12 ガイの過去 巻之四
ほんの一瞬だけ、俺は意識が飛んでたらしい。
俺はハッと目を開き、自分がまだ化け物の爪に切り裂かれていない事が分かった。
まだ奴がいることを警戒し、跳ね起きる。
「…………よぉ、ガイ?……一応無事らしいな?」
「サム!!………………あ、あんたその腕!?」
「ケッ、ザマぁねぇよな。……俺も腕が落ちたもんだぜ。文字通りな?」
どうやら俺のことをサムが庇ったらしい。だがそのせいで、サムの左腕は根元から完全に無くなっていた。
「さ、サム…………お……俺……。」
「あぁ? なんて湿気た面ぁしてんだよ? この腕はオメェを庇ってやっちまったワケじゃねぇんだからな………………俺ぁ平気だ。それにホレ、そこを見な?」
サムに指さされた場所。そこには、ズタズタに切り刻まれた化け物がいた。
だがその化け物のパーツは、まだ僅かに動いている。
「生き汚ねぇ………奴だぜ!」
サムは蛮刀を残った片腕で化物の胴体に突き刺し、地面に縫い付ける。
「ケッ…………痛てて、ようやくさっき飲んだ止血剤が効いてきやがったか…………。」
「サムっ、俺…………ゴメン!!」
「バカ野郎!!」
サムは残った片腕で俺を殴りつけた。
怪我人とは思えねぇくらい力強くな。
「メソメソ泣くんじゃねぇ!!…………いいか、コレは俺が弱かったからやっちまった。そして、オメェも弱かったからこうなっただけだ。誰が悪い訳じゃねぇんだぞ。悔しかったら強くなれ、ガイ?……ほらよ。」
サムは刺さりっぱなしだった俺の短刀を回収していてくれたらしく、俺にそれを渡してくれた。
「さて、俺も刀を抜いて……よっと。帰るか……痛ててて…………。」
「グス……ああ、帰ろうぜ。あ、でもカトリーヌを待たねぇと…………え?」
俺の視界のすぐ横で、化け物がピクリと動いた。
どうやら再生して、体をくっつけたらしい。
そしてそいつは、ゆっくりと起き上がり、こちらに飛び掛ってきた!
「あ………………。」
「グゥォアアアアアア!!」
今度こそ終わり。そう思ったんだ。
でも、そうはならなかった。
「ぐ……ぐぉ…………。」
サムが俺と化け物の間に体を滑り込ませ、俺に当たるはずの爪を防いでいた。
自分自身の体を使って。
「あ…………あ…………さ、サム…………?」
「ゲホッ、ガハ!…………に、逃げろ…………ガイ…………か、トリーヌと…………合っ、流、しろ…………。」
サムが、俺の所為で死んでしまう。
俺が弱いばっかりに。俺が無力なばっかりに。
ゴエモンの時みたいに、ツラの形が変わるだけじゃ済まない。本当に死んでしまう。
………………………………自分の所為で!!
ここで初めて、怒りが恐怖を上回った。
「…………テメェ、許さねェぞ。死ね。」
俺は、自分の体が自分のもので無くなる感じがした。
そこから先は、あまり覚えていない。
気が付いたら、俺は化け物をバランバランの細切れにぶっ倒して、血だらけのサムを抱えて泣き叫んでいた。
そこでようやく、カトリーヌが合流した。
「これは…………ガイ、アンタ…………。」
「カトリーヌ! サムが大変なんだ!! 急いで運ばないと死んじまうっ!! 手伝ってくれよ!!」
「……………………ガイ。落ち着いて聞きな。サムはもう………。」
「サムがどうしたってんだ!! 早く手伝ってくれよ? 死んじまうんだって!!」
俺はそう言って、サムを急いで樹海の外へ……病院へ運ぼうとするが、カトリーヌはそれを掴んで止める。
「何しやがんだよ!? サムが死んじまっても良いのかよ!?」
「よく聞けガキ!! アタイの言葉をよく聞くんだよ、ガイ!!………………辛いんだろうが、現実を見るんだ。サムはもう死んでる。」
「巫山戯んな筋肉ババア!! サムが死ぬはずがねぇっ!!」
「甘ったれんな!!」
俺はカトリーヌのデカい手で張り手を喰らった。ビンタのつもりだったんだろうがな。
俺は口から血を流しながら叫んだ。
「何しやがんだ、テメェ!!」
「いい加減にしな!!!」
カトリーヌは樹海中に響き渡るくらいの声量で、とても悲しい顔をしてそう言った。
「これ以上、その男を振り回すんじゃないよ…………もう十分だろ、休ませてやんな。それは、他ならぬアンタの手でやるんだよ、ガイ?」
