09 ガイの過去 巻之一
俺は、山奥の”忍びの里”と呼ばれる地方で生まれた。
俗に言う、”忍者”ってやつだ。
「違うっ! もっと腰を入れて振らんか!!」
「はい、父上!」
「今度は足が止まっておる! 腰だけではなく足もだ!!」
「はい、父上!」
「凱っ、腕の振りが遅いぞっ!!……今日はもう止めだ。全く、要領の悪い………………。」
「はい、ありがとうございました!」
そう。俺は小さい頃からこうやって、糞親父に鍛えられてたんだよな。刀の振り方一つだけで、こんなにも繰り返しやってたっけな。
何度やっても怒られた。んで、その度にため息つかれてブツクサ言われたもんだ。
唯認められたくて、必死にやっても、結局一喝された。
「お疲れ様でございます、若。」
「ゴエモン……僕、ダメだよ。何回やっても、父上に叱られちゃう…………僕、才能ないのかなぁ?」
「そんなことはございませんよ。……こっそりお教え致しますが、この間の会同で……。」
『次世代の子供たちは、次々と力をつけて来ております。特に成長著しいのは、御屋形様の一人息子のガイ様。日一日とその力を上達させてございまする。』
『当たり前だ。儂の息子だぞ。』
「……と申しておりまして。その時の御屋形様の顔が、ほころんでおりましたよ。」
「本当~? 嬉しいな!!」
「はい。ですから、若はちゃぁんと、才がお有りなんですよ?」
俺が小さい頃からずっと面倒見てきてくれたゴエモン。いつも俺に優しくしてくれて、年の離れた兄貴みたいだった。
いつでも俺には笑顔で、親父が教えてくれないことも全部教えてくれた。
「よぉーし、元気出てきた! 母上のところ行って来るねー!」
「あ、そんなに走ると転びますよ!?」
そして、何よりも幼かった当時の俺の何よりの支えであり、楽しみ。
それが、お袋と会話する時間だった。
「母上~、母上~!!」
「あら、凱! 今日もお稽古頑張ってたのね。母はしっかり見ていましたよ。」
「うん! あのね、ゴエモンからさっき聞いたんだ。僕の事、父上がかいどーで褒めてくれたんだって!!」
「そう、良かったわね凱。……今日は体の調子が良いから、手鞠をして遊びましょうか?」
「本当? 良いの? やったぁ! 母上と手鞠だぁ~!!」
お袋は生まれつき体が弱かった。月に何度か寝込んだりしてな。
それでも調子の良い日は、俺と遊んでくれて、俺が遊びつかれたら一緒に昼寝してくれて………………。
あの頃は、多分一番幸せだったな。
今みたいに自由があるわけじゃないけど、大切なものは全部揃ってた。
俺の故郷は、学校って制度がなかった。だから、基本的な読み書きは全部ゴエモンが教えてくれてたんだ。
「若、次は算術の時間ですよ。若は苦手かもしれませんが、頑張って下さいね?」
「zzz~………zzz………ふぇ?」
「…………わ~か~………………起きなさい!!」
座学で寝っぱなしの時だけは、ゴエモンが本気で怒るんだよなぁ。
んで、そっから説教タイムが始まるんだ。
「……良いですか若! そもそも、算術とはとても大事なものなのですよ!? 数が数えられなければ、世の中で生きていけません!! それに、若。これからあなたはお友達がたくさんできます。何人できたか知りたくないですか?」
「うん、知りたい。」
「そうでしょう。そして何人できたか奥様に教えてあげたら、きっとお喜びになりますよ?」
「本当!? 僕、頑張ってみる!!」
「ええ、その意気です。では、この問題を解いてみて下さい?」
「えぇ~………………。」
ゴエモンの話は、最終的には俺にうまく結びつけて話を結論に持っていってた。頭が良いんだろうな、やっぱ。
俺もついつい乗せられてたとこあったもんな。
「はい、正解です。よくできましたね若。……はい、頑張った人にはご褒美ですよ。ゴエモン特製、水羊羹です。」
「わ~、ゴエモンのおやつ美味しいから僕大好き!!」
「柔らかくても、ちゃんとよく噛んで、ゆっくり食べて下さいね?」
ゴエモンは、料理とか家事は全部こなしてた。途中から俺も手伝うようになってな、お陰で俺も結構、主夫力高くなっちまったよ。
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「若、今日は晴れ舞台ですね。」
「母も応援していますからね、頑張るのですよ。」
その日は、忍びの技量を同年代で競い合う披露会だった。
俺は、お袋とゴエモンに良いとこ見せたくて、何より親父に褒めてもらいたくて、それは必死に演目をこなした。
