第十七話 成績発表
「ぃよしゃあーーーー!!」
A4判の四角い透明な成績表を片手に、私はその場で叫びながら立ち上がった。
「藤城さん、何があったかばっちり分かっていますが、もう少し喜びを押さえましょうね。」
担任も呆れを通り越して苦笑しつつ私の行動をたしなめる。だが、クラスメイトたちも、私の行動の意味を理解しているため、あえて反応を返す者はいない。・・・というより、自分の成績表を確認するので精一杯だ。
「裕也がそんなに喜ぶってことは、補習はセーフ?」
「当たり前だろ!じゃなきゃこんなに喜んでないわ。」
「良いなあ。俺たちは各自3つずつ補習確定だって言うのに・・」
「それもそれでどうかと思うぞ。」
それで今よりクラスが変わらないって言うのは、絢子が言う通り確かに理不尽かもしれない。魔力が強すぎて、暴走した時の周囲の回避能力がEクラスでギリギリなのだ。
「にしても、この成績表、面白いよなあ。」
「えぇ~?そう?」
「お前らは幼稚舎からこれだからわかんねぇんだよ。」
「「「?」」」
手に持っている成績表をプラプラ軽く振って応える。
皆さんも先に出てきた説明文であれ?と思った方も多いのではないだろうか。
そう、今配られた成績表はクリスタルで出来ている。しかも、A4判の大きさで厚さがかなり薄い。脆そうに見えるが強化の魔法が掛かっており、2階から落としても割れそうにない。
そして、面白いのがここからだ。A4用紙の様なので、もちろん表面には成績内容が書かれている。だが、この表を魔力を込めた手で叩くと簡単にバラバラに割れ、欠片達がそれぞれ違う形へと変化する。文字で表わされていた成績が、立体のグラフによって表わされるのだ。点数に順位、今の魔法の強さ・・・一般の人が見れば立体化した魔法陣のように見えるのだろう。
この学園は生徒の入れ替わりが激しくても、やはり持ち上がりの方が多い。そのため、高等部に上がって初めて渡された成績表であっても、私と同じように珍しがって遊び出す者は少数である。
「はいはい!お楽しみの成績発表は終おりなので、静かにしてくださいね?」
成績表で遊んでいる間に全員に配り終わったみたいだ。
「あと、昇降口広場で100位までの順位が発表されてるから、気になる人はチェックしてみてね?それじゃ、今日はここまで!」
教師は、ばいばあい。と手を振って教室から出て行った。
今、順位が発表されているといったが、所詮、100位までだ。1学年500人近くの生徒が在学している中、載るのはAとBとCクラスが少し。Eクラスに関係はないだろう。
「よし、昇降口行こう!」
「は?」
「何してるの?さあ、行くよ!」
「ボサっとするな。」
「ちょ、なんで?」
わざわざ用もない昇降口へ、訳も分からず3人に引きずられて向かうことになってしまった。いや、だから、なんで?!
*****
ざわざわざわざわ・・・
予想通り、かなりの人で混雑している。学年別のペンダントを確認すると様々な学年が入り乱れているのが分かる。
「ていうか、なんで一年の順位表に他の学年が確認に来てんの?」
「え?そりゃ確認するでしょ、佐倉が居るし。」
「それに、どれだけ有望な人間が居るかどうか確認しなきゃだめだろう。」
「ああ、葵ね。」
「呼んだ?」
「「「「!?」」」」
真横から聞こえてきた声に、私たちは声も出さずに驚いた。
「驚きすぎじゃない?」
顔を向けると、ヘラリと顔を緩ませた葵が立っていた。
「急に声をかけられれば驚きもするだろう!」
「え~、ゆう、気づかなかったの?」
「気配感じなかったよね。」
「おう、じいちゃんが背後に立っているのかと思った。」
「あ、俺はぴいばあさん。」
葵は幽霊か何かなのか。まあ、私も一瞬幽霊にたたれたのかと思ったが・・・
「もう、こんなに人を侍らせてるからだよ!」
「侍らせ・・ぐぉ!!」
急に変なことを言い出したと思ったら横から私の首に腕をかけて3バカを振り払うように引き離した。その時、軽く、いや、かなり首を絞められた。
「お前な!首絞まるだろ!!」
「だってぇ・・・」
首に腕を回したまま肩の上に頭を乗せてぶつくされた顔をした。
「・・・暑っ苦しい!!」
夏本番まであと少し。
その昇降口近くとなれば、ギンギンに冷えた教室から出てきたばかりの私たちにとってしてみれば、かなり暑い。そして人も多く集まっていてより温度が上昇している。
汗を流してここで立ち尽くしている所に抱きつかれえば、誰だって嫌に決まっている。
「・・・俺はあつくない・・・」
「声音が弱弱しいんですけど。」
額をぐりぐり肩に押しつけながら暑くないあつくない・・・と呟いているがどう見ても暑そうだ。その前にお前私の服で汗ふいてるんじゃなかろうな?