「…………っ、くぅ…………ぐっ、うぅ……………………。」
「泣きたきゃ泣け。うんとな。そして泣き喚いて満足したら、弔うよ。アタイも手伝ってやる。」
「うわあああ、サムぅ…………親父ぃぃ!!!」
結局俺は一度もサムが生きてる間には言えなかった”親父”という言葉を言い、その後カトリーヌと共にサムを埋葬し、墓を立てて弔った。
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「アンタ、これからどうすんだい?」
「俺はトレジャーハンターになる。親父が、コイツを残してくれたからな…………。」
それは、サムの遺品を整理していたら出てきた。
サム=グロウの名前が入った承諾証だった。
「確かに、あの男の名前が入った承諾証なら、アンタは特に問題なくハンターになれるね。だが知ってるか?」
「何をだよ?」
「最初の駆け出しハンターはな、満足な金なんか手に入らない。殆ど名誉のためだけの職業さ。アンタ、場数はこなしてるんだろうが、だからってイキナリ高いランクから始められる程世の中甘く無いんだよ?」
「うっせぇな、わかってるよ! 何としてでもやってやる!! 絶対に成り上がってやっからな!!」
「いや、今のまんまじゃ到底無理な話さ。」
「んだとババア!!……あんた、さっきから何が言いてぇんだよ?」
俺が辛口叩く度にぶん殴ってくるものかと思ってたが、そんな事を全くせずに、俺を説得しようとしてる態度をカトリーヌはとり続けた。
それに違和感を感じ、流石に質問してみたんだ。するとな、
「…………フン、小憎たらしいガキが。サムにな、前々から頼まれてたのさ。『万が一自分の身に何かあれば、ガイを頼む』ってな。」
「余計な世話だ!!」
「アタイだってそう思うさ。だがな、知ってるか? ハンターはある程度ランクが上がってきたら、討伐ミッションの数をこなさなければランクが上がらないんだよ。」
「はぁ!?」
「アタイは今回、討伐対象の正体が”グリズリー”じゃなくて、”ヤマ”って化け物だったってことでね、ランクが上がってAになった。オマエ一人位の面倒なら見てやれる。それにな、アタイは宝箱を開けるのが苦手でねェ。アンタ、手先が器用らしいじゃないか。アンタは討伐数稼ぎ、アタイは探索。それぞれの目的が一致してんだ、悪い話じゃないだろ?」
「………チッ、分かったよ。」
「素直じゃないガキだね。生活に困らないようになったんだから喜びな?」
「……コレだけは約束しろよ。」
「ハッ、養われの身が何を要求しようってんだい?」
「ミッションが終わったら、必ず酒場に連れてけ。」
「やれやれ…………あの男、ロクな教育しなかったようだね?」
こうして俺はトレジャーハンターになり、ここから暫くカトリーヌと協力しながら過ごすことになるんだ。
カトリーヌは一人でも満足に大半のミッションをこなせるくせにな、結構な数のミッションを他のハンターと協力する形でこなす事が多かった。それが俺にとっては全然慣れなくてな、最初のうちは協力者との衝突が多かった。
「おいガイ! 何であそこで手裏剣なんて投げやがった? 俺に当たってたらどうすんだよ!?」
「………………。」
「何とか言えよクソガキ!!」
「済まないねぇ、アタイからも言っておくからさ。ガイ、あんたも謝んな!!」
「…………っせぇな、オラァ!!」
「グゴォア!?」
俺は、カトリーヌの腕を見込んで自分が楽してミッション数稼ぎする奴が許せなかった。別にババアが好きなわけじゃない。人の手柄を横からかっ攫おうとする奴が気に入らなかったんだ。
だからそんな奴には、ミッション中に危ない目に合わせるのなんざしょっちゅうだったし、終わったあと、今回みたいに全力でぶん殴る事は毎度の事だった。
だが、いつもいつもそれは、俺の勘違いというか、認識の違いに終わることが多かった。
そしてある時、婆さんがなんで他の人間……特に駆け出しで口だけの奴を連れて行くことが多いのかを聞いた。
「ガイ、お前は何でいつもアタイの連れてきた奴らをのしちまうんだい!?」
「ハ、婆さんよ!! 悔しくねぇのかよ!? アイツ等、あんたが人が良いからって、自分たちだけ楽してミッション数と報酬だけ儲けていくんだぞ!?」
