Turn-13 雑魚だと考えていた時期が、俺にもありました。
side:Yoshua
「ヤァアアアッ!!」
「ギャアッ!?」
俺は樹上から飛び降りながらゴブリン目掛けて切っ先を突き下ろす。
世界の重力と俺自身の体重によって加速した剣は、ゴブリンの右肩口から胴体の中心を経由し左脇腹へと抜ける。
俺は間髪入れず刀身を横薙ぎに無理矢理引き抜き、逆手持ちに背後にいた別のゴブリンへ脇を通して突き刺す。
屈んだまま故に刺さったのは狙っていた心臓部ではなく脇腹だったが、それでも深く刺した分のダメージは大きい。
そのまま再度引き抜き、バックドロップの要領で順手持ちに構えた剣を後ろへと叩き付けると、喧しかった叫び声もピタリと止んだ。
――討伐数:ゴブリン7匹
既に同じ方法で4体は倒したと言うのに、コイツらはどれも代わり映えのしない相手だった。
剣と盾だけが血に染まるばかりで俺は一向に怪我をする様子もなかった。
確か5体討伐でGランクからのスタート、それから25体討伐でFランク、最高125体討伐でEランクからのスタートが出来ると親父は言っていた。
時間は優に10時間以上。
ここにはゴブリンの上位種もほとんど現れないと言われているし、この調子ならマジでEランクスタートも夢じゃないぞ?
俺はゴブリンの側に近寄り、鼻を削ぎ取る。
一見サイコな行動だが、これは討伐数を数える為に必要な行為だからしている。
魔物にはそれぞれ“討伐部位”なる物が存在する。云わば倒した証とでも言うべきか。そしてゴブリンの討伐部位は鼻なのである。
ゴブリンは鼻の模様から種類が推察出来る為、こうして嫌々ながらも鼻を削ぐって訳だ。
まあ、かの豊臣秀吉も朝鮮出兵の際に鼻や耳を塩漬けにして持ち帰ったと言うし。
それにしても、ゴブリンの血は………ハッキリ言うと滅茶苦茶臭い。
何と言うか、魚の血を牛乳拭いた雑巾と一緒に腐らせた様な、ッウプ………つまりこんな風に言ってて気分の悪くなる臭いって事だ。
服にも多少は付いているからそろそろ慣れてきたと思ったのだが………慣れるにはまだ大分掛かりそうだ………
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再びゴブリンの集団を見つける。
数は八体。
仮に二十体居ようと、正面から突っ込んだって楽勝だ。
そう思った俺はバックラーを背中に引っ掛け、剣を両手に構え考えるがまま突撃した。
最初に狙うは最後尾にいるボロボロの弓を持った弓使いのゴブリン、ゴブリンアーチャー。
剣をゴブリンアーチャーの頸椎へ突き刺し、戦闘が開始される。
隣にいたゴブリン二体を抜いた剣の腹で殴り、考えていた作戦そのまま<袈裟斬り>で前方の数体も吹き飛ばし抜けようとする。
「ガアッ!!」
「なっ………!?」
しかし、俺の剣は甲高い金属音を立てて動きを止める。
大きな金属製の凧盾によって阻まれてしまったのだ。
相手は手に剣と盾を持つ通常の倍近い大きさのゴブリン。
戦士職のゴブリンであるゴブリンファイター、ではない。
恐らくその上位種である『ゴブリンナイト』という奴だろう。
確か総合ランクはD。
正直、今の俺が相手できる敵ではない。
「クソッ!」
形勢が不利と判断するや否や、俺は迷わず逃げ出した。
背後からゴブリンナイト率いるゴブリンの群れが迫る中、ひたすら森の中を駆け回る。
崖を飛び降りたり木々を飛び移ったりと某遺跡荒らしも真っ青な………訳ではないが、肝が何度も縮こまり過ぎて潰れるかと思う様な逃走経路まで利用してやった。
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「うおっ!?まだ追ってくるのかコイツら!」
「「「ガアアアアッ!!!」」」
しかし、俺の努力も空しく真昼になってからも連中は追ってきていた。
確かにゴブリンは逃げる相手に対ししつこく追跡するとは聞いていたが、ここまでとは。
一旦攻勢に出て数を減らそうにも相手にはゴブリンナイトがいる、下手に避け損なえば即・死が待っているだろう。
よって、相手が見失ってくれるまで俺は逃げ続ける必要がある。
あ?スラムに戻れば、だって?
