06 眠りの村・中編
「(チッ、どうなってやがる………………?)」
俺は今、屍人の群れに囲まれていた。ご丁寧に、御一行全員バラバラに分断されてな。
古城へ向かう森に入ると、直ぐに迷路みてえに変わっちまってな。その時に出てきた壁に分断されて、このザマだ。
中々に苛立たせるアトラクションを用意してくれたもんだよ。
「クソッ、キリがねぇやな……おっと!……はっ!……セヤッ!」
こいつら自体は鈍重だし、攻撃行為全てが弱点と言えるから大したことはないんだが、いかんせん数が多すぎる。面倒だな。
切っても切っても再生しやがって。一発ですっ飛ばす方法は何か無いか!?
幸いというか何というか、古城の位置は見えてるから、そこに向かって進めばいいだけなんだが……あとちょっとって所でこのゾンビどもが邪魔して先に進めねぇ。
迂回うかいしようにも壁の所為で無理。ってか、さんざ歩き回ったから何となくわかるが、多分こいつらが塞いでるこの通路を通らないと古城には辿り着けんわ。
「(落ち着け。要はこいつらを倒すんじゃなくて、ここを通り抜けさえすれば良いワケだ。)」
このゾンビ通路に辿り着くまで大体5分、こいつらの相手をしてる段階でもうプラス5分。
計10分かよ。痛いロスだな。
それにしても、あのデカ犬は良いとして、キャロアは無事なんだろうな?
「どわ!? っち、考える暇も無しかよ!?」
俺は掴みかかろうとしてきたグールをいなし、ミドルキックで吹き飛ばす。
あいつらは弱いが、あの噛み付きだけはアウトだ。あっという間にあいつらの仲間入りだからな。
俺は手持ちの道具を確認する。
短刀、手裏剣、爆弾、煙幕、閃光弾、針金、ロープ、水に携帯食料、あとは照明くらいか。
「(我ながらろくなもん無いな!! ま、いつもの道具持ってきてるだけマシか……んっ?)」
おっとぉ、閃いたぜ?
ちょっくら、いや滅茶苦茶危険な賭けだがよ?
まずは、ひとつ前の袋小路までおびき寄せるとしますか。こんな通路の真ん中でやったら、俺まで巻き添えくらっちまう。
「オラオラ、ゾンビども! いつまでもノロノロしてねぇで、とっとと俺を捕まえてみやがれ!!」
俺はわざとゾンビどもの近くを挑発しながら行ったり来たりする。
俺の言葉はわかるらしく、さっきまでやる気の無かった動作が力強くなり始めてきた。
「ホラホラ、こっちだぜ!!」
良いぜぇ。みんなこっちに来やがった………………あれ?
ちょちょちょちょ、他の通路からも集まってきやがった!?
「あらぁ~、マズったかなぁ………………?」
これだけの数となれば、そもそもこの作戦でうまくいく可能性が低くなるし、何より袋小路におびき寄せたあと、俺の逃げる隙間がない。
そんな俺の思考なんて知るはずもなく、グールたちは徐々に殺到し始める。
俺は既に袋小路の中だ。
「(やるしか、ねぇ………………やれるか? 出来るか、俺?)」
捕まって、噛み付かれたらアウト。即終了ってやつだ。
ヤバ、心臓バクついてきやがった………………。
『お前にはできん………………この未熟者が!!』
「………………っせぇよ………………。」
『いつまでも図に乗りおって、だからお前は何時まで経っても成長せんのだ!!』
「………………るせえっつてんだろ。」
『ふん、お前のやる気など一日坊主が良い所。三日坊主まで持った日には、真夏に雪が降ろうというもの。』
「うるせえっつってんだろうが!! やってやるよバカ野郎がぁ!!!」
俺はポーチから携帯食料を取り出し、その中に入っている圧縮袋に短刀で穴を開ける。
今まで高圧で押さえられていたものが一気に破裂し、袋の中身が飛び散り、辺り一面が若干だが白く染まる。
そのまま袋小路の行き止まりにピンを抜いた爆弾を置く。
「おおおおおおおっ!!!」
俺は壁をも利用して助走をつけ、一気にゾンビたちに向かって跳び上がった。
先頭のゾンビが伸ばしてきた手を踏み台に駆け上がり、頭上の俺を食べようと口を開けてる奴らの顔を足蹴にしながら、俺は袋小路からもと来た通路へ脱出した。
ダメ押しに、もう一つ爆弾を放り投げ、それから一目散に駆け抜ける。
ゾンビどもがいた通路までは、この角を曲がればゴールだ。
そして曲がった瞬間、
轟音と振動が訪れた。
「うわっち………………ギリギリセーフ、か?」
マジで間一髪。ズリズリと足を引きずる独特の足音がしないということは、恐らく奴らは全滅したんだろう。生き残っていたにしても、再生までかなり時間がかかるはずだ。
何かが焼け焦げた臭いがすっから、多分大丈夫だと思うが。
「粉塵連鎖爆発、か。こんなに威力があるなんて書いてなかったぞ、あの本?」
ふ、読書家の俺の知識が役立った………やっぱり本は大切だな。
あ? ネットにもそんな知識ならあるって?