「佐倉、お前何位だったんだ?」
「やっぱ首席だよね!」
「あ、なんだ、いたの。」
「相変わらずのスルースキル。」
「ゆるぎないね。」
いつものやり取りが聞こえるが、お前らほんとに飽きないね。たまにはちょっと変えて行こうよ。
「で、首席なのか?」
「ん?うん。もちろん。だって、ゆうが旅行に連れてってくれるって言ってたからね。」
「餌でつったか。」
「さすが裕也だな。」
「おい、なんかバカにしてる?バカにしてるのか?」
私の言葉が聞こえているはずなのに、白々しくここから見えるはずもない順位表を覗き込もうと躍起になっているバカ共の姿が目に入った。
「おやあ~、そこにいるのはEクラスの藤城じゃないか?」
「?」
と、その時、聞いたことのない声が聞こえてきた。自分の名前が呼ばれたのでとりあえず振り返る。
「ゆう、知り合い?」
「っ」
葵が誰だかわからず私に誰か聞いてきたが、ペンダントを見る限りあれはAクラスですよ。そして思いっ切り顔をしかめて、悔しそうにこっちを睨んでくるんですけど。私の知り合いじゃないんで、明らかなやっかみだと思うんですけど。
「私はAクラスの後藤と言う。」
「あ、ご丁寧にどうも。Eクラスの藤城です。」
「いやいや、向こうさん名前知ってたよ。」
「裕也も結構抜けてるよなあ。」
「名乗られたら名乗り返すのが常識だろう。」
「ええ~。なんかふるーい。」
「・・後藤なんて居たっけ。」
「っっ!」
この人何なの!?空気読んで!誰か助けて!
葵の台詞でより憎々しげに私を睨んでくる。怖いもの見たさというものだろうか、ちらりと睨んでいる相手を見ると、思わず目があってしまった。目が合うと後藤はふっと笑った。
「佐倉。なんでそんな劣等生と一緒にいるんだ?」
「ん?」
その言葉で葵は顔を上げ、後藤と目を合わせた。目があった瞬間、後藤は小さくおびえたように見えた。
「っ、Eクラスの生徒と懇意にしているって聞いたけど、ほんとだったんだな。そんな劣等生の何が良いんだ?」
「・・・」
葵は何も答えない。少し上にある顔をのぞき見れば、その顔には何の色も出ていない。
「藤城なんて佐倉には合わない!今からでも間に合う、そんな奴ら切り捨てるんだ!劣等生なんか朝倉にお似合いなんだ!」
葵が何も言わないからだろう。後藤はどんどん大きな声になっていき、最後には昇降口に響き渡るほど叫んでいた。広場の騒ぎはまるで水を打ったかのように静まり返ってしまっていた。
それでもまだ、葵は何も言わない。ただただ、感情のこもらない目で後藤を見据えている。
「ああ~!!!!」
その静まり返った広場に、蛍太の驚愕したといった叫び声が響き渡った。その声に驚いて皆の注目が蛍太に集まるが、蛍太はそんなことも気にせず、私の方へと振り返った。
「ちょ、え、ちょっと、え?」
「・・・」
おそらく、余計なことに気がついたのだろう。さっきから話しに混じらず、蛍太はあちらを見ていたのだから気づいても仕方がないのかもしれない。
この後の面倒臭さを考えつつ、私は頬をひきつりながら蛍太に応えるよう促す。
「落ち着いてしゃべれって。どうかしたか?」
「どうしたかじゃないよ!なんで、なんで裕也の名前が!」
「!」
後藤はその台詞に、跳ね上がるかのように順位表の目の前まで駆け寄っていった。順位表の前にいた生徒達は自然と道を開け、そして皆も上から順に目を通していく。
「!」
そして一番最後の100番目、小さい文字で一番隅っこに記されていた。
「なっ」
「・・・へぇ」
葵と後藤はそれぞれ全く別の反応を示した。
葵は私の名前を見つけると、少し弾んだ声音で言葉をこぼし、首に回していた腕をより巻きつけた。後藤は驚いた様子で固まったまま動かない。
「裕也何やったんだ?カンニングか。」
「黙れ陽介、首の骨へし折られたくなかったら大人しくしてろ。」
陽介は不服そうに一歩後ろに下がった。ていうかお前、私の成績に全く興味示してないよな、残りの二人はかなり騒ぎ倒しているが、お前だけは興味なさそうにしているよな、だったら適当なこと言うんじゃねぇ!
