08 ガイの厄日
「はぁ~……ったく散々な一日だったぜ。」
ヴァンパイアを倒した。村人も助けた。何だかんだでキャロアも無事。そこまでは良い。
ライカのご両親と面識をゲットし、ライカに胸に飛び込んでもらった。これはかなり良い。
問題はその後だ。
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「おい、キャロア。起きろ。もうとっくにトロアの町に着いてるぞ?」
「う~ん………後5分~……。」
「起きろってば、キャロア!」
コイツ、熟睡しすぎだぞ?
よく見ず知らずの場所でここまで眠れるもんだ。
「ガイさん、仕方がないからこのまま私の家に連れて行きましょう? 起きたらこの娘には私から説明しておきますから。」
まぁ、ライカがそう言うならそれでも構わないけどよ……。
何となく、俺の知り合いが俺の彼女……じゃなくて、彼女候補の家に寝たまんまお邪魔すんのは悪ぃ気がすんな。
「何か悪いね。面倒かけるよ。」
「ふふ、良いんですよ。ガイさんと一緒よりも安全ですから。」
ふ、冗談かマジかわからんような返しは困るぜマイハニー。
「それでガイさん、手伝ってもらって良いですか?」
「へ? ああ、俺が手伝えることなら手伝うよ?」
「それじゃあ、私の部屋までキャロアちゃんを運んでください。」
ああ、そう言う事ね。確かに、女の力じゃ小さいナリとはいえ人一人運ぶのはちっと厳しいかもな。
よっしゃ、男を見せるとしますかね!
…………んっ? ということは、俺はライカの部屋に行けるって事か!?
「お安い御用だぜ、ライカ! 今後も力仕事はどんどん頼ってくれ。家具を部屋に運ぶとか、家電を部屋に運ぶとか、大きい荷物を部屋に入れるとかよ!」
「ふふ、頼もしいんですね。下心丸見えですけど。……多分、ガイさんが期待してることはありませんよ?」
ありゃあ、あからさま過ぎたかな?
ま、良いか。とにかくこれでライカの家に入る口実ができたんだし♪
キャロアよ、グッジョブだぜ!
「よっ、と………………それで、ライカの家は近いのかい?」
俺はキャロアの体を背負う。家が結構遠めだったら、お姫様抱っこじゃキツいからな。
あ、キャロアが重たいって意味じゃねぇぞ? 普通に無理だろ、普通に。
「はい、ギルド運営の女子寮に住んでますから。ここから歩いて5分くらいですよ。」
なんとぉぉ!? 女子寮ですってぇぇぇっ!?
ムフフ、ガイさん女の園は初・体・験~♪
皆の衆よ、羨ましいか? 羨ましかろう?
「それじゃあ、早速出発しようか~!!」
「女子寮と聞いて、随分元気になりましたねガイさん?……でも、ガイさんが期待してることは、本当にないと思いますよ?」
そう言ってライカは、よいしょとジローを抱き上げる。
そんな事は、行って見なきゃわかんねぇぜ?
ふっふっふ、ミッション番外編といこうじゃねぇか。
きっと、すんげぇ女の秘密が待ってるに違い無ぇ!!
俺はライカの後を付いて、喜び勇んで歩き始めた。
ま、とんだ期待外れだったんだがな。
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「着きましたよ。ここです。」
おおおっ!?
こ、この建物の中は女の子しかいねぇのかっ!?
ふ…………興奮すると鼻血が出たり鼻の下伸びたりする体質じゃなくて良かったぜ。
ミッションとは違う緊張感があるな……!
「ちょっと待っててくださいね。寮母さんに確認取ってきますから!」
ほう、寮母さんか。管理人みたいなもんか?
まさか、寮母さんもまた美人な人だったりしてな……駄目だぜ寮母さん。俺にはライカという心に決めた女がぁ~…………。
「ガイさん? 何が駄目なんですか?」
「ほぇあ!? ラ、ラ、ラ、ライカ? いるならいるって言ってくれよ~。」
「さっきから呼んでましたよ? それより、寮母さんに確認取ったら、直接会って何もしないかどうか確かめるって言ってたので……あ、来ましたよ?」
マジか。マジでか。やっべぇ緊張してきた!
美人にご足労いただくのは俺の美学に反するのだがな。まぁ良い。しなしなと歩く美人も悪く……な………い………?
「カトリーヌさん。こちらが、さっき話した男の人です。ガイさんって言って、Aランクの凄腕のハンターさんなんですよ?」
そこに現れたのは、人ではなかった。
俺の倍位はありそうな身長、堀の深いエキセントリックな女離れした風貌、女子のウエストくらいありそうな逞しい二頭筋、日焼けサロンにでも行ったかのような色黒の肌、金髪をお団子状に結んだ頂点には、バーベキューでよく使う鋼鉄の串が刺さっていた。
しかも、今カトリーヌっつったか、ライカよ?