「………………こぉんの、バカたれがぁぁ!!!」
激しい拳の一撃が飛んできた。
手加減無しとわかったので、ババアの拳を正面から両腕で受け、そのまま後ろに跳んで衝撃を逃がしながら着地する。
「ってぇな、ババア…………!!」
「フン、いつもならこのまま喧嘩になるがね、黙って聞きな。……今回連れてったヒヨッコの内、一人だけ動きが変わり始めてた奴がいるのに気づいたか?」
「? ああ、一人だけなら見たぜ。それがどうしたよ?」
「アイツはきっと、今回のミッションを皮切りに良い方向に変わることだろうさ。………………昔のアタイもね、腐ってた時期があったもんさ。そんな時にね、ある男のミッションに同行して、目が覚めたんだよ。」
それを聞いて、何となくわかった。この婆さんは、燻ってる奴の目を覚ましてやりたいんだと。
恐ろしいぐらい人が良くて、気持ち悪いぐらい面倒見が良くないと、こんな発想になんかなりゃしねぇよ。少なくとも当時の俺はそう思ったね。
「アンタ、聖人君子にでもなったつもりかよ? その行動はご立派だがよ、施しを受けた奴らはそうは思わねぇぞ?」
だから俺はそう言ったのさ。そしたらな、あの婆さん、何て言ったと思う?
「お前、世の中全てがギブアンドテイクで成り立ってると本気で思ってるのかい? だとするなら、やっぱりアンタはまだまだガキだね。鼻水垂らしの青瓢箪もいいとこさ。」
「何だと!?」
「ガイ、覚えときな。時に損得のない優しさは、何よりも徳を高めるんだ。お前に足りないのは、まずそこだな。」
損得のない優しさ、なんて事は考えもしなかった。その当時の俺にとっては、基本的に人間関係ってのは取引で成り立って、本当に信用できるやつだけと仲良くしてりゃそれで良いって思ってたからな。
でもな、それじゃ拙い。いつかコケちまうんだ。
カトリーヌのその考え方は、その時から今までトレジャーハンターを続けていく上で、大切なことだってわかったんだ。
それからは、俺はカトリーヌの行動を肯定するようになったし、少しずつだが周りとも打ち解けるようになっていった。
相変わらずババアとは言ってたがな。
「うっひょ~!! 宝箱だらけだぜ!? 全部いただいて帰るぜぃ!!…………痛ってえ!! 何で殴んだよババア!!」
「バカたれが!! アンタ、ここにある宝を全部持って帰るつもりかい!?」
「当ったり前だろ!?」
「そんな大荷物抱えて抜け出せる程ダンジョンは甘くない。それにな、第一ミッション目標のお目当ての宝もまだ手に入れてないだろうが。いいかガイ? トレジャーハンターたるもの、メインの目標に的を絞ったら、まずはそれに向かって一心不乱に進むんだ。他にかまけてメインが疎かになったり、況してや命を危険にさらすなんて二流も良いとこさ。」
「………………成程な。覚えとくよ。」
「おや、随分と素直じゃないか? こりゃ外に出たら槍の豪雨でも降ってるかねぇ?」
「巫山戯んなよババア!!」
こんな感じで、カトリーヌからも少しずつハンターのイロハとか、人の大切さとかを教えてもらった。
でも一方で、
「ゼェ、ゼェ……配達ミッション、完了したぜ?」
「フン、遅いじゃないか。……ホラ、ボサっとしてんじゃないよ!? 後お前には8個のミッションが控えてんだからな。全部終わらせろよ、今日中にな!?」
「俺を殺す気かよ!?」
カトリーヌは、俺の名前でものすごい数のミッションをタイトに詰め込み、俺のこなすミッション数と基礎体力は、メキメキと上がっていった。
その所為で一時、酒場には全然行けなかったがな。お陰さまで、この年には見合わない体力が付いた気がするよ。
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カトリーヌのお陰で、俺のランクは驚きの速さで上昇し、あっという間に俺はBランクまで上り詰めた。
あの当時回った町のギルドマスター共の驚きの顔ったらなかったぜ。俺は当然そうだが、ババアも満更じゃなさそうな顔してたな。
そして俺が13歳になり、あっちこっちに『ナイスガイのガイ』の名前がある程度広まった頃、俺はカトリーヌに酒場に呼び出された。