スラム街の人達を巻き込む訳にはいかないだろう!?下手したら死人が増えるだけだぞ!?
ズルリ、とした感触が足の裏から伝わる。
「あ」
意外!それは苔ッ!
飛び越えようとしていた足場には苔が生えていたのだ。
苔を踏み、足を滑らせて十分な踏み込みを得られず崖を飛んだ結果、どうなるかは誰もが理解しているだろう。
「ァァアアアアアアアアッッッ!?」
A.真っ逆さまに落ちていく
ってそんなふざけてる場合じゃない!!
何俺はさも他人事の様に振る舞ってんだよ!落ちてんのは俺だろうが!!
地面まで約15m、三階建ての建物くらいの高さだ。
緊張でアドレナリンが大量に分泌されているのか、やけに落ちていくのがゆっくりと感じられる。
とにかくどうにかして対処しないとヤバい。
落下の衝撃で死ななくとも後に続くゴブリン行列が俺に止めを刺す事になる。
「(教えて!M-07!)」
『救いはない。現実は非情である』
そーかそーか、救いはないのか。なら仕方ない………
「ってふざけんなッ!!」
流石に死にたくはない。何としてでも聞き出さないと………
『空中でお前に出来る事はないから。とりあえず、落ちとけ』
「………マジかよおぉォッ!!!」
これから来るであろう衝撃に身を構え………
すたっ。
それが無駄と悟った。
「はっ?へっ?え、え、何?何で俺普通に着地を?」
『アー、ゴメン。<本能>スキルに身体が反応して普通に着地できたみたいだわ、驚かせてスマンな』
「いやどういう事だよ!」
『<本能>スキルってのは要するに物事の本質を直感する能力の大きさを示すスキルで、お前は着地の仕方を本能で察知したって事じゃねーの?知らんけど』
お、俺の心配って一体何の為に………
『それよりも、ホレ、ゴブリンナイトがもう追い付いてきたぞ?』
「ガアアアアッ!!!」
マジかよ、飛び降りてきやがった!!
自重で骨が折れないのかとか幾らなんでもしつこ過ぎだろうとか色々突っ込むべき所はあるが、コイツはそんな事もお構いなしに攻撃してくる。
俺が剣を構えた瞬間、凄まじい悪寒を感じた。
咄嗟に地面を蹴り背後に跳ぶ。
刀身の長い装飾剣が先程まで俺がいた場所を深く穿つ。
寸での所で回避した為に額の表面をかすった程度で済んだが、避けてなかったら脳天に刃がめり込んで死んでいた。
一気に全身の血が冷える様な錯覚に襲われる。
今までのゴブリンとは違う、少しでも気を抜いたら死ぬ。
そう考えると、今度は全身の血が沸騰しそうな程熱くなるのを感じた。
緊張?それとは違う。
それでは憤怒?それも違う。
『歓喜』だ。
『強敵』と合見えた事で全身が歓喜している。
『ヤバ、何か今のお前ってヒトってゆーより若干ケダモノっぽくね?俺まで死んじゃうって、って聞こえてねー!!!』
M-07の声も、まるで枕越しに聞くが如く遠い。
自然と剣と盾を力強く握り、構える。
「「ァァア゛アア゛アア゛ア゛ッッッ!!」」
甲高い金属音が鳴り響かせながら、俺とゴブリンナイトの殺し合いが始まった。
「ガアッ!!」
「グゥッ!」
最初の鍔迫り合いは5秒も続かず弾かれた。
負けじと更に数回打ち込むも、乱暴に振られた剣の前に全て弾かれてしまう。
「グォォォオォォォッ!!!」
「ナッ………グアアァァッ!」
それに相手からの剣を盾でまともに受けたら身体ごとバットに打たれた野球ボールよろしく吹っ飛ばされる。
「お、おいおい嘘だろ………!?」
おまけにバックラーまで半壊しちまった。もう盾じゃ受けられねェ。
「<回転斬り>!フッ、セイッ!<袈裟斬り>!<二段突き>!ヤアアッ!!」
「ウガアアッ!」
再度アーツも交えて打ち掛かってはみたものの、やはりこの力の差の前には俺の俄仕込みの剣術は通らないらしい。格好良く言ってみたが、要は全部さっきみたく弾き落とされたって事だ。
こちらが攻撃の手を止めた事でゴブリンナイトが再び動き始める。
全く手入れをされていない様な赤黒い錆びだらけの刀身に一瞬、俺の顔が写り込んだ気がした。
