第五話 武術の授業(1)
教育上よろしくない言葉がいくつか出てきます。
「今日はいつもより早いのね。」
「どちらかといえば、絢子が一人で起きていたことに私はびっくりしたよ。」
朝7時。
いつもより早く起き、朝食を済ませて戻ると既に絢子が起きていた。
「・・うるさいわね。まだほんの数週間しか一緒に過ごしてないのに。」
機嫌を損ねてしまったらしい。でも、私より朝に弱い絢子が、起こすより早くに目を覚ましたことが今までなかったため、どうしても驚かざるをえなかった。
「だって、あんだけ寝起きが悪いと・・・ねぇ?」
さらに機嫌を損ねてしまったらしいが、いつも以上に朝からテンションの高い私を不思議に思ったのか、はたまた気色悪く思ったのか、眉をしかめて何か言いたげな目をして眺めてきた。その目を満面の笑みで見つめ返すと、さらに顔をしかめられた。
「今日は何の日でしょう?」
「・・・ああ。」
それを言っただけで気がついたらしい。
昨日の夜からはしゃいでいれば誰だって記憶に残る。そう、今日は初武術の授業の日だ。おつむの方は全く自信がないが、体力にだけは自信がある。昨日まで授業ではアホなことばかりさらしてきたため、やっと汚名を返上できる機会がきたってことだ。
「そうよね。あなたの頭じゃ、どうしてEクラスにいるのか全く分からないものね。」
「ぐ・・・」
そう、クラスによって学ぶ内容がそれぞれ違ってくるのだが、授業を受けているうちについていけないことに気がついたのだ。専門用語もバリバリ使われ、魔力の構成の仕方とかなんやら・・・全くできなかった。まさか、あの三バカに馬鹿にされる日がこようとは、ついぞ思わなかった。あいつらのせいで近所のクラスまで、私の馬鹿さ加減が広がってしまった。
「で、でも!武術は本当に自信あるんだって!」
絢子の冷たい視線を浴びながら、必死に言い募る。初日に、非常識だ、と絢子から忠告を受けていたにもかかわらず、非常識っぷりを発揮してしまった。それに、勉強面で言えばおそらく絢子の方が上だ。それなのに私が絢子より上のクラスにいるっていうのは、所謂“才能”という奴のせいなのだろう。
そう考えると余計絢子の視線が冷たく感じる。
「そのお手前拝見させてもらうわ。」
「お、おおう。がんばります。」
どうしていっつも絢子にこんなおびえていなくちゃいけないんだろう・・・嫉妬というよりも私をいじるのを妙に楽しんでいるように感じるところ・・・サディストの才能がありますか・・・?
*****
うららかな春の陽気、さんさんと降り注ぐ太陽の光、澄み切った青い空の中、校庭の隅っこで我らが1-Eは集まっていた。
「せんせぇ~。なんでこんなバカ広い校庭なのに、こんな隅っこで集合なんですか~?」
クラスメイトが目の前の教師に向かって、誰もが思っていたであろう質問をする。そう、何故か広い校庭で何故か隅っこの、妙に土地の悪いところで授業が始まろうとしていた。
「いい質問ですね。では、よく聞いておいてくださいね。みなさんがこの学園で生活する上で心得の1つですから。」
目の前の武術の教師がにこやかに私たちに言い聞かせる。
「高等部は結構な縦社会です。至って普通に見えますが、水面下ではクラスごとの小競り合いが起こっています。中学まではとは全然違います。だから、皆さんも気を付けてくださいね。」
それとこれとが、どう関係あるんだ?と思わざるを得ない回答に、私たちは困惑するばかりだ。
「そう、気を付けて・・気を、付けたはずなのに、あの女わざと俺の授業にぶつけて来やがってぇぇぇ!」
ここにいる全員びっくり。
物腰のいい先生とばかり認識していたものだから、急に言葉が荒くなった目の前の人を、驚いて眺めていることしかできない。
「あの女、マジふざけてやがる。犯すぞコラ。目にもの見せてやろうか・・・」
どう対処すればいいのか全く分からない。三バカ、お前ら男のくせに私に任せようとこずいて来るのやめなさい。え、何、委員長だからって私が何とかしなきゃなんないの!?
