第十六話 経過試験と昇格試験
本日晴天、良いテスト日和である。
カリカリと文字を書く音が聞こえる教室には、他に蝉の音がかすかに聞こえてくる。
一歩外に出れば夏の暑い日差しが照りつけるのだろう。
(この数量を求めよ・・・か。)
私たち一学年は、現在、一般科目の試験を受けている。
今日で3日目、最後の教科は数学だ。
魔術師を目指すからと言って、一般知識も出来なければ仕事なんて来るはずもなければ、出来るはずもない。しかし、一般科目はこの学園に入るために皆、必死に勉強してきているものなので、出来ないものなどいないに等しい。そこだけを見れば、世界でもトップクラスの成績だ。
(え~と、Xには8が入る訳だから、Zは二乗させて・・・)
今日までが試験準備期間。本当の試験は、明日から始まる。
*****
魔法の試験は「呪術、符術、召喚、魔法文字、武術、薬学」の6つがあり、最後に実技の試験がある。符術や召喚も実技として考えられるが、符術は護符などの媒介を使用するもの、召喚は魔法陣を使用してその場所へ対象(有形、無形問わず)を呼び寄せるものである。そして、実技は自分の魔力のみを使って、火・水・風・土の基礎魔法を発現させる。
「はあ~い。皆さん注目!黒板には3日分の授業の順番について書かれています。クラスによって変わってくるから気をつけて教室移動してね?」
担任の教師はいつも通り、気持ち悪く登場し、説明しだした。
「魔法科目の試験は、初めてだから皆緊張してるかもしれないけど、今日を含めてあと3日、落ち着いて頑張ってね?私は応援しかできないけど、昨日までのみんなの一般科目の解答を採点しておくからね。」
私たちは顔が一瞬引きつった。緊張をほぐしてくれるのかと思えば、より緊張させてきた。本当になんていう教師だ。
「さて、ではこれでホームルームを終わりにしますので、一時間目は魔法文字だから時間までに教室に移動してね。」
バイバーイと言って教室から出て行ってしまった。
ドアが閉まる音と同時にクラスメイト達は教室を移動するため移動しだした。
「裕也ぁ。移動しようぜ~。」
「ん?ああ。」
いつも通り3バカが近寄ってきた。
そう言えば、女の子の友達、絢子以外に出来なかったなあ。クラスメイト達は普通に喋ってくれるけど、何か腹に一物ありそうな感じだし、他クラスは絶対に遠巻きに見てくるだけだし。
「はあ。」
「何溜息ついてるの?あ!もしかして、ここ数日佐倉が来てないから落ち込んでるの?」
「は?」
急に突拍子もないことを言われ、思考が停止してしまった。
そう言えばあんなに毎日Eクラスに通っていた葵がテスト期間になってから一度も顔を出していない。しかも、昼休みや放課後にも会いに来ていない。
「そう言えば会ってないな。」
「それだけか。」
「は?何が?」
「・・・そんなことより早く移動しようよ!」
蛍太に急かされ私たちも教室へ移動するのであった。
*****
(・・・読みとれはするが・・なんて描くべきか。)
葵の猛特訓のおかげか、見ただけで大体の魔法文字は読めるようになったが、描く練習はそんなにしてなかった。と言うか、しなくても魔法陣などを描くときは持ち込み自由らしいから、文字の描き方なんか覚えてない。
(あ~こんな感じだっけか?あれ?いやいや、もっとミミズがのたくったような感じで・・・)
と、その時。
ドオォォン・・・・・
ガタガタガタと今の大きな音による地響きと揺れの余韻が残る。
もちろん、試験を受けていた生徒達は皆顔を上げて困惑している。試験中なのでしゃべる訳にもいかず、しかし、不安が消えないこの騒然とした中で、唯一頼りになりそうな教師へとすがった。
「ああ~。大丈夫ですよぉ~。どうぞ、続けてください~。」
おっとりしているとは思ったが、この試験官、ゆっくり過ぎないか!
しかし、教師がここまで落ち着いているのだから、そんなに問題ないのかもしれない。
「後~、数十分で試験が終わってしまいますが~・・・皆さん、心残りはないですか~。」
その言葉にはっとして試験の続きに取り組む者、既に解答済みで窓の外に意識が行っているもの、そして、一通り目は通したが分からなかった者。もちろん私は3番目だ。
(今の音から察するに・・・衝撃波か何かを地面にたたきつけたって感じか。)
今日は魔法科目の試験であるなら、実技系の試験で、誰かが魔法に失敗したか、はたまたでかい魔法を使ったか。
「そう言えば、今はAクラスが近くで符術の授業を行っていましたね~。方向からしてもあっていますし・・・上のクラスの皆さんは暴れん坊さんで困りますねぇ~。」
(そんなにのんびり言われると気が抜ける・・・でも、近くでAクラスってことは、葵かなあ。防御魔法を試験官の先生がかけてるって言うのに、それを上回るのか。)
残り数分になってしまったのでもう一度だけテスト用紙に目を通してみよう。もしかしたら何かに気がつくかもしれないしな。
(あ、名前も魔法文字で描かなきゃいけなかったのかよ。)
とりあえずそこだけ直しておこうと思う。
*****
「ぎゃああぁぁぁ!退避退避!!!!」
「全員外に出ろお!!」
「きゃあああ!」
「またかよおぁぁ!!!」
背後より迫りくる炎の渦にEクラス生徒達は一斉に、窓から、ドアから外へと逃げ出した。
ごああぁぁぁ・・・どおぉん!!