野暮なこと言いっこなしだぜ?
追い詰められて、咄嗟に昔の嫌な事思い出しちまった。
いかんいかん、笑顔笑顔! 笑う門にはなんとやらって言うじゃねぇか!
「………………なんだよ。案外すぐ近くだったんじゃねぇか。」
通路を真っ直ぐに抜けると、そこはもう城の目の前だった。
後ろを振り返って見ると、
「うお!? 何かスゲェ迷路だったんだな………………。」
十中八九、魔力で作られたものなんだろうが、俺自身はたまたまそういうルートを通らなかっただけで、上へ下へと立体的に通路が広がっている。だがどういう訳か、迷路から城が見えてましたよ、と。
当然出口も複数箇所あるわけだが、変な高さに出口が付いてる部分がある。中途半端かと思えば、ものスゲェ高さの位置にあるものもある。
アレ、どうやって降りるんだ?
飛び降りられない高さじゃねぇが、何も考えないで降りたら怪我するよな?
そんな事を思いながら見ていると、
「あ、ハンターさーん! おーい!!」
キャロアがひょっこり出てきた。元気よく手を振ってるところ見ると、無事だったらしいな、良かったぁ。
俺も手を振り返しながら答える。
「おーい、そこ危ないから気をつけろよー!!」
「うん!…………とっとっと……………わ!」
「キャロア!!」
言わんこっちゃねぇ!! 全力ダッシュだ!!
畜生っ、間に合えぇぇ!!
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「? ここ、どこだっけ?」
いきなりせり出してきた壁に弾き飛ばされて、私はハンターさんと次郎四郎とはぐれてしまった。
壁をよじ登ろうとしたけど、何か天井?みたいなのが邪魔して無理みたい。
「はぁ、私迷路苦手なんだよなぁ~。」
でも、左手の法則だっけ? あれがあれば大丈夫だよね♪
「ふふん、確かぁ、こうやって親指を上に立ててぇ、人差し指を前に向けてぇ、中指を内側に向けるとぉ…………………………なんだっけ?」
あれ、違った? 確かにこれが左手の法則の筈なんだけど………………あれ? あれれ?
「分かった! きっとこれがコンパスみたいにクルクルって回ってぇ………………。」
回らない。もし回っちゃっても、手が取れ………………怖くなってきたから、やめた。普通に進も。
一人の時こそ、明るく行こう!
「~~~♪………………ほぇ?」
「…………………………。」
人の後ろ姿だ! これはラッキー、道を聞くチャンス!!
「あの、すみません。ここの出口知りませんか?」
『………ウマ………ソウダ………………。』
あれ? 今、魔物の声っぽいの聞こえたけど……もしかして………………。
「………………カァァ。」
腐った臭いのする息を吐きながら、グールがこっちを向いた。
ヤバいヤバい、殲滅しなきゃ!
「イヤーーーーッ!!」
私は咄嗟に、人差し指から無詠唱で魔法陣を作り出し、そこから火球を一発放った。
『グアァァァァ!』
魔物は一発で爆散した。
「ふふん、故郷ではね、魔女っ娘キャロアって呼ばれたこともあるのよ!!」
すいません、大嘘です………………。
でも私、魔力はかなり自信があるんだ。何てったって、私魔族だし!
あ、魔族っていうのはね、魔物とは違うんだよ? 生まれつき、魔力っていう力を持って生まれてくる人間は、みんな魔族なの。身体能力が高いとかもあるけど、個人差があるからそこまでじゃないし。見た目もね、人間と変わらないのよ?
私たちは、魔術っていうものを使えるのよ。ただの“人間”には使えないわ。
後は、魔族には家柄があって、代々使える特殊能力みたいなのがある家柄があるんだよ。
でも人間も、科学を発展させて“魔法”っていうのを作ったり、体内エネルギーを操る方法を知ってるんだって。
魔術は、体内エネルギーと空間エネルギーを魔法陣でブレンドして発生させるの。
体内エネルギーをチャクラ、空間エネルギーをエーテルっていうのよ。
「…………………………はぁ、はぁ~………………さっきから、何か坂を登って行ってる気がする………………。」
気のせいじゃない。
ここは只の林だったんだけど、変な迷路に作り替えたせいか、段々坂がきつくなってきた。
次郎四郎がいれば、私を乗せて登ってくれたのに。
「はぁ、はぁ………………それにしても。」
あのハンターさん、小さいのに凄く逞しかったな。全然弱そうに見えない。
同い年なのに、何か凄く頼れる感じがするな。何か自信たっぷりだけど、過信な感じしないし。
でも、何でだろう?
何かあの人、寂しそう。
頑張っても全然埋められない隙間を、埋めるのに必死な気がする………………。
「……いけない。私のキャラじゃないな、こんなの。」
おぉ、もうすぐ出口かな?