まだ見えない誰かに向かって怨念を呟いている教師に向かって恐る恐る話しかけた。
「あ、あの、先生?・・・そろそろ授業の方を・・・」
「あ、ああ。ごめんごめん。すっかり忘れてました。まあ、とりあえず、上クラスには気を付けてねってことです。今日こんな場所なのは、Aクラスも武術の授業を行っているので、いい場所取られちゃったんで、ここしか取れなかったんです。」
成績がいいとちょっといいことがあるって確かに知ってたけど、それってこんなところにも関係してくるのか、と内心呆れつつ、やっと始まった武術の授業に集中する。
「では、気を取り直しまして、授業を始めたいと思います。皆さん、武術について知っていることってありますか?」
生徒を見まわして、近場にいた生徒を当てる。
「では、君。武術は大きく分けていくつに分かれるかな。」
「はい。確か、大きく分けて、体術と武器術の2つに分かれたと思います。」
「はい、正解です。武術は体術と、武器術が存在します。今年1年は体術を君たちの体に叩き込みたいと思います。」
ん!なんか、先生の言い方がおかしくないか!?叩きこむとか普通言わないでしょう!私を含め生徒たちは皆引いている。そのことに気がつかないのか、はたまた気が付いていてあえて無視しているのか、そのまま話を続ける。
「魔術師は魔術があるから、武術とか必要ないって思う人が多いのですが、本当の戦闘に立った時、詠唱の間とか自分の身は自分で守らなければなりませんからね。体術の基本を今年で覚えてもらおうと思います。」
先生から黒いオーラを感じる。
話を聞いていた者は皆恐縮しきっている。
「では、2人1組で向かい合ってください。私が笛を鳴らしたら、組み手を開始してもらいます。相手を地面にひれ伏せることができたら終了です。怪我をしても大丈夫ですからね。私これでも癒術の資格持ってますので。」
なんとなくわかる気がする。痛めつけた相手を治してまた痛めつける・・ような構図がありありと浮かぶ。でも今はそんなことを考えている暇はなかった。誰と組めばいいのか、女の子とはやりずらいので、出来れば男子がいいが・・都合よくそんな女子と組んでくれる男子が居る訳・・・
「ユーヤ!俺と組んでくれ!」
いた。バカがいた。そこには無駄に明るい頭をした匠が手招きしながら立っていた。
「おう。でも、いいのか?」
「何が?」
「いや、私とだと、やりずらいだろう。」
「ん?どおしてぇ?」
舌ったらずな感じで蛍太が割り込んできた。隣では陽介も難しそうな顔をしている。
「だって、女相手に組み手とか・・・やりずらくないか?」
「「「・・・ああ!」」」
3人は今気づいたと言わんばかりに手を叩いて頷いた。
「「「忘れてた」」」
ガン!ガン!ガン!
「「「いってぇ!!」」」
同じネタを使いまわしはしたくないんだが、いかんせんこいつらアホだからそんなことにまで気を回せないんだろうな。でも、毎日のように殴っているので、私もこいつらも慣れてきたのか、初日ほどの痛がり方はしなくなった。
「そこ!ふざけてないで、準備しなさい!!」
「「「「はい!」」」」
先生にどやされて、やっとクラス全員が位置に着く。私の相手は先ほど話しかけてきた匠だ。お互いに相手を見据えて身構え、笛が鳴らされるのを待つ。
「それでは・・・・」
ピィィィィィィィィィィィィィ・・・・
甲高い笛の音が響き渡る。それと同時に匠が突進してきた。
「でやぁ!」
(いきなりグーパンとか、えげつないことしてきやがる、な!)