最後の一人が退避し、閉じたドアに真正面から炎の渦が激突した。
「・・・・わぁお。」
「棒読みになってるよ。」
窓の陰から頭だけ出して私に注意する。
「いや、だってまさかここまでとは・・・」
そう。私はただ、渦に巻かれた炎を作り出し、それをガラスのランプに灯そうとしていただけだったのだ。生成は完了し、魔力供給を断って、数時間使用できるように切り離そうとしていたまさにその時、大きなくしゃみが出た。言わせてもらうなら、これは私だけの責任じゃない。隣で大きな風を起こしたはいいが、ホコリを舞わせるなんてことをした人も悪いと思う。
「だから言っただろ、魔力は篭めすぎちゃい」
「言わせねえよ?お前らだけにはどうこう言わせねえよ?」
まだ話途中の陽介の話を遮る。
「何でぇ?」
「なんでも何も、普通の試験のはずなのに、教師3人付きの特別教室での別試験って・・・おまえらだってきちんと魔法を使えていない証拠じゃないか。」
実はこの3バカ、試験が始まると同時に、別の教師陣により連れて行かれ、今の今まで姿を見ていなかった。
「むぅ。僕は別に良いって言ったのに。」
「いや、お前が良くてもこっちはよくないから。」
と、そこで周りからブーイングが起こった。曰く、私の言葉に賛同すると、お前も周りに迷惑かけてんじゃねえ、とのことらしい。
いやはや、それはまことにモウシワケナイ。
「全く今年は何だって言うのよ。傑物ぞろいだとでも言うのかしら?」
「先生・・・」
長い髪を右手で払いながら文句を言うのはAクラスの武術教師だ。
「よりにもよって実技の試験官になっちゃうなんて、本当についてないわ。」
「何かあるんですか?」
「何かあるなんてものじゃないでしょう?明らかに貧乏くじじゃない!一年目の生徒達のじゃなくても暴走させやすいっていうのに、しかも今年は2人の斎名家直系までいるし。私を過労死させる気なの?ねえ、藤城さん?」
「あ、あははははははは。」
目がマジです。生徒一人に対してそんな殺る気出さないで。
「でも。このクラスの異常なまでの危機察知能力と回避能力には合点がいったわ。」
「そーですか。」
「ええ、毎回授業でこんなことが起こってたら嫌でも身に着くわね。」
「いや、毎時間は起こってないですよ?」
「その言い方だと、数回に一回の割合で起こってると言っているようなものよ?」
「・・・・」
ノーコメントでお願いしたい。主に私の周囲で起こっていることですから。止められなくてすみません。
*****
「ゆーうー!!久振り!!」
「あおい・・・」
がしっとハートを飛ばして抱きついてきたのはいつもの彼のお人。
テストが終わったその日の放課後にやってくるとは、元気な奴め。
「うふふふ、テストの間はせめて集中してやろうと思ってゆう断ちをしてたんだけど、ストレス溜まって、暴発させちゃったよ~。やっぱり我慢はよくないよね。」
「左様ですか・・・」
「うん。だから今まで会えなかった分の充電中ね。」
「左様ですか・・・」
「うん!・・もしかしてゆう、元気ない?」
「・・・・・」
ちょっと今更な気がします。
いつもなら抱きついてきた時点で引き離そうとするが、今日はそのまま放置してたのに、全く無視していたとでも言うのか。
「あれ~?せっかく俺に会えたっていうのに、もっと元気出していこう!」
「左様ですか・・・」
「むう・・・そんなに試験、ダメだったの?」
「・・・ダメでした。」
「ん~。まあ、昇格試験さえ落ちなきゃ大丈夫。そこまで気にしなくていいと思うよ!」
「・・・・」
昇格試験。
それはそのままの意味で、進級出来るかできないか、を測るテストだ。
経過試験はこれからの進み具合を測るために実施されるが、昇格試験はいわば、留年するかしないかを見るテストだ。これに受けらなければ進級できない。でも、ここの先生たちは優秀なのか留年する生徒なんてほとんどいない。
また、余談だが、この試験は茜祭の1か月前に実施され、競技大会の出場権もかかっている。
「あれ?いつもより静かだと思っていたけど、あいつらは?」
「ん?3バカ?あいつらなら終礼終わってすぐ騒ぎながら飛び出して行ったけど?」
「・・ふうん。」
興味なさそうに返事をして挙げた頭をまた私の肩の上へと戻した。
興味ないんだったら聞かなきゃいいのに、と思が、それを言う元気もない。
ちなみに、あいつらは、終礼後、「甘いものが不足している!」だか「血糖値が~」やら叫びながら走り去って行った。おそらく街の店にでも行ったのだろう。田舎町だがいろんな店が立ち並んでいるから、ケーキ屋も多いはずだ。