俺の記憶が確かなら、コイツは………………。
「おや、あんただったのかいガイ? うちのライカに手を出すなんて、良い度胸してるじゃないか?」
「カトリーヌ=フランソワ!? 何であんたがここにいんだよ!?」
「何でも何も、ライカが言ってたろ。アタイがここの寮母さ。」
なんてこった。俺の野望はもろくも崩れ去った。
カトリーヌ=フランソワ。知る人ぞ知るAランクハンター。
その卓越した、というかずば抜けた怪力であらゆる魔物を討伐しまくり、『ハリケーン・カトリーヌ』『骸王』『人型決戦兵器』などの物騒な通り名を幾つも持っている。そのあまりの破壊力に、ミッションが終わるたびに何かしら余計なものまでぶっ壊してたから、ランクが伸びずに引退したって話を聞いてたが…………。
「あら? お知り合いだったんですか?」
「ああ……一時組んで旅してたんだよ。討伐ミッション数稼ぎたくてな。」
「アタイも宝が欲しくてねぇ。コイツは手先が器用だからさ、討伐ミッションの時にはあっちこっちに罠仕掛けたり、宝箱の解錠やらせたら早いの何のって……懐かしいねェ~!」
昔と変わらず、ガッハッハと野太い声で笑いやがる。うるせぇったらねぇ。
チッ、この筋肉ババアが寮母だってんなら、多分ここで門前払いだな。
「…………でさ、俺はライカの部屋に、この娘を運びに来たんだけど……入れっかな?」
「あぁん? オマエ、ここがどこだか分かって言ってんのかよォ!?」
おお……マジで女かコイツ?
どんだけドス効いてんだよ。
でもよ、俺もここまで来てタダで帰れねぇよ。今回のミッションは赤字出してんだからな、せめてこういう所で黒字取りてぇよ。
「分かってるよ。変な真似は絶対しねぇからさ、頼むよ!」
「どの口が言ってんだ、このエロガキが!!………………と言いたいところだが、昔のよしみだ、特別に許可してやろう。ライカの顔もあるしな。」
おおっ、昔より話が分かるじゃねぇかババア!
持つべきものは、戦友って奴だねぇ。
「但し、アタイも同行させてもらう。文句は無しだ。良いな?」
「ありがとう、カトリーヌさん!」
ライカが喜んでるし、まぁ良いか。
それにしても……見透かされてやがったか。
だがよ、せめて女子寮の空気はガンガン深呼吸させてもらうぜぇ?
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寮は三階建てで、内装は白を基調にしてるらしい。
ライカの部屋は、310号室で、三階の一番端だ。
不思議に思ったのが、ここの寮はなんとペット可で、ルームシェアも可能だって事だ。
ババア曰く、
『最近は物騒だからねェ。ギルド職員以外にも寮の部屋を貸し与えてるのさ。女の子ってのは中々肩身が狭いだろ? アタイが全部話つけてやったのさ!』
………………だそうだ。
話をつけるってのは、決して相手を脅して首を縦に振らせる行為ではないと思うが、多分あのハリケーンのした行為はそういう類のものだろ。
だがまぁ、やり方はともかく言ってる事は正しい。コイツのお陰で助かってる娘もたくさんいるんだろう。
正直なところ、このババアの腕っ節と面倒見の良さは信頼できる。
俺は御免被るがな。
「ガイさん、着きましたよ!」
もう着いてしまった。
正直時間が時間だから、パジャマ姿で出歩く女子を期待したが、逆に時間が時間だからこそそんな事は起きないんだな。
まぁ、辺りに漂う、あの女の子独特の良い香りは堪能してるがな?
「それじゃ、失礼して………………。」
「待ちなガイ。あんたはここまでだ。後はアタイが運ぶ。」
そう言うなり、ひょいっと背中のキャロアを持ち上げる。
くく…流石は人型決戦兵器。強盗が人質持ち上げてるみてぇだ。
「今あんた、変なこと思わなかったかい?」
「いんや、全然~?」
昔からこういう時だけ”女”の勘が働くらしい。普段は”野性”の勘なんだろうが。
そうして豪傑寮母はライカの部屋に入っていった。
「ガイさん、本当にありがとうございました。」
「いやいや、気にしないでくれよ。何かあれば直ぐに言ってくれ?」
「あの……予定が決まったら、お知らせしますから?」
「お?……ああ、待ってるよ!」
おお、例のデートの約束だな?
俺はいつだって君のためなら暇になるぜ?
「ハァ、ライカもとんでもない男に惚れちまったもんだね? やめとけやめとけ。あんたは美人で性格も良いんだから、もっと良い男がたくさんいるよ!」
キャロアを運び終わったらしく、破壊兵器が戻ってきやがった。
折角のライカとの癒しトークを邪魔すんなよ。
「ちょ、惚れたなんて……カトリーヌさんったら!!」
おお、ライカよ。そんなに慌てるとは何事だ?
良いぞカトリーヌ、もっとやれ。
「さて、これであんたの用事は終了だな、ガイ?……オラ、用事が済んだら帰るんだよ!」
コイツはいきなり俺のズボンのベルトを掴んで、そのまま一瞬宙に浮かした後、俺の腰をガッチリ小脇に抱えやがった。
これじゃガキのお尻ぺんぺんの格好じゃねぇか!!