左から流れてきた拳をバックステップで避け、次に来た下からのアッパーを後ろへバクテンすることで避ける。その時に顎に蹴りを入れておくことも忘れない。
「ぐはぁ・・・」
私の蹴りをくらい上を向いているうちに次の行動へと移す。匠が顔を戻した時にはもう前には誰もいない。
「な!どこいっ・・!」
どしゃっ・・・・
あたりを見回そうとした匠を地面へと叩きつけた。
勢いを付けすぎたせいで、倒れる音が派手だったこともあり、周りのクラスメイト達は唖然とこちらを見ていた。
倒れた本人は目を回して地面に伸びており、倒した私は呆気なさすぎたことで困って立ち尽くしていた。
(えっと・・・どうすればいい、この状況。)
「うわあぁぁぁ!匠ぃ~!!」
「生きてるか!?生きてたら返事をしろ!回復薬使うか!?」
少し離れたところにいた3バカの二人が倒れ伏し、目を回した仲間を心配して駈け寄ってきた。がくがく揺らしたりしながら、騒ぎ続けている。・・・陽介はその妙な色した薬は何に使うつもりだ?2人とも、そいつは一応けが人なんだからそっとしておいてあげて・・揺らしたりなんかしたら余計馬鹿に・・
「素晴らしかったです!きれいな上段回し蹴りでした!!久しぶりにいいものを見せていただきました!!ええっと名前は何と言いましたっけ?」
混乱して騒いでいる2人を無視して、生徒たち同様、匠を倒した後唖然としてこちらを見ていた先生が、テンション高めにほめながら近寄ってきた。何というか、正直目がマジでちょっと怖い。
「藤城裕也です。」
「そう!藤城さん!パワー、スピード、判断力、どれも完璧でした!もしかすると、このクラスではあなたの相手を出来る人は居ないかもしれないですね。」
何を言い出すんだこの先生は。
「実力が伴われないところに居ると、せっかくの能力が養われませんからね。ちょっとだけ私についてきていただけますか?」
さっきから、テンションが高い先生は、私の返事も聞かず、勝手に肩を抱いて連れていく準備を進める。口をはさむにも、ずっとマシンガントークなせいで、なんて言っていいものか分からない。
「では少し席をはずしますので、皆さんは組み手の続きをお願いしますね。」
そう一言告げると私をずりずり引きずりながらどこかへと歩き始めた。
私も一言言っておく・・・誰もついてくなんて言ってないんですけどぉ!!!
*****
ずりずりずりずり
先生は私を引きずりながら、何事かをずっとしゃべり続けている。
「・・・だからね、藤城さん、頑張ってね。」
「へ?」
急に話しかけられるとは思ってもみなかった。何事かをベラベラ語っているとは思ったが、まさか私が聞いているだなんて相手が思っていたなんて。
「な、何を、」
「あ~ら、何だか耳障りな声が聞こえてくると思ったら、あなたでしたのね。」
甲高い女性の声が聞こえてきた。
「ああ、こんなところであうなんて奇遇ですね。」
その声に受け答えする武術の先生。どちらの声音も刺々しい。どう考えても嫌な予感しかしない。とりあえず現状を把握するため女性の声のする方へと顔を向ける。
「ほんと偶然って怖いものですわねぇ。」
そこにはジャージを着た女性が1人と、おそらく私の勘違いでなければ、あれはAクラスの生徒達だ。突然始まった大人たちの醜い言い争いを困惑した顔で眺めている。
(というより、いつまで私は拘束されてなきゃいけないんだろう。)
肩を組まされているため、斜め上で飛び交っている口汚いせりふを真直で聞かされる。
「今日という今日は目にもの見せてやるよ、このクソ女!!」
「やれるもんならやって見やがれこの負け犬が!!」
ドンッ
「うわっ」
背中を押され前に出される。ずっと存在を忘れられていたがここにきて、やっと認めてもらうこととなった。しかし、こんなに居たたまれなくなるくらいなら、あのままフェードアウトした方がましだ!
「えっと・・」
「こいつが今回の俺の手札だ。」
「そんな可愛らしい子なの?大丈夫かしら?こちらはもちろん佐倉さんよ。」
なんだか展開についていけないが、向こうも誰かがこちらへとやってくる。
「やはりな。藤城さん。気を付けてくださいね。骨の1本や2本だったら俺がいくらでも治してやるから絶対負けるな。」
「え、ちょっと、先生。話についていけないんですが。なんでそんな危険な話になっているんですか!」
「お前は話しを聞いていなかったのか?」
あんなマシンガントーク、聞き流さずに聞いていたら発狂します。
聞いているわけがないだろう!!
なぜ終わらなかった・・・
次回は短いかもしれません。