わる。弱みを見せたら、その瞬間に戦う術を持たない人間なんて噛み殺されてしまうだろう。

自分のためにも、恐がるよりも天野さんを助けることを優先しないと!

「天野さん、こっち!熊の目を見ながら来て!」

天野さんにそう叫び、私は売店のフルーツ詰めの蓋を開けた。うわ、セロハンテープ邪魔だな!

「う…うん…!」

天野さんが真っ青な顔をして涙目で頷き、ゆっくりと後退する。ゆっくりだけれど足取りはしっかりしている。

これならたぶん、天野さんだけでも逃げられるだろう。

私は少しだけ安心して、また一歩踏み出した。

そしてフルーツ詰めのパックの中から一口大のリンゴを手掴みし。

天野さんと入れ替わりに熊の前に立って、手を振り上げた。そして勢いのまま手を振り下ろす。

「とうりゃ!」

手に掴んだリンゴを熊に向かって投げつけた。

リンゴが弧を描いて熊の方へと飛んでいく。

熊さんお願い、リンゴの方に行って!

熊の動向を見守る。

心臓はさっきからずっと暴れまわり、今にも口から飛び出してきそうだ。

1秒が長く感じる。

リンゴ第二弾を投げるためにパックに指を突っ込む。その指は細かく震えていて、何故だか笑えてきてしまった。

人は恐怖を感じすぎると笑うというけれど、あれは本当だったか。デマだと思ってたよ。

余計なことばかりが頭の中で走り回っている。

相変わらず目の前はクルクル回ったまま。

頭の中はぐっちゃぐちゃだ。

これじゃあまっすぐ走れる気がしない。

だからこそ、熊の気を少しでも逸らしておきたかった。

熊は狙い通り飛んでくるリンゴを目で追っていく。

よし、逃げられる!

思い切って私も逃げ出そうとした。…のだけれど。

熊はすぐに視線を私たちに戻した。と同時に、なんとこちらに走ってくるではないか!

やっちまった…!

「ごめん、天野さん!走って!」

気づけばかなり遠くまで逃げていた天野さんに大きく手を振り下ろして、逃げろと合図する。

天野さんはつぶらな瞳をさらにまん丸にして私を見つめた。それから力強く頷き、

「待ってて、そらちゃん!人呼んでくるから!」

と言い残して走っていった。

その速さたるや、風の如く。

あれなら助けに入らなくても自分で逃げられたんじゃ?

そう思わせるほどの走りっぷりだった。

…さて、問題の私だが。

気づけばすぐそこまで来ていた真っ黒な毛玉を見て、背中から汗が吹き出た。

ここからどう逃げよう?



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