その甲斐あってか、俺は同年代の部で優勝した。
嬉しかった。ただ純粋に嬉しかったよ。
お袋も満面の笑みだったし、ゴエモンに至っては泣き出してな。当時は面食らったもんだったよ。
周りからもすごく褒められた。
同年代からも持て囃されてな。
でも、親父は表情一つ変えることなく、俺が優勝を決めた瞬間には、どこかへいなくなっていた。
「きっと、御屋形様もお喜びですよ!」
「ええ、お仕事が忙しいだけよ。お父上はちゃんと最後まで見ていたわ。」
二人は必死に俺をフォローしてくれてたけど、俺はどこか空しかった。
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「凱、脇をもっと締めろ。隙だらけだぞ!!」
「はい、父上っ!!」
「違うっ!! 何だそれは? バタバタと足音を立てて、みっともない!! 足の運びが悪いからだ、凱っ!!」
「はい、父上っ!!」
「あの程度の披露会で優勝して気が抜けたか? いつまでも図に乗りおって、だからお前は何時まで経っても成長せんのだ!!」
「すみません、父上……。」
「馬鹿者!! 謝る暇があるならもっと修練を積めぃ!!」
俺が少しずつ成長するにつれて、親父は益々厳しさを増していった。
それでも俺は諦めなかった。
その頃くらいから俺は、親父に褒められたいんじゃなくて、親父を見返してやりたいって気持ちに変わり始めていた。
「うおおっ!!」
「む……やるな凱。儂の負けだ…………強くなったな。」
やった。やっと一本取れた。
あの時の俺は、もの凄い達成感だった気がする。
でもそれも束の間で、そこから今度は忍術の修行が始まった。
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「父上、ここは……?」
「良いか、この湖を、服を一切濡らさず走って渡り切るのだ!!」
「そ、そんな事できません!」
「馬鹿者、やる前から怖気づいてどうする!?」
親父は、俺の目の前ですばやく、水しぶき一つ立てずに湖を走り回って見せた。
「さぁ、やってみせい!!」
「うおおおっ!!」
俺は見よう見まねで走り始めたが、直ぐに落ちて溺れる。
「馬鹿者がぁ!! お前は修行で何を学んでおったのだ!? そこでしばらく頭を冷やしておれぃ!!」
あろうことか親父は、水で溺れかかっている息子を置き去りにして帰っちまいやがった。
その後、心配で見に来たゴエモンに助けられるまで、俺は溺れっぱなしだった。
その後も、燃え盛る火の中で黙って耐え続ける修行や、避雷針をつけて落雷に絶える訓練、森で一番高い木の上に登って風の流れを読む修行とかしたが、どれをやっても上手くいかないし死にかける日々が続いた。
あまりの惨状に溜まりかねたゴエモンが一度直訴したことがある。
「御屋形様、些か厳しすぎます!! このままでは、若が死んでしまわれる!!」
「五右衛門よ、貴様何時から儂に意見するようになった!?」
「無礼は百も承知。しかしながら、何卒御一考をば!!」
「我が子と云えど容赦はせぬ。奴の為ならば、よ。」
「しかし!!」
「くどいぞ!!………………時に五右衛門よ、お主最近、座学の時間を減らしていると耳にしたが、真か?」
「く………………仰る通りに御座いますれば。」
「甘い。まずはお主の甘さを改めよ。さすれば先の話、聞かぬことも無い。良いな!?」
こうやってゴエモンは事ある毎にかばってくれたが、親父は決して譲らなかった。
それどころか、座学の時間にこっそり監視役まで付けてくる始末だ。
だからこそ、あんなことがあった。
「五右衛門!! 五右衛門はおるか!!」
「は、ここに。」
「この、大馬鹿者が!!!」
この時ゴエモンは、自分の座学の時間を利用して俺を休ませていたことがバレて、親父にボコボコに殴られていた。
唯の一度も反撃せず、防ぐことも、避けることもしないで。
ずっと、親父の拳と罵声を一身に浴びていた。
今でも忘れない。
俺はこの日、何故か昼からずっと自習をしていろと言われ、夕方になっても戻らないゴエモンを探しに、屋敷中を駆け回った。
「!?……ゴエモン!!」
「あ、若。見られへひまいまひたか……。」
どうやらゴエモンは、文字通り面の形が変わるまで殴り続けられたらしく、俺が見つけたときは顔中たんこぶだらけで、まともに発音できる状態じゃなかった。
「ゴエモンっ、ごめんね! ごめんね、ごめんね!!」
俺は泣きながら謝り倒したよ。
だってそうだろ?