「どわ!? 何しやがんだ!! 離せよ筋肉ババア!!」
「相変わらず口の利き方が悪いガキだね。小僧にはこれで十分さ。おとなしくしな!!」
そのままズシンズシンと歩き始める兵器。
「ライカ~、またな~………………。」
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んで、結局俺は大して女子寮を覗くこともできず、ハリケーンに放り出され、オマケに5万クレジットもの赤字を出して終了しましたよ、と。
………………そういやジローってオスじゃね?
んだよ、アイツが一番役得じゃねぇか!
「酒場で一杯引っ掛けるかな~……いや、やっぱ今日はおとなしく寝よう。」
色々あって疲れちまった。
ゆっくり眠って、また明日だな。
小腹が空いたな。
何か適当に食い物買って帰るか。
「…………ん?」
俺はハンター用の24時間営業してる小さな何でも屋みたいな店、”キャスケットストア”に行こうと思い、マジックテープで止まってる腿のポケットからライセンスを取り出そうとして、そこに異物感を感じた。
俺はいつもそのポケットには何も入れない。ライセンス以外はな。
だっていうのに、そこには何か入っていやがる。
俺に気付かせずに、しかもベリベリと音の出るマジックテープがあるポケットに、だ。
………………こんな真似できんのは、あのババアしかいねぇよな。
引退してもまだまだ現役ってワケだ。
「?……何だこりゃ?」
取り出してみたそれは、便箋だった。
どうやら手紙らしい。まさかババアからのラブレター……な訳ねぇか。
俺は糊付けを剥がし、中身を取り出し広げた。
中身は二枚。まず厚手のものを広げる。
『ガイへ。この手紙がいつか何かの形であんたの手に渡れば良いと思い、筆を執らせてもらったよ。
まずは、Aランクハンター昇格おめでとう。あんたもこれで腕利きの一員になったんだね。そしてアタイと肩を並べちまったワケだ。
さて、話ってのは他でもない。あんたの実家の話さ。
あんた、ワケ有りだとは知ってたけど、まさかその年で勘当されてたなんて思わなかったよ。あんたはまだ駆け出しの頃、誰にも従わずに、一切口も利かない上によく喧嘩ばっかりする悪ガキだったけど、今思えばそれはあんたの必死さ故だったんだろうね。でもね、風の噂で耳にしたんだが、どうもあんたの親父さん、もう長くないらしいじゃないか。もしこの手紙を読んでいるなら、一度帰ってみたらどうだい? 時間も経ってるし、あんただってそれなりに成長したんだ。昔みたいにはならない筈さ。考えてみても良いんじゃないのかい?
最後にひとつ。迷ったときは、その場の感情で判断するんじゃない。必ず落ち着いて考えるんだ。そうすりゃ、あんたはどんな事だって乗り越えられるさ。
じゃあ、達者でな。
追伸
アタイは今はトロアの町にあるギルド運営の女子寮で寮母をやっている。困ったときは尋ねに来い。飯と話ぐらいは聞いてやる。------------------カトリーヌ=フランソワ。』
……ふん、ババアめ。
昔っから、いつもいつも人の世話焼きやがって。
チッ、これだから苦手なんだ。あのババアは。
ありがとうよ、婆さん。
「……さて、お次は………………あん? 筆文字だと?」
こんな時代錯誤な手紙……コイツがきっとババアの本命だな?
俺は、二枚目の手紙を開いた。ペラッペラの高級紙だ。
『忍足 凱 殿
拝啓
突然の直文、失礼致します。
若のご活躍、この山奥にまでも聞き及んでございます。
この度は、火急の用件が有り、若に一筆書かせて頂いた次第。
早急に、御屋形様の元へお戻り下され。
御屋形様は病に倒れられ、余命幾許、そのお命は今日とも明日とも知れぬ身。
お世継ぎは、若君だけです。
どうか、取り急ぎ御戻り下され。
では、お体にお気をつけて。
敬具------------------------------神楽 五右衛門。』
「ゴエモン……法螺ってわけじゃ、ねぇみてぇだな………………。」
実家か。久しく帰ってねぇな……。
ま、勘当されちったから、帰る気なかったんだけどさ。
「…………へっ、知ったことかよ。ザマぁ無ぇな、糞親父め。」
ふん、白けちまった。
やっぱホテルに帰って寝ちまおう。
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ホテルについて直ぐに、土砂降りの雨が降り出した。
俺はシャワーで汗を流して、あがって直ぐにベッドに横になる。
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………………
………
寝付けねぇ。
あの手紙のせいか。
俺は、部屋の冷蔵庫から酒を出して、それを煽る。
二杯、三杯と酌を進めるが、一向に酔う気配がない。
夜に降る土砂降り。やがてそこに雷も鳴り始める。
ヴァンパイアの一件、懐かしい人との再会、突然きた手紙に、止めとばかりにこの天気か。
チッ、今日はこりゃ厄日だな。
嫌でも思い出すじゃねぇか。
ガキの頃、辛かった頃をな………………。
To be continued……
第一章 完