やっと外だよぉ。疲れたぁ~。
やっと外に出られた。
坂を登ってきた甲斐があって、ボロいお城も凄く立派に見える気がする!
あれ? ハンターさんだ。先に着いてたんだ、さっすが~!
「あ、ハンターさーん! おーい!!」
手を振ってみた。気づくかな?
「おーい、そこ危ないから気をつけろよー!!」
あ、気づいた気づいた。
ん? ああ、足元って事でしょ。わかってるよー。
「うん!…………とっとっと……………わ!」
あ、ヤバい。わかってたんだけど、坂道登って疲れてたから、足に力がはいらないや。
う~わ~、これは骨折するなぁ………痛いのヤダなぁ………。
「キャロア!!」
ハンターさんの声が聞こえるけど、怖くてそれどころじゃない。
私はもう諦めて、地面にぶつかる痛みを恐れて目を瞑った。
…………………………
………………。
………。
……。
あれ? 痛くない?
ぶつかったような衝撃はあったのに………………。
私は恐る恐る目を開けると、
「キャロア!! 怪我はないか!? 大丈夫か!?」
私を抱きとめてくれた人が、必死に私の体の心配をしていた。どこも怪我してないよ?
あんまり必死だから、私はそのまま首を縦に振るだけで返事をした。
見ると、彼の体も地面に寝っ転がっているような状態になっている。
多分、スライディングしながら私を受け止めてくれたんだ。
えへへ。優しいな。
何か、ちょっとだけこの人好きかも。
ガイ、か。
これから、名前で呼ぼうっと。
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クソッ、ダメか………………いや、そんな訳ない!
諦めてたまるかよ?
「(間に合えーーーっ!!)」
俺は走る勢いを利用して前のめりに跳んだ。
人体で一番重たい部位は頭だ。コイツを前にして少しでも重心を向けて、距離を稼ぐ。
んでそのまま、体を横に回転させる。背中が地面を向くように。
「(痛っ………………………っしゃあ、間に合った!)」
ドンピシャで抱っこの態勢になった。立ってるか寝てるかの違いだけだ。
「キャロア!! 怪我はないか!? 大丈夫か!?」
ボケっとしたまま、頷くキャロア。取り敢えず大丈夫らしいな。
見たところ体も傷とかついてないし。年頃の女の子の体に生傷つけちゃいけねぇからな。
「立てるか、ん?」
俺はキャロアの手を引いて立ち上がらせる。まだボケっとした表情のまんまだ。
よっぽど怖かったのか?
と思ったら、何か薄ら笑いし始めた。
何だ? 何なんだ? この落下で新たな悦びに目覚めちまったのか!?
まぁ良い。今は突っ込むまい。
「あの、ありがとう………………ガイ?」
ぐ………コイツ、中々良いモン持ってんじゃねぇか。
そんなにホンワカするような、本当に嬉しそうな顔して笑いながらありがとうとか言うなよ。
反則だぜ、そいつぁよ。
「い、いや、怪我さえなけりゃそれで良いんだ。………………ところで、デカ……じゃなくて、次郎四郎は見てないか? まだ着いてねぇらしいんだが?」
柄にもなく、照れでどもっちまった。しかも咄嗟にデカ犬を照れ隠しのデコイに使っちまうとは………………悪いなデカ犬。後で、極上のドックフードを奢ってやるぜ。
その時、古城の窓から火柱が飛び出した。
「あ! あれ多分、次郎四郎だよ! あの子火を噴くから。」
トコトン化物じゃねぇか………………。
「よし、俺たちも行くか。行けるか?」
「大丈夫だよ、ガイ!」
「よっし、行くか!!」
俺たちはそろって、古城に足を踏み入れた。
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余談だが、俺はこの時、一瞬だけライカを忘れてしまっていた。
だが今はもう思い出したぜ? 心配するな、一時の感情など、所詮過ぎ去れば過去。今この胸にあるのは、君だけさ?
だが、これだけは言わせて欲しい。
男ってのは、目の前に美味そうな食い物がありゃ、そこに食らいつこうとする習性を持ってんだ。
俺はさっき、女の子を助けた。それはいい、当然の事だ。
そして、俺はその女の子を助ける際、どんな姿勢になっていた?
女の子は、どんな状態になっていた?
俺は、地面に寝っころがり天を仰いでいた。女の子は、天から降ってきた。
その女の子の服装を思い出して欲しい。ちなみに、スパッツとかレギンスとかに該当する物は一切身につけていない。
そして、俺はその娘の体を、体全身で見事にキャッチ、いやボディトゥボディで受け止めたさ。
そこからの、最後の不意打ちだ。
これで何も感じないのなら、男をやめるべきだな。
というわけで、俺はあまりに矢継ぎ早に起きた現実に、思わずライカを忘れそうになってしまったのさ。
だが、敢えて言おう。
ピンクだぜ、ピンク!!
To be continued……