雑談
「…先輩、宗教の勧誘ですか?」
え、先輩ってそっちの人?
「いや、違う。ちょっと気になっただけだ」
ふーん。そんなもの気になるものなのかな?
それにしても神さまかぁ。一応小さい頃は神社の娘である幼なじみの影響で神棚にお参りしていたし、中学までは割と身近だった気がする。
「…どちらかっていうと信じてる方ですかね」
答えながら、書類のチェックも忘れない。
…よし、この書類はちゃんとゼロの数もおかしくない。製作者…あの生真面目そうな綿津見副会長か。そりゃなかなか間違えなんて見つからないよね。
話半分に書類仕事をしていると、今度は、
「そうか。なら目の前に神がいたとしたらどうする」
と聞かれた。
…先輩、本当に何かの宗教に勧誘しているんじゃなかろうな?
顔を上げると、先輩の真剣な…いや、鬼気迫るような目と出会った。
「神さまが目の前にいたなら…?」
「ああ。どうする?」
…もしかして先輩、ものすごく大変な悩み事でもあるのだろうか?それでこんなこと聞いてるとしたら、宗教の勧誘なんて疑って悪いことをしたなと思う。
…にしても、今回の質問はちょっとスパッとは言えないな。別に神さまにお願いしようと思うような願い事はないし。
強いて言うなら、
「一応毎日平穏無事に暮らせているので、そのお礼をするくらいじゃないでしょうか」
ほら、神さまもいるならきっと頑張っているはずだし。
事実、日々何事もなく…とまでは言わないけれどほぼ平穏に過ごせているのだから、お礼の一つや二つくらい言ってもバチは当たらないと思うのだ。
あとはこれも幼なじみの影響である。曰く、神さまもお願い事ばっかじゃ疲れるだろうね、とのこと。
「…そういうもんか?」
「そういうもんです。…ところで先輩」
「ん?」
首を傾げる阿部先輩に、私はひとつアドバイスして差し上げた。
「悩みがあるなら神さまじゃなくてカウンセラーを頼ったほうがいいですよ」
「…何を勘違いしたらそうなったんだ」
あれ、勘違い?
はぁー、と重苦しいため息を吐く先輩に私も問いたい。
結局今の質問にはどんな意図があったんだ。
沈黙が落ちる。
「…先輩、さっさと書類終わらせましょう」
「そうだな」
先輩と私は頷きあい、再び書類に目を落とした。
…うん、この書類も間違いはなし、と。
ペラペラと何枚かの書類を捲って、間違い探しに没頭していると。
「…あれ?寮の改修工事?」
気になるプリントが現れて、そのプリントを見つめる。
「なんでいらないプリントが混じっているのか…。もう生徒に分けられたプリントだし、捨てていいぞ」
阿部先輩にそう言われたが、私はプリントをゴミ箱にポイッとはできなかった。というのも、
「あの、先輩。私これ、今知りました」
寮の改修工事があるなんて、しかもその間寮に残ることができないことも今このプリントを見て初めて知ったのだ。
「…え?知らなかった?」
「はい。これ、いつ配られたんですか?」
「数日前だ」
うわ、じゃあ嫌がらせの一環かなぁ。これじゃあ聖花ちゃんが知らない可能性もあるし、後でちゃんと伝えた方が良いだろう。
「これ、持って帰っても良いですか?」
「ああ、それは構わないが…。日高、お前たちまだ瑠璃に嫌がらせを受けているのか?」
先輩が苦しそうな表情になる。
…確かに阿部さんは私たちに突っかかってくることも多い。けど、理不尽な嫌味や嫌がらせはしていない気がするのだ。
なんというか、彼女にとっての正論と私たちの常識のぶつかり合いというか…。とりあえず、阿部さんは私たちを見下している風ではない。
だから、
「阿部さんというよりは、阿部さんの周りにいる人たちですね」
いわゆる取り巻きたちの暴走だと思われる。
「そうか…」
先輩は考え込むように顎に手を当てて、目線を下げた。そして私をジッと見つめて、
「困ったことがあれば僕か陽介に言ってくれ」
と落ち着いた声で言う。
案外先輩も真面目なタチなんだな。
「はい。ありがとうございます」
とは返事をしたものの。
女子同士の争いに男子が入ってもロクなことにしかならないんだよなぁ。
というわけで、相談する気はございません。気を遣ってもらったのにごめんなさい、先輩。
またしても沈黙が部屋を支配する。
今度は加賀美くんが帰ってくるまで沈黙が続いた。