会長
教室のドアが開く。
そこから現れたのは、艶やかな黒髪に夜空のような紫紺の瞳を持つ、抜き身の刃のような美しさを持つ男。言わずと知れた『神子』で生徒会長の月読剣斗である。
うわ、なんて会長がここにいるわけ?
突然現れた不吉な存在に顔をしかめる。奴も『神子』なんてご大層な名前で呼ばれているが、私からしたら鬼門以外の何者でもないのだ。
奴はジロリと教室中を見回して、もう一度口を開いた。
「何をしている、と聞いているんだ」
奴が発する声は多分に威圧感を含んでいる。というか、存在そのものが重苦しい威圧感の塊だ。
「…ここには口を聞ける奴がいないのか」
静かな声が教室を支配する。
誰もが動けず、黙り込む中。
やはり勇者は存在した。
「…ここの学園はおかしいって話をしてたの」
答えたのは聖花ちゃん。
彼女はさきほどよりは落ち着いたのか、声はいつものトーンに戻っていた。それでも顔は強張っているが。
「おかしい?」
「うん、おかしい。だって、身分があるなんてまるで江戸時代だわ」
片眉を上げる会長に、聖花ちゃんはキッパリと告げた。
勇気あるなぁ、とは思う。けれどそれよりも私はこの状況の方が気になって仕方がない。
会長以上に、私は周りのクラスメイトたちの方が恐い。自分からは会長に話しかける勇気がないくせに、話しかけられる人に嫉妬して、その人を完膚なきまでに叩きのめすのだから。
もう会話している以上手遅れな気はするけれど、それでも長く会話しているよりはいい気がした。
「なるほど、なら何が普通なんだ?」
「そんなの、みんな平等に決まってるじゃない」
「みんな平等?この学園で?」
「そうよ。今の時代、身分があるなんておかしいと思うの」
会長は胡散臭そうに、聖花ちゃんは真剣にこの学園の身分制度について話している。
…これじゃあ、聖花ちゃんがこのクラスメイトたちに睨まれてくださいと言っているようなものだ。
この学園で初めてできた友だちがいじめられるなんて、冗談じゃない。
それにみんな忘れているかもしれないが、授業のチャイムは鳴っている。開け放たれたドアの向こう、廊下では初老の頭が寂しい英語教師がおどおどと教室を覗き込んでいるのだ。
私は大きく深呼吸した。
とりあえず二人の話し合いは、後で時間のあるときに、誰の目にも触れない場所でやってもらうとして。
「…ところで会長は何をしに来たんですか?」
尋ねた声は、自分でも驚くほど淡々と教室に響いた。
話し合っていたふたりはピタリと黙り、片方は憮然とした表情で、もう片方は目をキラキラさせて私を見た。
「ねえ、そらちゃん!そらちゃんもおかしいと思うよね!」
「え、う、うん…」
いきなり話を振られて、ほぼ無意識に頷く。
すると斜め前から、思わず頭を下げたくなるような世にも恐ろしい視線が飛んできた。
「お前もこの学園が不満か」
その声の主が私に険しい目を向けたのが、見なくてもわかった。まるで身体が見えない鎖で縛り付けられたかのように重い。
が、さっさと話を終わらせたい私はあえて会長の方を見た。紫紺の瞳と目とぶつかり合う。
その瞬間、まるで頭を強くぶつけた時みたいな頭痛と目眩に襲われた。
威圧とはかくも人にダメージを与えられるのか。雰囲気だけだと思って侮っていた。
動揺のせいで、考える前に口が動く。
「不満です。特権階級なんてクソ食らえ。あなたたちの狂信者はみんな、禿げてしまえばいいと思います」
それが嫌なら私たちに関わるな。
君たちに害意はなくても、話したってだけで私たちは多少の被害を被るのだから。
というわけで、早くここからいなくなってくれませんかね?
ジッと会長を見つめると。
会長は珍しく驚いたように目を丸くして、それからふと吹き出した。
「ん?」
思わぬ変化に眉を寄せる。
それを見たこの学園の頂点はなんと。
「フッ!アハハッ!おれたちにはげろと言った人間は初めてだ!」
と大笑いし始めたではないか。
私と聖花ちゃんは訳が分からず顔を見合わせる。
「あの人、罵られて笑ってる…?」
「気にしなくていいよ。どうせ私たちには理解できない範疇だから」
困惑する聖花ちゃんにそう言って、会長を見る。意外と笑い出したら止まらないらしい会長の楽しそうな声が教室に木霊する。クラスメイトたちは話の流れと初めて見る会長の様子に再び銅像のように固まっているし、英語教師は全てを諦めた目をして窓の外を眺めている。
…さて、この混沌とした状況の中。
あまりにも予想外の展開に私は頭を抱えるのだった。