幾らガキでも、自分のせいでそうなったって、わかっちまうよ。
でも、それでもゴエモンは、決して親父の悪口は言わないどころか、頭を撫でながらこう言ってくれたんだ。
「若、こんにゃわらひに涙を流して……泣かにゃいでくらひゃい。奥様に似て、お優しく育ってくれて、わらひはうれひいですよ。……でも今日はゆっくり休めましたでひょ?」
次の日から俺は、決して弱音を吐かなかった。
親父にぶん殴られ、罵倒されて、馬鹿だの阿呆だのと言われても、俺は決して諦めなかった。
その日に言われてできなかった修行は、晩飯を食った後にこっそり修行場へ行って、できるまで繰り返した。
もうゴエモンは殴らせねぇ。その一心でな。
そんな事を繰り返してたからだろうな。
同年代の友達は、次第に俺から離れていった。
遊びに行こうと誘われても、俺は修行があると言って断り続け、何時しか俺は同年代の誰からも相手にされなくなっちまった。
寂しい気持ちは確かにあった。でも構わなかった。だってよ、実質ゴエモンが俺の兄貴でもあり、親にも似た感情があったからな。
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そんな日々を送っていた時、俺と親父にとっての決定的な出来事が起こった。
それは、俺が一人で修行をしていた時だった。
「若、大変です!!」
「ゴエモン? どうしたの?」
「奥様の容態が急変しました!!」
俺はゴエモンと共に急いでお袋の元に駆けつけた。
「母上っ!!」
「ああ、凱。………………こっちに来て、よく顔を見せて頂戴?」
「はい、僕はここにいます! だから母上、元気になって!!」
「凱、母はもう長くありません………………だから、よく聞いて?」
「嫌だ! 母上は死なない!! 絶対死なない!!」
「黙りなさい!!」
それが、俺がお袋に怒鳴られた、最初で最後だ。
「凱。お父上は、あなたが寝た後、いつもあなたの話をしに来るの。あなたの様子を全部私に教えに来てくれるのよ。………………決して笑ったりしないけど、一言話すたびに頷いて、真剣に私に教えてくれたわ。………………だから凱。決してお父上を、嫌いに、ならないで、……ね………………凱、愛しているわ……。」
「!?………………母上?……………………うわあああああ!!」
その後、俺は泣きながらお袋と決別した。
あの糞親父は、全部終わった後でひょっこり現れやがった。
「父上、一体何をしておられたのですか!?」
「何を、だと? お役目に決まっておろうが!!」
「………………父上は、母上よりもお役目の方が大事なのですか?」
「何だと……? もう一度申してみよ!?」
「あなたは、母上よりお役目が大事なのかと聞いたんです!!」
「よくぞ抜かした………………そこに直れぃ!! この無礼者が、今すぐ斬り捨てて、お前を母の元に送ってくれる!!!」
「おやめ下さい御屋形様!!」
「まずいぞ、止めろ!!」
「御屋形様がご乱心召されたぞ!!」
俺は、親父にぶった切られる覚悟で言った。
だってよ、お袋が可哀相じゃねぇか。最期の最期まで親父を信じきって死んでいったんだぞ!?
「ええい、離せ! 離さぬかぁ!!」
取り巻きが総出で押さえに掛かっている。
そのまま押さえを離れた親父に切り殺されても構わない。
だがそこで、みんながみんな親父を止めにいく中、俺に向かって一歩進み出てきた奴がいた。
ゴエモンだった。
「若、あなたは今、仰ってはならないことを仰いました。訂正してください。そうすれば、御屋形様も若を殺しはなさらないでしょう。」
正直ショックだったね。ああ、俺には誰も味方はいねぇんだって思ったよ。
だからだろうな。元々嫌気差してたのもあったし、あんな言葉が出てきたんだろうな。
「父上……僕はこの家を出て行きます。」
「何!? どういうつもりだ!?」
「母上は最期まであなたを信じきっていました。それなのに、あなたは、僕の言葉に対して簡単に”母の元に送ってくれる”とまで言ってのけた。……それに、この家には僕の味方は、誰もいませんから。」
「………………いいだろう、出て行け。さっさと出て行けぇ!! 二度とこの家の敷居を跨ぐなぁ!!!」
こうして、俺は家を飛び出したのさ。
この時まだ、たったの9歳だったよ。
To be continued……