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今自分は、不死について可能な限りの知識を図書館や書店で調べていた(調べ物にネットは使わない主義だ)。限界を感じるのは割と早く、半日もせず調べ尽くした感があった。
不死と言って出てくるのは、某ファンタジーノベルシリーズのタイトルや、かぐや姫の蓬莱くらいのものだ。蓬莱に関しては色々な説などがあり面白かったが、愛理の不死は不老ではないため謎の物体Xを摂取したからではないだろう。
今までに読んだ漫画の中からも不死の設定がある作品を読み返すと、後天的要因で不死になり死を望みながらも死ねないタイプ、そもそも不老不死の存在で人間外といった様々な不死が居た(実は不死ではなかった、も多かったが今は役に立たない)。
そして、不死は大抵不老とセットになっていた。まあ当然だな。老け続けて死なないのは単なる地獄だ(そんな話もあった)。
一番愛理にあり得そうだと思ったのは、フェニックス説。これはわかりやすく表現しただけで、ようは不死の存在が人間に生まれ代わるという話だ。両親共人間の中に不死の子供が偶々生まれるらしい。
しかし、そんな人間がいるのか? もしそんなことがあり得るなら、……いや、現実は何でもあり得る。それを自分は今まで散々思い知ってきたじゃないか。現実逃避に意味は無い。
次にあり得そうだったのは、呪い説。しかし漫画やアニメのような呪いによって死なない体になってしまった。なんて……呪いがあったとして、誰がなぜ愛理にそんな呪いをかけるのかわからないし、状況によっては呪いではなく祝福といえる(祝福でも呪いでも苦しんでいる事実は変わらないか)。
ああ、知識を得るなんて頭がおかしくなるのを防ごうとして追い討ちをかけているだけだな。愛理がどんな不死かなんて、実際に聞かない限りわからないに決まってる。
フェニックスだろうが人魚だろうが呪いだろうが、もう既に自分の世界など木っ端微塵になっている。比喩ではなく。
……さようならと言った愛理の気持ちはわからない。
説明しようとはしなかった。もしかしたらできなかったのかもしれない。なぜそうなのかわからないなんて、いかにもありそうな話だ。
愛理……なぜ自分は今も愛理のことを考えているのだろう? 化け物だったと、誰かに訴えるでもなく、不死の理由がわかれば金になると医療機関に売り込んだりもせず。不死の参考資料を書店や図書館で漁り、別れ際の愛理の表情を思い出している。
自分は愛理が好きだ。自分だけの命なら簡単に張れる。
今の自分は、あんなにも悲しい顔をさせてしまった自分に対する嫌悪でいっぱいだった。頼めば知り合いの誰かが、昨日の自分を殴り飛ばしてくれるかもしれない。
それはともかく、自分のために毒を飲んでくれる“人間”なんて(人間と仮定して)、愛理くらいしか思い当たらない。死なないから飲めたんだ、というのは理由にならないと思う。
参考資料には死ねない地獄について詳しく書いてあったし、愛理自身言っていたではないか。『苦しかった。生きてる訳ないくらい、体が焼かれてるみたいに熱くて痛くて……』
誰にも気持ちはわからないが、死ぬほどの苦しみはそれは死んだ方が(肉体として)ましだろうし、死ぬための努力を百年続けたなんて話もあった。
死とは動物に許された最上の自由なのかもしれない。決して自殺がどうこうではなく、純粋な意味に置いて。
死がなければ途端に生きる素晴らしさは失せるという意味だ。いつでもいい、時間は無限にある。そんな人生は“人生”とは呼べない。
限りある死だけが、生に置いて無限の自由を生み出してくれる。ルールがなければ自由は生まれないみたいな考え方だが、案外そんなものなのかもしれない。
とりあえず、不老不死になったつもりで百年何をするかシミュレーションしてみたが、自分みたいな人間はシミュレーションだけでお腹いっぱい嫌な気分になった。
自分以外は普通の人間なのだ。万が一同族(?)が居ても、殆どの人間が普通に百年足らずで死ぬ現実は悪夢としか思えなかった。
何人の顔見知りが年をとって死んだら、自分の不老不死に嫌気が差すだろう? 自分だったら三人くらいだろうか(厳密に言うなら今、嫌気が差してるな)。親はまあ先に死ぬものと覚悟しても、自分が今の姿のまま同じ年の同級生が五人も死んでいけば、自分を恨んで憎んで死にたくなるだろう。自分はガラスのハートだから。
不死についてシミュレーションしたら、子供の時分に親兄弟が様々なパターンで死に別れたらどうなるか、というリアルな妄想をしていたことを思い出した。
結果としては十二歳の時は(誰がどのように死んでも)生きていけないかもしれない。十五歳でようやく両親は不慮の事故などなら、居なくてもなんとかなるかもしれないと思った。
あくまで“かもしれない”と思っただけだ。現実には両親共健在で仕送りをしてくれて、妹も弟も普通に学校に通っている。
今は、全員に死なれても生きてはいけるが、十年以上立ち直るのに必要だろう、と言ったところか。
いや、こんな自分のくだらない妄想はいいとして、愛理のことだ。最後に別れてからメールを送り続けているのに、一つも返信がない。着信拒否ですらない。
恋人になってまだ半年だが、ケンカくらいなら今までもあった。しかしこれはもうどうすればいいのか見当もつかない。
こんな時漫画の主人公なら、「お前が不死だろうと俺はお前を愛している!」みたいなことが言えるんだろうが、流石に言えない。メールで伝えることじゃないにしても無理だ。
ため息をついて、図書館を出た。愛理の家に行こう。一人の女の子として愛理が心配だ。そんなに精神的に強い子じゃない。そして最寄り駅に向かう途中だった。
「ちょっとあんた、愛理のカレシ?」
ケバいギャルが自分にガンを飛ばして現れた。見覚えは無いが愛理の……友達だろうか?