「すげー!!すげー!!何あれ!何なの!!」
「100位!!ぴったり100番目!!」
「・・・おまえらうるさい。」
「ええ~!!だってすごいよ!」
「そうだよお祝いしなきゃ!!今日はケーキだ!!寿司だ!!」
「ちらし寿司~!!」
「・・・はあ・・」
周囲の視線は痛いわ、目の前の後藤はいつの間にか殺気だってこっち睨んでるし、葵は鼻歌歌い出すし、3バカ(2名)うるさい(1人ずっといじけてる)し、私にこれをどうしろと?
「後藤、なんだっけ・・・さっきお前が言っていた言葉・・・」
と、鼻歌を歌いながら葵が後藤へと問いかける。
「ゆうが、僕には釣り合わない・・・だっけ?」
「っ」
私を睨んでいた後藤は、小さく体を震わせ視線を少し上の葵へと合わせ、怯えたように表情を歪ませた。
その様子を不思議に思い、葵の顔を横からのぞき見ると、いつも通り笑っていた。ただし目の中に怒気を含ませて。
「!」
「何故貴様に決められればならない。釣り合う、釣り合わないは関係ない。当事者がお互いに認めるか、認めないかの違いだろう。ゆうは私が認めた人間だ。貴様にとやかく言われる謂われはない!!」
ばちんっ!
葵が感情を表に出してしまったその刹那、見えないないかが、後藤の頬をカスって背後の順位表へとぶつかり大きな音をたてた。順位表は破れた端が熱を持ち赤くなっている。
「まあ、図らずも、成績については、貴様のお眼鏡に適うんじゃないか?・・でも、お前のような奴をゆうの近くには置いてやらないけどな。」
クスリと小さく笑いながらそう言い捨てた。
「葵・・・」
「えへへ、やっちゃった。」
「いやいや、やっちゃった、じゃないだろ!」
「佐倉が片鱗見せるのなんて小さいころ以来じゃない?」
「そうだな、昔は大人しいつまらん奴だったしな。」
ここだけ穏やかな空気が流れているが、周りは騒然としている。
当たり前だろう。学年トップの人間が、感情を揺らがしただけで魔力を暴走させたのだから。来た時の賑やかしさと違ってまた別の騒がしさが広場に漂う。
「で、どう納めるんだよこれ。」
渦中の人のはずなのに、なんで一番蚊帳の外なんだ!!
*****
「お待たせいたしました。こちらケーキセットのチーズケーキとチョコレートケーキとコーヒーお二つになります。」
「あ、それ俺の。」
「僕、チョコー。」
「はい。それでは失礼いたします。」
喫茶店の店員がすべての品物を運び終わり、伝票を置いて下がっていった。
奇跡の成績発表から、ところ替わってここは街の喫茶店。さっき騒いでいた通り、お祝いと称したテスト終了お疲れ会を開催していた。
ちなみに、私は苺のショートケーキと紅茶、葵はチーズケーキとコーヒー、蛍太がチョコケーキとコーヒー、匠がマンゴーパフェ、陽介があんみつと抹茶だ。
「わーい!いただきます!!」
「あ、蛍太!俺のマンゴー盗るなよ!」
「ん~!んま~!!」
「・・・・女子高校生かっ!」
誰だってそんなこと目の前で繰り広げられたら誰だってそう言いたくなると思う。葵はこいつらの行動なんてガン無視でコーヒー飲んでるけどな。
「どうしたの、裕也。」
「カルシウムが足りないんじゃないのか?」
「仕方がない、俺のアイスを少し分けてやるよ。」
「そんなのいらねえ!というか、普通に食えよお前ら。」
女子高生のごとく食べあいっことかやらなくていいから。
「はい、ゆう。あ~ん。」
「お前も人の話を聞こうな?」
「まあまあ。」
「んむごぉっ」
注意してやったら、開いた口の隙間にそのままホークを口の中に突っ込まれた。ちょっと口の中が痛かった。
「ん、これうま。」
「でしょ、昔からうちで贔屓にしてる老舗の店だからね。」
「そんな豆知識はいらないから。」
「そう?」
そんなキツイ一言を言われようとも、葵は、花が咲いているかのようにほのぼのとして笑っている。
「でもさあ、本当に逃げてきて大丈夫だったのかなあ。」
「今更それを言うのか。」
「いや、だってさあ。」
あの後も、葵は今みたいに、その場に不釣り合いな笑みを浮かべていたんだ。
*****
混沌な空気が漂う中で、打開策がないかと考えている私の耳に、遠くの生徒が話しあっているのが聞こえた。
(先生、呼んでこようよ。え~でも相手は斎名家の人間だよ・・・。)
これはまずい。タダの小競り合いなら先生方も放っておくが、これはもうヤバい。ちょっと大事な喧嘩になっている。喧嘩をふってきたのは向こうからだが、相手は現在劣勢、こちらに部がある。
「ねえ~。そろそろ行こう?ケーキ食べるんでしょう??」
あまりに空気の読まない蛍太の台詞だが、これは打開策になりえる!
