嫌がらせ
教室に戻ると、ちょうど二限目の授業が終わったところだった。
「あ、そらちゃんおかえり!もう大丈夫なの?」
「うん。迷惑かけてごめんね」
出迎えてくれる聖花ちゃんに笑みを返す。
そして教室に足を踏み入れ…そこでなんとなく馴染みのある疎外感を感じた。
クラスメイトたちから向けられる軽蔑の目と囁かれる悪口。
あー、今朝目立ったのがここで祟ったか。
やっぱりな、というのが私の感想である。
だが、ちょっと悪口を言われることも、見下されることも慣れている。そうでなければここまで図太くこの学園に残ってはいられない。
というわけで、クラスメイトたちの冷たい視線は今は一旦脇に置いておくことにした。
それよりも、と私は聖花ちゃんをさりげなく観察する。
「ねえ、聖花ちゃん。どうしたの、顔色悪いよ」
尋ねると、聖花ちゃんは珍しく、
「え」
と一言漏らしたきり、黙り込んだ。そして少しずつ目線を私から足元に向ける。
「そ、そうかな?」
聞き返す声は焦っているように聞こえた。
…転校してきたばかりで疲れたのかな?
そういえば昨日は熊との遭遇、今日は朝から不良の喧嘩だ。そりゃ誰だって神経すり減るよね。
「聖花ちゃん、疲れたなら座ってたほうがいいよ。私も席に戻るし」
聖花ちゃんの背中をポンと押し、私も自分の席に向かう。
三時限目は英語だし、もう一度だけノートを見ておきたい。何度も確認しないと、授業で置いていかれてしまうし…。
「あ、そうだよね!」
聖花ちゃんが慌てたように席に戻り、ちょこんと座る。そしてこちらに振り向き、何かを期待するキラキラ輝く目で私を見た。
まるで母親に褒められるのを待っている子どもみたいだ。
「うん、偉い偉い」
そう言いながら、つい笑ってしまうと聖花ちゃんは目を丸くして、それから不満げに唇を尖らせた。
「あたしのこと、子ども扱いしてない?」
「気のせいだと思うよ」
軽口を叩きながら私も席に戻り、カバンを手に取る。
…あれ?持ってきた時より軽い?
いやでも、何もカバンから出してないし気のせいかな。
不思議に思いながらもカバンを開けて。
「…え」
そのまま私は固まってしまった。
カバンの中には教科書やノートの代わりに何故か高級そうなチョコの小袋が中身入りのまま敷き詰められていた。
えっと…これは嫌がらせ?それともご褒美?
このチョコ食べていいの?
どちらとも付かないそれにどうすべきかと悩んでいると、どこからかクスクス笑う声が聞こえた。
顔を上げると、いつも一際高い声で話している女子のグループがチラチラと私を見て笑っている。
…奴らか。なんともわかりやすい犯人だこと。
だが残念。小学生の頃から友人にイタズラを仕掛けられ、ここに入学してからは妙な疎外感と地味な嫌がらせを受けてきた私はこれっぽっちで動揺するほどヤワじゃない。
チョコは美味しくいただくし、ノートや教科書も見つけてみせる。
だってノートはともかく、教科書はめちゃくちゃ高いのだ。あんなものを二冊も三冊もポンポンと買えるほど私の家はお金持ちじゃない。
「日高さん、どうしたのー?」
「何か探しものー?」
クラスメイトたちが意識して出したとしか思えない、鳥肌が立つような猫なで声で話しかけてきては大笑いする。
…いや、いくらヤワじゃないとは言っても、アレに何か言い返すのはちょっとハードルが高いかもしれない。あくまで動揺はしないだけだ、うん。
この世で女子の群れほど恐いものはないし。
黙り込むとクラスメイトたちは気を良くしたようで、さらにクスクス笑いはヒートアップしていく。
ああ、もう。本当このお金持ちたち嫌い。
イライラが募り、拳を握りしめた。
ストレスで禿げたらお前らのせいだからな!
「…ちょっとね。知りませんか?」
絞り出した声はいつもより低い。
「えー?あんたの教科書なんて知らないわよ」
「なんで私たちに聞きますの?」
いや、絶対お前らの仕業だろ⁈鎌かければすぐに引っかかるくせに!
思わず彼女たちを睨みつけそうになった。が、思いとどまり大きく深呼吸する。
あ、危ない危ない。
彼女たちに反抗的だと思われる態度でも取ってみろ。敵意ありと見なされて嫌がらせで殺される…なんて、どこの戦時中の軍隊だ!
サッと辺りを見回すと、誰もが視線をそらすかクスクス忍び笑いを漏らすだけ。私の味方になってくれる人なんていない。
仕方ない、今回だけは教科書ノートなしで授業を受けるか…。なくなったものを探すのは昼休みになってからにしよう。
嫌がらせの主犯であろうクラスメイトたちへの怒りをグッと押さえ込んで、ため息として吐き出した時。
「そらちゃん、教科書取られたの?」
クラスの嫌な雰囲気を一変させるような厳しい声が教室に響いた。