カオスな教室
とりあえず目指すは状況打破だ。
「あの、会長。授業始まってますよ。自分の教室に戻ったらどうですか?」
要約するととっとと帰れ!だ。
が、会長は声をかけても笑うだけ。
腹立つなコイツ。いつものクール面はどうした。今こそ『神子』なんて黒歴史になりそうなこっぱずかしい名前で呼ばれているだけの威厳見せろよ!
「えっと、会長!自分の教室に帰ってください!」
聖花ちゃんも援護してくれる。
が、この男、人の話を聞きやしない。いっそのこと張っ倒してやろうかという危険な思想が脳をよぎった時。
「…これはどういう状況なん?」
今までどこに行ってたのか、ひょっこりと顔を出した加賀美くんの声が聞こえた。
「あ、加賀美くん」
あなたもサボりですか。良いご身分ですね。
「そらちゃん、聖花ちゃん、これ一体どうしたんや?」
加賀美くんが会長に冷たい一瞥をくれる。
君も『神子』を目の前にして変わらないのか。頼もしい限りだよ。
と、また廊下の向こうから足音が聞こえた。
「おい、陽介。どうし…」
加賀美くんに続いて顔を出したのは、
「あ、覗き魔」
そう、保健室の男子生徒だった。
「なっ…!違う、あれは本当に間違いだったんだ!」
顔を赤くして慌てる彼を見て、どうやら悪い人ではないようだと安心した。いくら覗いたのが見る価値もない貧相な女だったとしても、故意にだったのか事故だったのかでは大違いなのだ。…主に私の心象として。
「わかってますよ、冗談です」
ほら、落ち着いてくださいな。この空間をこれ以上カオスにしないで。
「心臓に悪い冗談はやめてください!」
「それはすみませんでした」
怒る彼に謝り、
「改めて、日高そらです」
と自己紹介する。見た所三年生のようだし、関わり合いにはならないだろうけれど一応だ。
「あ、僕は阿部悠馬だ。よろしく頼む」
彼は礼儀正しくお礼までしてくれた。
…ん?阿部悠馬…?
どこかで聞いたことある名前に私は首をかしげた。すると、
「だれ?」
と聖花ちゃんが首をかしげた。
保健室での出来事を知らない聖花ちゃんに先ほどのことを説明しておく。ついでに覗き魔の汚名も払拭しておいた。彼は悪人ではない。
で、加賀美くんの質問には適当に要点をかいつまんで説明する。実はどういう状況なのか私もわかっていないということは内緒だ。
「なるほどな」
加賀美くんはひとつ頷いて、納得したように会長を見た。そして、
「たぶん会長は聖花ちゃんを迎えに来たんやろ」
と、ビックリ発言をした。
「…え」
聖花ちゃんを、なんで?
「それはどういうことですの⁈」
声をあげたのは、さっきまで意地悪そうに笑っていたリーダー格の子だった。
「言葉通りの意味や」
加賀美くんは一言そう答え、会長に呼びかけた。
「月読会長、仕事や。早よ起きい」
なんとも遠慮のない呼びかけである。まるで友だちみたいな…。
「だって陽介!こいつらおれにはげろと言ったんだぞ!」
「それで笑っている意味がようわからん」
「…お前の感性はずれているのか?」
「ずれてんのはお前の方や」
…いや、きっと気安い仲なんでしょうね。『神子』の会長と『平民』の加賀美くんが何の気兼ねもなく話しているのだから。
男の友情はよくわからない。
「それより、早く天野さんに事情を話した方がいいのではないですか?」
口調を改めた覗き魔こと阿部先輩が会長に話しかける。
その言葉を聞いた聖花ちゃんが、
「何のことですか?」
と不安そうに三人を見た。
それに対し彼らの反応は三者三様。
加賀美くんは、
「この状況やと君を守るための話になると思う」
と眉を下げ、会長は、
「大事な話だ」
とキリッとした表情で告げる。キリッとした表情をしててもさっきの大笑いを見た後じゃ、格好良さも半減だ。
阿部先輩は、
「どうしても嫌なら断ればいい」
と言ってくれているし、それほど悪い話ではないのだろう。
けど、
「来い」
と言って、背中を向けた笑いのツボが浅い会長を見て。
「…アホな話だったらその場の全員引っ叩いて逃げて来なよ」
一抹の不安を覚えて、聖花ちゃんに防犯ブザーを渡したのだった。