膂力が強いゴブリンナイトの剣は、俺にはこのボロい盾でも剣でも、防げる気が全くしない。多分やった所で、どちらも一瞬で叩き折られる確信があった。
そう察した俺は迷わず奴の顔面目掛けてバックラーを投げ付ける。
どうせ雑魚ゴブリン相手にも使わない、強敵に対しては無力な防具なんて重りにしかならないゴミだ。そんな物をいつまでも持ち歩く趣味なんて俺にはないからな。
フリスビーの要領で投げられた小さな盾は、そのまま真っ直ぐ飛んでいくとゴブリンナイトの剣にいとも容易くといった感じに打ち落とされバラバラに破壊される。
駄目だ、やっぱ都合良く受けてくれる訳ねーよな。
ま、最初から当たる事なんて期待していなかった。つーか、目眩ましにでもなれば上等って所だ。
俺の身体は投げた瞬間既に走り出しており、盾を打ち落とす時には最早奴の懐に飛び込んだ後だった。
剣はしっかり両手で握り込んでいる。
狙うは男なら生まれた時から股の間に持っている(一人失くしちまった奴は知ってはいるが)大事な急所。
「くゥゥゥたァァァばァァァれェェェッ!!!」
ズシュッ、という瑞々しい果実を割く様な音が辺りに木霊する。
―――――即ち、金的斬りである。
「ギュアアァッ!?」
流石に剣で斬ってくるだろうと思っていた矢先にこの攻撃である。むしろ悶絶しない方がおかしいのだが………
白目を剥き、泡を吹いて股間を押さえ横たわるゴブリンナイトを見ていると何だかだんだんこっちまで痛くなってきた。
おまけに腕にはまだ剣で切り落とした感覚が残っている。ドチャッとか、ズチャッ、みたいな………おおう、痛い痛い。
「………ぬおおおっ!?」
気が緩んだ次の瞬間、全身を猛烈な痛みが襲い掛かる。
痛い痛い痛い痛い!!筋肉痛か!?
『そりゃあ、あれだけ無茶しまくってたから何か起こるだろうよお前。ま、ステータスを確認すりゃ分かる事だ』
M-07にそう言われ、ステータスを確認してみると………
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名前:ヨシュア
守護星座:白狼座(優:敏,精/劣:体)
Lv:6
HP:27/46
MP:28/28
<断裂Lv2>筋力&敏捷減少(中)・体力減少(小)
<飢餓Lv1>HP減少(小)・全能力減少(小)
<骨折Lv1>敏捷減少(小)
筋力:09+2/体力:08+3/敏捷:12+2
感覚:07/知識:05/精神:11+2
スキル:18/21
スキルP:0p
<練体Lv2>
<格闘Lv2>
<切断Lv2>
<打撃Lv1>
<気合Lv3>
<気功Lv1>
<防御Lv2>
<体幹Lv2>
<瞬発Lv3>
<早業Lv4>
<疾走Lv2>
<言語Lv3>
<算術Lv3>
<洞察Lv3>
<詐術Lv2>
<根性Lv2>
<剣術Lv2>
特殊スキル:
<本能Lv2>
アーツ:4/6
<袈裟斬り>
<回転斬り>
<二段突き>
<一閃>
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………マジか。
身体の自由も利かないと思ってたら断裂(多分筋断裂の事か?)に骨折、それに飢餓って………あ、確かに腹が空き始めた気がする。
「(つまり………これってバステか?)」
『そーゆーこと。ドゥーユーアンダスタンンンドゥ!?』
「うおっ!?急に大声出しやがって、ビックリさせんなよお前!」
『ビックリさせてんのはお前だろうが!!何であの時わざわざ死にに行く様な真似した!危うく俺まで巻き添えだ!』
M-07の剣幕にたじろぐ。
確かに、普段の俺らしからぬ行動だとは思っている。
本来なら死にたくないから逃げるべきなのに、あの時の俺は逆に突っ込んでいった。それも喜んで。
今更ながら血の気が引く。
「(スマン、確かにちょっとおかしくなってたかもしれない)」
『分かったならいい』
声からしても大分ご立腹の様だ。
そういえば疑似人格って本体が死んだらコイツが言ってたみたいに道連れで死ぬ?のか?