まだ学園の外に出たことがない(出る必要がない)ので、街に行ったことはないが、そのうち遊びに行きたい。
「ん・・・?」
と、急に葵が何かに気がついたように顔を上げ、廊下の方を睨みつけていた。ちょっと様子がおかしいような気がしたので思わず心配になってしまう。
「葵?どうかした?」
「・・いや、気のせいだった。」
ふわりといつもと違う笑い方で振り返りまるで私を諭すように話しかけるので違和感を感じてしまう。しかし、何を言ってもかわされてしまう気がしたので、反論せず、ジッと葵を仰ぎみていた。
すると、葵は困ったように表情を崩し口を開いた。
「ちょっと、悲鳴のような声を聞いた気がしたんだけど、森が近くにあるからね、鳥の声と間違えたみたいだ。」
「そう・・」
私の目力に苦笑してフォローを入れたようだが、それがまた胡散臭い気がしてならない。
しかし、今は夏本番。動物たちも騒ぎ出しているころである。今もざわざわと争っているような気配を感じるので、あながち嘘とも言い切れない。
「そんなに気にしないで。あ、そうだ!ゆうに聞きたいことがあったんだ!」
「何?」
急にいつもの調子を取り戻して話しだすので、呆気にとられてしまった。
「うん。長期休暇になるでしょう?ゆうはどうするの?」
「酷なことを聞いてきますね。」
今日、ちょうど試験が終わり、その結果が出るのがこれまた来週!
来週には地獄の補習祭りになるか否か、の結果発表がまっている。
「まあまあ、とりあえずの予定だって。」
「・・・・。まあ、一応実家に1週間ほど帰って、他は講習を受けようかと。」
「!実家!!」
キラキラと目を輝かせて前の目になるので、私の体は結果的に横へと傾いた。
「実家がどうかした?」
「うん!俺、唯さんに会いたい!」
「唯兄に!?」
解説しましょう。
私、藤城裕也は4人兄弟の下から2番目です。上に兄が2人、下に弟が1人。前にもお話ししたかと思いますが、ほんとに男系の家系です。そんなこともあってか、良くて中性的、悪くて男性的な顔立ちをしております。まあ、私のことはそのぐらいにしまして、まあその兄たちがまた荒くれ者で・・・弟・雅希は小学生のくせに冷静な突っ込み役と言いますか、いつも漁夫の利で得をする怖い奴で、次兄秋秀は腕っ節に自信があるようで、周りの不良どもを良いなりにしている。年が一つしか違わないのに何をやんちゃしているんだか。そして、話題の人、長兄とは・・・
「あの、柔和な笑顔の裏に隠されたおなか真っ黒鬼畜ドSの唯兄!?」
「うわ~、すごい言われよう。昔はあんなに一番懐いてたのに。」
「ぐ。」
私の黒歴史を掘り起こさないでほしい。
昔は深く考えていなかったんだ。ただの優しい兄だと、そう思ってたんだ。5つも年が離れてたから頼りがいがあるように見えて・・・
「ゆうの初恋のひ・・」
「それで!!唯兄に会いたいって、どうするの!!」
わざと大きな声を出して葵の言葉を遮った。
皆の通過点ですよね。ただ、父親ではなく長兄だったというだけで。
「そんな、力いっぱい遮らなくてもいいと思うけどなあ。」
「うるさい。」
「分かった、分かった。で、9年ぶりな訳だよ?会いたいにきまってるじゃない。」
確かにそうだ。
小さい頃は葵だって唯兄にはかなり懐いていた。口には出していないが、もしかしたら憧れていたのかもしれない。秋兄も唯兄には昔からかなわなかったみたいだし、私たちの周りで一番強い人だった。
「ん~。じゃあ連絡しておくよ。たぶん大丈夫だろうから。」
「本当?楽しみだなあ。」
更に機嫌の良くなった葵に引きずられて、少しだけ気分の回復した私はとりあえず明日のためにも寮へと帰ることとなった。
これまた余談だが、その日の夜、母に電話したところ即OKをもらった。
と言うより、葵に会えることが嬉しそうだった。「いつ来るの?いついつ?きゃー!準備しなくっちゃ!!」と騒いで勝手に電話を切られた。
そう言えば母は葵が大のお気に入りだった。小さいころの写真には葵と一緒に写っているものが大半だった気がする。
小さな波乱の予感を感じつつも、私も帰省が楽しみになってきた。
(補習はなしでありますように!!)
窓の外から夜空を見上げ楽しい休暇となるよう、祈ったのであった。
遅くなりませたが何とか出来上がりました。
兄弟の話は最終章で出す予定だったのに、なぜ第一章から・・・
誰かプロット作ってください(切実)