05 眠りの村・前編
もう着いてしまった。多分10分掛かってないだろ。
恐ろしく高速のくせに安定感がありしかも静かだったが、まぁ良い。
俺はフライヤーを下り、ロックをかける。
早く村の様子を確認しなきゃな。
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「(妙だな………………?)」
村は、静かだ。静かすぎるくらいに。
家に火がついてたり、あちこち壊されたりってのを想像してたんだが、こういう状況の方が返って不気味だな。
試しに、近くの家を覗いてみるか。
俺は、手近な家のドアをノックしてみた。
…………………………。
………………。
………。
返事がない。
ゆっくりドアノブに手をかけると、鍵が開いているらしく、すんなりと開いた。
得体の知れない雰囲気を感じた俺は短刀を抜き、恐る恐る中に入る。
「…………………………おい、大丈夫か?」
倒れている村人を発見し、肩を叩いてみるが、反応がない。脈はあるらしいが、呼吸を殆どして無いように見える。
どういう事だ?
そんな事を考えているうちに、感じなれた類の感覚を覚えた。
「(………………外から気配がする。誰だ?)」
どうも誰かがこっちを見てるらしいな?
俺は手裏剣を一枚取り出し、入口の扉に向かって投げつけた。
手裏剣はゆるいスパイラル状の軌跡を描いて飛んでいき、僅かに開いていたドアの隙間をくぐり抜け、外へ飛び出す。
「ひゃあ!!」
驚いたような声が聞こえた。高めの声だった。
ガキか、それとも女か。いずれにしろ、警戒したほうが良さそうだ。
俺は気配を消し、無音で扉へ近づき、一気に開ける。
「誰だ!?」
「あ……あんたこそ、誰よ………………?」
ふーん、ガキか女かと思ったが、まさか両方だったとはな。
見た感じ、敵じゃなさそうだな。
「………………驚かせて悪かった。立てるか?」
俺は流石に悪い気がしてたから、精一杯笑顔を作って、尻餅をついてる女のガキに手を差し伸べた。
「ふんっ、子供扱いしないでよね!」
俺の差し伸べた手を握ることはせず。そう言って自分で立ち上がり服の埃をパンパンほろい始めた。
おやおやぁ、コイツぁ飛んだ跳ねっ返りだな。まぁ、警戒してるんだろうな。
無理もねぇか、突然刃物が飛び出してきたんだもんな。
「いや、ゴメン。俺はガイ=オシタリ。トレジャーハンターをしてる。ここにはギルドの依頼で様子を見に来たんだ。君は?」
いつもだったら、ナイスガイのガイと一言付け加えるところだが、状況が状況だしな。必要最小限の自己紹介で、なるべく警戒心を煽らないように優しく話す。
「………ハンター、なの? 子供なのに?」
んっだとコラ、手前に言われたくねぇよ!………と言いたいところだが、堪えることにする。
「確かに俺はまだ15歳だけど、トレジャーハンターは10歳から始めてるから、キャリアは浅くないとは思うぜ?」
このトレジャーハンターって職業、実は10歳から始めることができんだよ。ただし、未成年は承諾証が必要だがな。
「うわ、私と同い年じゃん!………………あ、私はキャロア、キャロア=マスティックよ。宜しくね、ハンターさん!」
明るい娘だな。声も鈴が鳴るみたいによく響く。
手を差し出してきた。握手……………って事は、さっきの狼藉は許してもらえたって事でOKだな?