『知らん!そんな事になった覚えは一度もないからな!』
知らねーのかよ!って、そりゃあ確かに何が起こるか分からないから怖いわな。
「さて………」
早くナイトの鼻を削がないと………
「あれ?」
いつの間にか、背後にあったゴブリンナイトの死体がない。
あれだけ激しく出血していたのだ、そうそう動ける筈が………
「ガア゛アア゛ア゛アッ!!!」「ガッ………ッ!?」
次の瞬間、俺は腹部に感じる激しい痛みと共に意識を失った。
【武具】
[鋼鉄のカイトシールド]
種別/階級:大盾/一般級
属性:実体
攻撃力:20+2~11~20
概要:前面に鋼鉄を張った凧型の大盾。重く嵩張るが、広い範囲に高い防御性能を発揮する。
[良質な鉄のクレイモア]
種別/階級:両手直剣/稀少級
属性:実体
攻撃力:27+10~17~24
概要:とても長い刀身を備えた両手剣。職人の腕が良いのか、切れ味の衰えが通常よりも遅い。
【魔物】
[ゴブリンファイター]亜人科ゴブリン目
ゴブリン→ゴブリンファイター→ゴブリンナイト
筋力:E/体力:E/敏捷:F
感覚:F/知識:G/精神:F
[保有スキル]
<持久Lv1><耐性Lv2><再生Lv2>
<隠密Lv2><瞬発Lv2><軽業Lv2>
<回避Lv2><切断or打撃or貫通Lv1>
[保有魔法]
なし
[保有アーツ]
<盾外し>
小人の姿をした魔物。
他の個体よりも武器を使った戦いが得意であり、群れの先陣を切る事も多い。
[ゴブリンアーチャー]亜人科ゴブリン目
ゴブリン→ゴブリンアーチャー→ゴブリンハンター
筋力:F/体力:F/敏捷:E
感覚:E/知識:G/精神:F
[保有スキル]
<持久Lv1><耐性Lv2><再生Lv2>
<隠密Lv3><察知Lv1><瞬発Lv1>
<軽業Lv2><回避Lv1><射弓Lv1>
[保有魔法]
なし
[保有アーツ]
<速射ち>
小人の姿をした魔物。
他の個体よりも弓を使った戦いが得意であり、死角から射られると厄介。
[ゴブリンナイト]亜人科ホブゴブリン目
ゴブリンファイター→ゴブリンナイト→ゴブリンジェネラル
筋力:D/体力:D/敏捷:F
感覚:E/知識:G/精神:E
[保有スキル]
<切断or打撃or貫通Lv2><持久Lv2><耐性Lv2>
<再生Lv2><隠密Lv2><瞬発Lv3>
<軽業Lv2><回避Lv2><剣術or槍術or斧術Lv1>
[保有魔法]
なし
[保有アーツ]
<盾外し>
<二段斬り>
武器を得意とするゴブリンが人並みに大きくなった個体。
巨躯から繰り出される攻撃は一撃一撃が重く、初心者には危険な相手となる。
ご意見・ご感想・誤字脱字報告など、お待ちしております。