「そうだな!門限もあることだし早く行こう!」
「めずらしいな、裕也が乗り気なのは。」
「ゆうが行くなら俺も行く~。」
「さあ、限られた時間しかないんだから急ぐぞ!」
私は葵の腕を振り払って小走りに下駄箱へ近よる。
背後から蛍太たちの意外そうな声が聞こえてくるがそこは全部無視だ。さっき話しあっていた女子たちが職員室のほうへ走っていったのが見えたんだ!そんな悠長にしている暇はねえ!!
「ほら、お前ら急げ!!」
「ちょ、裕也!!」
4人を置き去りに私は外へと駆けだした。
*****
息を切らしながら街に着いて後ろを振り返ると、離れたところにキチンとついてきていた4人が目に入った。皆、暑かったからか上着を脱いでいたりネクタイを緩めたりしていた。羨ましいなと思いつつ、合流したところで、葵からの発言で今の店にやってきたのだった。
「あれは、葵が悪いんだからな。」
「ん~?」
呑気にケーキを頬張っている姿が憎らしい。
「でも、佐倉も暴走することってあるんだな。」
「そうそう。俺もそれにはびっくりした。」
幼い子供なら暴走させることは良くある。また、自信の器に合わないほどの魔力を持って生れてしまうと、なかなか制御席ないものも多かったりする。蛍太がその良い例だ。
でも、まさか優秀だといわれている葵があんな風に力を暴走させるとは思わなかった。
「ああ、あれ。わざとだから。」
「は」
「ん」
「え」
「むぐ。」
匠はちょうどパフェを食べていたらしく、軽くのどに詰まらせたみたいだ。
「・・わざとって。」
「ん~、これからもあんな奴らが出てこられたら困るから、ちょっとしたパホーマンス?」
「パホーマンスで学校にキズ入れんなよ・・」
「あれだけやれば、小物はもう寄ってこないでしょ。」
「いや、まあそうだけどさあ。」
先ほどから同じ笑顔のままの葵とは対照にこちらの笑顔は引きつるばかり。
「そんなことより、あの点数はどうしたの?まさかあそこまでなるとは俺も思わなかったんだけど。」
点数・・・と言うより、100番目に滑り込みをしてしまった、私の成績についてだろう。しかし、これには、きちんとした理由があるんだ。
「それは俺も気になった。佐倉のしごきには俺たちだって頑張って参加したのに。」
「今までよりは稼げただろ。」
「まあ、それは感謝してるけど・・」
「まあ、ゆうにはお前らにやらせた問題の他に、課題も出してたからな。差が出て当たり前だろ。」
ええ、ええ。そのおかげで私は寝不足ですよ。
皆と同じ量では勉強についていけなさすぎたから、葵から課題を出されていた。そう、魔法文字について10冊を毎日書きとること。魔法文字は陣を描くにも、呪文を唱えるためにも必要な基の部分だから、とまずできるようにして来いと言われたものだ。
「差が出たって言うより、先生のミスのおかげだと思うけど。」
「?」
葵は優秀すぎるから気がつかなかったらしい。答案用紙の結果にも、興味がなかったのだろう。
「魔法文字、1年の範囲外から出てたやつあってな、それ、満天とったんだよね。」
あれだけしつこく魔法文字について書きとりしてれば嫌でも見ればすぐ判別できるようになる。
「じゃあ、プラス点でってこと?」
「まあ、そうなるな。」
呆気ない結果に皆毒気を抜かれたような顔をしている。
私だってそんなことになるとは思わなかったんだ。
「そんなことあったんだ。」
「そうだよ。結果的に葵のおかげってことになるけどな。」
次のテストでは確実に成績落ちると思うけど、まあ、今回が奇跡的だったということだろう。
「あ、お祝いだから、もちろんお寿司食べに行くよね!」
「普通飯食ってから甘いもんって食うんだろ。」
「いいじゃん、別に。お腹減った~」
それが本音か!