久遠 灯
「こんにちは、直井文頼さん。お礼を言いに来たわ」
あのデパートのテロ事件から数日後。大学の入学式をすぐそこに控えていた俺は、別にたいした用事もなかったために、我が城(自宅)でゴロゴロと漫画を読んでいた。
うっはこの主人公の魔法チートマジ強ぇ、俺もやってみようとか考えていると、不意に玄関のチャイムが鳴らされた。
確か、アマ○ンで漫画買ったっけなと身を起こして玄関のドアを開けたのだが、そこにいたのは先日と変わらず制服を身に纏った少女だった
何でこいつここにいんの?
「あら? 何よ、その『何でこいつここにいんの?』みたいな顔は」
ピシャリ、と俺の考えていたことを読まれてしまった。
アニメとか漫画で読心術なんかよく見るが、この少女もその類いなのだろうか。
「……まぁいいわ」
何がいいのだろうか
「とりあえず、外で立ち話というのも疲れるわ。中にはいってもいいかしら?」
「え? あ、ああ。どう……いやちょっと待て」
「……チッ」
「何故舌打ちっ!?」
ナチュラルに不法侵入を成そうとする少女を慌てて止めると、何故か少女は顔を背けて小さく舌打ちをした。
いや、聞こえてるからね?
「私は家主の許可を取って入ろうとしたのよ? なら、不法、ではないわ」
「屁理屈言うな。そもそも、何の用があって何故ここに来た。俺の知り合いに、リアル女子高生なんていねぇぞ」
実際には、あのデパートの事件の時に俺と一緒に人質にされていた少女であるというのは分かる。が、その少女が何故俺を訪ねてくるのか全く分からん。
俺がテロリストとの戦闘(とは言えないものであったが)に入ったのは少女を含めた人質を眠らせたそのあとだ。だから、俺が直接的に事件解決に関わったことは知らないはずなんだが……
……これは、催眠とか使って事情を聞き出した方がいいか?
「その必要はないわよ。元々、その説明もするつもりだしね。あと、その少女という呼び方を止めてもらえないかしら? 私の名前は久遠 灯よ。魔法使いさん?」
「なっ!? お、お前……!!」
久遠、と名乗った少女の思わぬカミングアウトに、一瞬呼吸を忘れてしまった。
嫌な汗が背中を伝う。
「お前、じゃなくて名前で呼んでほしいのだけれど。できれば『灯』で」
「……入ってこい。いろいろと、聞きたいことがあるからな」
「ええ、お邪魔するわ。私も、いろいろ聞きたいから」
聞きたいことは山のようにあるが、話が長くなりそうなため、来客用の座布団だして待ってもらい、俺は二人分の飲み物を出すため、キッチンへ向かう。
烏龍茶しかないからこれでいいか
「……意外だったわ」
「あ? 何がだ?」
「いえ、もっとこう……力づくで聞き出そうとするのかと思っていたから」
よかったわ、と心底安堵する少女ーー久遠に、俺は思わずため息をついた。
いや、でもまぁそう考えるのが普通か。
俺だって余裕がなければ、重大な秘密を知っているかもしれないこの娘に何をしているかわからないからな。
「あら、ナニをしてくれてもいいのよ?」
「ブッ!?」
久遠の発言に、思わず飲みかけていた烏龍茶を吹き出してしまう。吹き出す直前に顔を背けたために久遠にはかからなかったことは幸いか。
ただ、この娘、トンでもない発言をしやがる。
ゴホゴホッ、と気管に入った烏龍茶でむせながら久遠を睨み付ける。が、久遠の方は知らん顔して烏龍茶を飲んでいる。その姿が妙に絵になっているため尚更腹立たしい
「あら、灯、と呼んでくれてもいいのよ?」
「……何故ほとんど初対面の少女を気安く名前呼びしなきゃならん」
烏龍茶の処理をしながらそう答えた。
幸い、カーペット類などの敷物はなかったため、被害は小さい。
そのことに安堵しながら、俺は久遠へ視線を向けた。
「……それもそうね。なら自己紹介でもしましょうか。私は久遠 灯。近くの国立異能者大学付属高校の二年生よ。スリーサイズは上からーー」
「おいコラ。そこまで聞いてねぇよ」
「ーー84 56 80 よ」
「聞いてねぇって言ったよな!?」
恥ずかしがることもせずに言い切った久遠に思わずツッコんでしまう。
あぁくそっ、一瞬でも久遠の体に視線がいってしまった自分が嫌になる
「もっと見てくれてもいいのだけれど?」
「……遠慮しておく」
「なるほど、脈あり、と」
「そんなことより!! 国立異能者大学付属高校だと?」
後半のスリーサイズの印象が強すぎて、流しそうになった重要そうなワードだ。
確か、この東京に一校。全国に合わせて十校存在する異能者の少年少女が通う高校だったはずだ。
俺のいた田舎にはなかったためよく知らなかったのだが、ここら辺に住んでいる人たちが知っている程度の情報はネットなんかで調べて知っている。
「てことは、お前も異能者なのか?」
「ええ、そうよ。ただ、私のは戦闘向けじゃないから、あの時は何もできなかったのだけれど。でも、あなたという存在のことを知ることができたわ」
全く表情を変えずにそう言った久遠は、烏龍茶の残りを飲み干した。
こいつの能力……ってのはまぁ、だいたいは予測がついている。
もっとも、あれだけ使っといて分からないほど俺は間抜けじゃない。
「なるほど。読心術ってのが能力なわけだ」
「付け加えればランクA評価よ。あのとき、あなたの考えてたことが手に取るように分かったわ。なかなか、面白いことを考えてたから興味津々なの」
そう言って、少しばかり笑って見せた久遠 灯であった