俺はそう考え、手を差し出して握手を交わした。
……女の子の手は柔けぇな。
いかんいかん。何を考えてるんだ俺は。
今はそんな時じゃない。
「宜しくキャロア。んで、何でこんなところにいるんだい?」
「私ね、旅してる途中なの。それでね、たまたまここに立ち寄ったんだけどね、何かおかしいな~って思って。」
喋る度にサイドアップにしたブラウンの髪が揺れる。セミロングか。女の子っぽい、洒落た髪型だな。
って事はアレか。偶然ここに居合わせた、って事か。村の状況が解らん中であんまりウロチョロされても困るな。
何より女の子放っとくわけにもいかねぇし。
「キャロア。今、この村はおかしな事になってる。俺と一緒に行動してくれないか? ハンターとして、一般人を巻き込むわけにはいかないんだ。」
それに、ここの村人全てがこの状態だったら、俺よりも先にこの村にいたキャロアは証人になる。
明るくて素直そうだから、きっと言う事聞いてくれんだろ。
「ほぇ? いいよ、私は。自分の身ぐらい自分で守れるから。ハンターさんは、気にせず自分のお仕事しちゃってよ!」
んだコイツ。自分の身は守れるだぁ? 腰抜かした分際でナマ抜かしやがって……と言いてぇところだが、コイツの言うことは満更じゃなさそうだ。
コイツの着てるジャケットは、軍で正式採用されてる最新式の防護ジャケットにそっくりだ。最も、デザインはショートで色合いはオーカーカラーに変えられてるから、まずわからんが。
ワインカラーのフレアスカートも、微妙に光沢がある。光り方が防刃防弾繊維のそれっぽいんだよな。ゴツめのメッシュベルトに留められた小瓶、多分魔術触媒だろう。
見た感じピンっぽいし、一人旅ができるレベルの魔術師ってところか。
しかし丸腰ってのは随分とまた、このご時世に無用心だな。
やっぱりダメだ。俺と一緒に行動してもらうか。
「そういう訳にはいかないよ。君がたまたまここに居合わせたなら尚更俺は君を守らなきゃならない。」
「また子供扱い~?」
「違う。俺の仕事をしてるだけだよ。ハンターは人類に貢献してこそだからな。」
「む~………………じゃあ、村を出るまでね?」
取り敢えず納得してくれたらしい。
さて、と。取り敢えず他の家も見て回るか?
「あ、ハンターさん。どこの家もこんな感じよ。みんな眠ってるみたいに倒れちゃってるの。誰も死んでないけどね。」
「何?………………ちょっと待て。君は一体いつからここにいた?」
「結構前よ。変な奴がいたから、今次郎四郎に追っかけてもらってるの。だからぁ、今は次郎四郎待ちなんだ。」
………………? 次郎と四郎って奴に“変な奴”とやらを追わせてるのか?
コイツの召使いとか護衛みたいなもんか?
だとしたら、丸腰なのも頷けるわな。でもよ……。
「キャロア、その二人が護衛か何かは知らないが、二人一辺に追跡に回したらダメだろ。一人は自分の傍に置いておかなきゃ、何かあったら危ない。」
「ほぇ? ハンターさん何言ってるの??」
「だからさ、付き人みたいな人間?が二人いたんだろ? 何だってそんな二人も一辺に追わせたんだよ。っていうかそもそも危ない事に首突っ込んだらダメだろう?」
「?? ………………どう言う意味?」
バカか? バカなのか? バカなんですか? またはアホか。
さっきまで、確かにこの世界の共通言語で意思疎通が図れていた筈だ。だっていうのに、突然この女のチャンネルが砂嵐になっちまったらしい。
イライラしてきたぞ?
「だーかーらー、村が普通じゃない状態で何で一人になるような真似してるんだって言ってんの!?」
「ううん、そこじゃないよ。ハンターさん、さっきからずっと“二人”って言ってるけど、何の事かわかんないよ、私?」
「へ? さっき“次郎、四郎に追っかけてもらってる”って言ってたじゃねぇか?」
つい素の口調に戻っちまった。面倒くせえからこのままいくか。
「うん、私は“次郎四郎に追っかけてもらってる”って言ったけど? あ、そもそもね、次郎四郎は人間じゃないよ?」
………………なんですと?
畜生、認識が全く追いつかねぇ。頭痛くなってきた………………。
「………………詳しい説明をお願いします。」
「どうしちゃったの、項垂れて。具合悪いの? 大丈夫?」
「大丈夫だから、詳細説明求む。」
「しょーさいって言っても……そもそも、次郎四郎は、犬だよ? 人じゃないよ。」
おぉ? 紛らわしい名前付けやがってからに。
だったら二人じゃなくて二匹って意味ね、ハイハイ。
「悪かったよ、二人じゃなくて二匹だな。」
「違うよ!……もしかしてハンターさん、そういうの、見えちゃう人なの?」
「は? そういうのって、どういうの?」
「お化けとか………………ああ、私そういうのダメなのよぉぉ!!!」
一人で取り乱してやがる。まぁ、そろそろ夜だしな。
しっかしどうにも話が噛み合わん。見た感じ、精神異常者ではなさそうだしな。
…………………………もしかして。
「なぁ、キャロア?」
「何!? お化けいたの!?」
「いねぇし。そもそも俺そんなの見えねぇし。………………じゃなくてさ。さっきの犬の名前、もう一回言ってくんねぇかな?」
「え? 次郎四郎よ?」
「うん、うん………………もしかしてさ、次郎と四郎って意味じゃなくて、“次郎四郎”って名前か?」
「ほぇ? さっきからそう言ってるよ?」
言ってるよ? じゃねーぞ。
イってるよ、そのネーミングセンス。
その時、真っ黒くてデカい犬が突然目の前に現れた。
「っ!?」
俺は短刀を抜き、臨戦態勢に入る。正直、気配も何も分からなかった。
コイツぁ拙い。魔の猟犬だ。獰猛で俊敏なコイツは、狙った獲物を絶対に逃がさないと言われてる。
コイツぁ討伐依頼が出るレベルの結構大物の魔物じゃねぇか。
ヤベェぞ、マジで!!