「んだよ、話ってのは? それも態々酒場でなんてよ……?」
「ガイ、まずは今日だけは全面的に許してやる。一杯やれ。」
いつもは俺が酒飲む度にゲンコ張りに来るような奴が、開口一発それだ。
流石におかしいと思った俺は、一杯一気に煽って、
「……っく……ぷは!………で、何だよ、改まって?」
「ああ……アンタも、もうハンターになって3年経つだろ。確かに最初のうちはアタイが無茶仕掛けたのもあるが、ここまで来れたのはアンタの実力さ。そして、あんたには才も運もある。」
「ぶは! 気持ち悪ぃな婆さんよ? …………で、それが言いたいのが本音じゃねぇんだろ?」
「ああ。……ガイ、ここらでコンビ解散といかないか?」
「………………………………は?」
俺は突然切り出されたその言葉に、驚きを隠せなかった。
俺とカトリーヌのコンビは、はっきり言って超一流だった。パワーと経験のカトリーヌに、スピードと機転の俺。これ以上ないコンビだったさ。
それが何だって、このタイミングでコンビ解散なんだって、普通に信じられなかったね。
「ガイ、アンタはまだまだ成長する。だが、それにはアタイはもう必要じゃない。これから先は、寧ろアンタの足で纏いになるかもしれない。」
「は? あんたがか? いや、それは無ぇだろうが。」
「いや、ガイ。お前はまだまだこれからなんだ。アタイは、もうここいらが潮時かもしれんからな……。」
柄にもなく湿っぽいババアに突っ込んでやろうとも思ったが、その時の表情が真剣すぎてな、俺は黙って聞いていた。
「ガイ。お前は独り立ちするべきだ。このまま行けばB+ランクにも時期に昇格するだろう。世界は広い。お前はお前の道を歩め。」
「………………………………そっか。わーったよ。」
俺は特に文句も言わず、黙って言う通りにした。
いっつも俺はカトリーヌの言う事を殆ど素直に聞かなかったからな、その時くらいは聞いても良いって思ったのさ。
それに、俺だって一人で力を試したい気持ちが無い訳じゃなかった。良い機会なのかもしれねぇ。そう思ったのもあったのさ。
でもよ、たかが3年、されど3年だ。それだけの間一緒に行動して、何の情も沸かない程、俺はバカじゃねぇ。
いや……多分、サムとカトリーヌの二人掛りで、俺をまあまあ真っ当な人間に戻してくれたんだろう。だからきっと、俺には情を感じることができたんだ。
「じゃあ今日は、コンビ最後って事で、パァ~っとやるか!!」
「フン、そういう所はサムそっくりだな。……短い間だったが、息子ができたみたいで中々楽しかったぞ、ガイ?」
「俺だって、おっかねぇババア兼師匠ができたようなもんだよ。……さ、しんみりは無しだ!!」
「ガッハッハッハ!! 師匠じゃなくて、ババアが先かい!? お前の口の悪さは、サムがやらかした最大の失敗だねぇ!!」
その日の夜は、お互いへべれけになるまで飲んでな。朝になったら、酒場のテーブルで二人して突っ伏してたよ。
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「じゃあ、アタイは南に向かうとするよ。アンタはどうすんだい?」
「俺は取り敢えず東だな。見てみたい遺跡があるからな。」
「フン、精々死なないようにな……達者でな、ガイ!!」
「ああ、じゃーな!!」
俺はそのまま歩いていく。
と、その時、聞き覚えのある声で、何か聞こえたんだ。
『ガイ、世話になったら、挨拶くらいしやがれクソガキ!!』
「…………………………サム? へっ、わぁったよ!」
「どうしたガイ? 一人で喋って、口だけじゃなくて頭もおかしくなっちまったのかい?」
「なあ、婆さん? いや、カトリーヌさん。……3年間、お世話んなりました!!」
「!…………ガイ、お前……。」
「へへ。んじゃな、婆さん! そっちこそ、達者でな!!」
こうして俺は、一人でハンターとしての道を歩み始めたんだ。
『よくできたじゃねぇか、クソガキが!』
そんな声を聞きながら、俺は旅立った。
そっからは俺は色んな遺跡回って、色んなミッションこなしてるうちにBからB+に昇格して、古代の地下遺跡探索の時に、運良くAランクに昇格して、現在に至る。
To be continued……
第二章 完