言い争い
聖花ちゃんがふらりと席から立ち上がる。
その足取りはいつもより頼りない気がして、やっぱり彼女も疲れているのだと確信する。
「なぁに、天野さん。藪から棒に話に割り込んでくるなんて?」
主犯の一人がふてぶてしく目を細める。
それに対し聖花ちゃんは、
「友だちの心配をしちゃいけないんですか?」
と固い声で聞き返し、新緑の瞳を私に向けた。
「教科書、取られたの?」
先ほどと同じ質問。
けど、答えにくいなぁ。事実だけ答えればイエスだけれど、さすがに本人の目の前でそう答えて、冤罪だのなんだのと騒がれては堪らない。
これ以上目立つのはごめんだ。
それにこれ以上聖花ちゃんがあの子たちに目をつけられるのもよろしくない。
だから、
「なくなったの」
こういうことにすれば、多少はぼやかすこともできる気がした。なくなったのは事実だし。
だから聖花ちゃん、ここは抑えて。
と、そう願ったのだが。残念ながら聖花ちゃんには通じなかったらしい。
「そうなんだ。じゃあ私に任せて、探し物は得意なの!」
パッと表情を明るくして笑う聖花ちゃんに、私は青ざめた。
「いや、もうすぐ授業始まるし後ででいいから!」
だからこれ以上あの子たちを刺激しないで!
マジで、『神子』の狂信者であるあの子たちの嫌がらせはえげつないから。いくら聖花ちゃんでも、物理的に殺されるから!
「でも教科書ないと授業困るでしょ?」
「なんとかなるから!」
これ以上この話題を続けると、本気で危ないんだって!
ほら、あの子たちの目を見てみ?なんだあいつみたいな目で君を見てるから!
あの子たちの方にチラリと視線を向けると、ちょうどリーダー格の子と目が合った。
あ、ヤバイ。しくじった。
「ちょっと天野さん、私たち日高さんとお話ししてますの。邪魔しないでくださる?」
リーダー格の子が眉をしかめると、周りの子たちも一斉に肯定の言葉を吐く。
まるで女王さまとその取り巻きだ。けれどその団結力はものすごい。
その迫力にさすがの聖花ちゃんも口を噤んだ。
それを良いことに、リーダー格の子は生き生きと話し出す。
「だいたい貴女も日高さんも目障りなのですわ。みんなの『神子』である綿津見さまと登校するだなんて」
やっぱりそれか!と、つい叫んでしまいそうになる。だから『神子』とは関わり合いたくなかったのだ。
「誰が誰と登校しようと本人の自由でしょ!」
食ってかかる聖花ちゃんに、私は頷こうとしてピタリと動きを止めた。
普通の学校ならその理屈は正しい。けれどこの学園に限っては間違いなのだ。
「聖花ちゃん、まだ言ってなかったけれどこの学校には暗黙の了解というものがあってね」
一年通っている私でさえおかしいと思っている閉じられた学園の常識を聖花ちゃんに説明する。聖花ちゃんは最初こそ真面目に聞いていたものの、途中から不愉快そうに眉を顰めていた。
「何それ、みんな同じ生徒なのに身分差があるなんておかしいよ!そらちゃんはそう思わないの?」
憤慨する聖花ちゃんに、私は苦い顔をして首を横に振るしかない。
いくら外部進学の立場が弱い私たちがおかしいと叫んだところで、他の誰も聞いてなんかくれない。常識となってしまった非常識は覆せないのだ。
「驚いた、転校生だからこその無知でしたのね」
驚いたと言いながら、聖花ちゃんを馬鹿にするような目で見るクラスメイト。
「何も知らなかったのなら、仕方ないのかしら?」
そうは言っても彼女たちの聖花ちゃんを見る目は厳しく険しい。
彼女たちだけではない。
クラスの女子のほとんどが私たちを睨みつけ、嫉妬の眼差しを向ける。
それほどまでに『神子』は女子にとっての羨望の的なのだ。
ちなみに男子はといえば、聖花ちゃんを助けようと口を開いては、近くの女子に睨みつけられて口を閉ざすを繰り返している。つまり、まったく頼りにできない。
「そんなの知らないし、これからも守る気はないわ!そんな横暴な決まり、平等じゃないもの」
ツンとそっぽを向く聖花ちゃんに、私はそっと目を伏せた。
これじゃ話は平行線のままだ。
そしてこのままいくと、聖花ちゃんはあの子たちから嫌がらせを通り越して、イジメにあうことは必須。
なんとかそれを止める手立てがほしい。
必死に解決策はないかと考え込んでいると。
「黙りなさい!」
リーダー格の子の声がすぐ近くで聞こえた。
と同時に、パァーンッと高い音が鳴り響いた。
「…え」
ハッとして隣を見ると、聖花ちゃんが目をまん丸に見開いて頬に手を当てている。
その前には肩で息をする、リーダー格の子。
時間が停止した。
そう思わせるくらい辺りはシンと静まり返り、誰も微動だにしない。
え、ちょ…。
「聖花ちゃん、怪我は…」
ゼンマイ仕掛けの人形のようにギクシャクと声をかけた時。
「何をしている!」
教室中に重いバリトンが響き渡り、再び教室の時間を止めた。