勝てねぇかもしれねぇ……。
「キャロア、下がれ!! そいつは危険………………。」
「あ~、お帰り次郎四郎っ!! 心配してたんだぞ~?」
「バウッ!!」
………………犬だって? そいつあ姿形が犬ってだけで、
「そいつぁ、魔物じゃねぇか!?」
「うん、そだよー。」
「バウッ!」
デカい。俺とかキャロアの倍くらいありそうだな。
やたら懐いてるが、どういう事だ??
「キャロア、何で魔物が懐いてるんだ?」
「私ね、この子達の言ってること、わかるんだ。この子達はね、みんながみんな悪い子じゃないの。嫌だ嫌だって言ってるのに、訳も分からず襲っちゃう子もいるのよ。この子もそうだったの。だからね、私は優しくしてあげたの。怖くない、大丈夫よって。だからもう、この子は私の家族。ね、次郎四郎っ?」
俺は驚きながらも、別の思考をしていた。
聞いたことがある。遥か昔、人間とは違う異形の存在を従える者たちがいた事。
それらは“サブデューダー”と呼ばれて、忌み嫌われ、同じ種族である人間に襲われ絶滅したとされているが………………。
「あのねハンターさん。変な奴はね、あそこのお城に逃げ込んだって!」
「城?………………あそこか。」
この村のすぐ近くにある、廃墟と化した古城。どうやらそこが根城らしい。
何か匂うぜ?
古城に逃げ込んだ奴と村人の状態。結びつくものがありそうだぜ。
「ありがとな。俺は今からあの城に言って様子を見てくる。キャロアは危険だから離れたほうがいい。………………村の入口を抜けて真っ直ぐ道なりに進めば、トロアの町に着く。そこのギルドで俺の名前を出せば保護してもらえるはずだ。」
「嫌。」
「ああ、それじゃあな。………………あ? 今なんと?」
「いーやー。私も付いてく。村の人達に吸精睡眠をかけてる奴なんて、許せないもん! 次郎四郎もそう思うよね?」
「バウバウッ!!」
チッ、変な正義感出しやがって。
………………まぁ、この魔物が味方の方が心強くはあるが……。
「キャロア、その魔物、俺に襲ったりしねぇよな?」
「大丈夫よ、この子はとっても人懐っこいのよ! 名前を呼んであげて。喜ぶから!」
ホントかよ?
「………………次郎四郎?」
「バウッ!!」
尻尾を振って吠える。喜んでるのか?
「………………次郎?」
「バウッ!!」
「四郎。」
「バウッ!!」
「次郎四郎!」
「バウッ!!」
おちょくってんのか、テメエは。
「あは、ハンターさんの事、この子すっかり気に入ったみたいよ。」
どこが?
俺のことバカにしてたろ、このデカ犬。
「まぁ良いか。………………じゃあ、出発するぞ?」
ひょんなことから同行者(+同行犬?)が付いてくることになっちまったが、やる事ぁ変わらねぇ。
この原因を突き止めて、ライカを安心させてやんなきゃな!
それに、キャロアの言うことが本当なら、時間をおいたらヤベぇ。
スリープドレインってのは、眠りながら精力を吸収され続ける。吸われてる方は、それは酷ぇ悪夢を見続けるらしくて、“心身の拷問”って言われてるからな。
早いとこ止めねぇと。
特にライカの家族は将来、お義父さんとお義母さんって呼ぶことになるかもしれねぇからな。
「よぉっし、悪者退治にしゅっぱーつ!!」
「バウッ、バウッ!!」
………………大丈夫か、この面子で?
To be continued……