「そうだけど、なんの用だ?」
「わかってんだろ、愛理が泣きながらTELしてきたんだよ! 『きゅーくんに嫌われた。もうどうやって生きれば良いのかわからない』って。あんた何したんだよ?! 愛理死にそうな声だったぞ……」
もの凄い勢いでまくし立てられても心は平静で、不死でも死にそうにはなるのかなんて意味のないことを考えていた。
「自分が何かした訳じゃない」
詰め寄ってきたギャルは、どうやら自分の冷静で氷のような声に怯んだらしい。
「じゃあ、愛理が何かやらかしたのか? いつもあんな幸せそうにノロケてたのに……」
「愛理が何かしたかと言われればそうだ。でも問題はそんなことじゃない」
自分はそれで質問には答えたと判断して、立ち去ろうとした。
「待てよ! じゃあ何があったんだよ!」
振り向く。
「それを確かめに愛理の家に行く。ついてくるな」
歩き出すも、ギャルは今度は進路を塞いだ。
「わかるように説明しろよっ! ケンカか? 別のことか?」
自分にも訳がわからない。しかしこのギャルは見た目は愛理と正反対に見えるが、友達として愛理を大事にしているようだ。ここまで食い下がるとは思わなかった。
「別のことだ。だがわかるように説明できない。自分にもわからないからな」
この言葉で、渋々ながらギャルは矛先を収めた。
「ふー、わかったよ。でも愛理のことは心配だから、あんたとケー番交換しときたいんだけど。良い?」
「ああ、構わない」
こんなところで足止めされて、愛理が逃げ出していたら、逃げ出すつもりだったらどうするんだと思ったが、基本的に受け身の自分は今回も受け身だった。
「あたしは志井眞子。字はこれな」
ギャルは……志井眞子は携帯の画面に自分の名前を打ち込んで見せた。
「死、今子?」
「てめぇ舐めてんのか? あたしをそう呼んで潰されなかった奴は一人として居ねぇぞ?」
つまり名前でからかわれる度にケンカして居たら、素行不良に傾いたタイプの人間か。わかりやすい。
「悪かった。自分が一方的に悪かった、すまない。志井眞子は良い名前だ。DQNネームではないし自分が悪意ある読み方をしてしまった。親御さんは立派な名前をつけたと思う」
自分は平身低頭謝った。いつもならこんなふうに読んだりしないが、タイムリー過ぎただけだ。
昨日死にかけて今日この名前の人物に出会ったら、こう読んでも無理はないと言い訳させて欲しい。
「うわ、プライドゼロだな。殴る気も起きねぇわ。じゃ、そういうことだから。愛理のことで何かわかったら連絡しろよ? 絶対だぞ!」
志井眞子はいきなり去って行った。現れた時と同じように。
「ふう……」
ため息をついて駅へ向かう。今のは何だったのだろう。にしても志井眞子はよく自分の場所がわかったな。妙な人脈があるのだろうが、さりげなく凄いと思った。
携帯を開く。返信はまだなかった。今まで返信が一時間以上遅れたことはなかった。この後に及んで自分はまだ、愛理に会うかどうか迷っていた。
自分に愛理を説得することができるかわからない。気持ちはある。でも……脳内に過去というトラウマが望まない緊急停止をした。同時に自分の足も止まった。
愛理の家は目の前だった。




