第十四話 試験前の試練
「さてさて、今日も楽しいお勉強の時間がやって来ました!」
ぱちぱちぱちぱちと、満面の笑みを浮かべた葵の拍手の音のみが響き渡る。
「「「「「・・・」」」」」
他5名は図書館の椅子前かがみになって座っているので前髪で表情が読めないが、どんよりとした雰囲気が立ちこめており、周りのテーブルには誰もよってこない。
「いやいやいやいや、楽しくねえよ。」
「誰だっけ、葵呼んだの。」
「裕也でしょう?」
「頭良い奴が必要だろう?」
「俺、実験ならでき・・」
「実験は試験科目にないから。」
「そうだね。実験じゃなく、調合だね。」
小さな声で話し合いを続けていた私たちを見かねたのか、こちらを傍観していた葵が口を挟んできた。
「さあさあ、こんなことしてる暇はないんだから、さっさと進めようね?」
にっこり笑っているが、よく見れば何やら背後から黒いオーラが・・・
「でもさあ、これ、間に合わなくね?」
「初めからあきらめるようなこと言わない。」
ぴしゃん、と私が言った台詞をそこで断ち切った。
「はいはい。俺が全員何とかさせるから、長期休暇前の大事な試験をちゃんと乗り切ろうね。」
「「はい・・・」」
他3名は返事すら上げられなかったようだ。
今ほど葵が言った通り、現在、私たちは長期休暇前の内申確保に必死になっていた。試験と言っているのだから筆記テストもあるが、重要視されるのが実技テストだ。まあ、実技さえ出来ていれば、筆記なんて簡単に解けるものである。実技も筆記も出来なくても、内容を理解していると試験官が判断できた場合も内申は高い。だから現在、私たちは図書館にて勉強中なのである。
「ちなみに、一番できてないの、ゆうだからね?」
「う“・・・」
私はそのままテーブルに突っ伏した。
「杉沢さんは、Aクラスでもやっていけるほど詳しいね。」
「それはどうも。」
「実技はからっきしだけど。」
「・・・・」
私への言葉と違って、嫌みのない葵のその台詞に言い返せない憤りを感じてか、絢子は目の前にあった呪術の分厚い洋書を読み始めた。
「佐倉~佐倉~!僕は~?」
「覚え方が雑。一つ覚えたら前教えたこと忘れるのをやめろ。」
「はい。」
蛍太も私と同じくテーブルに突っ伏したのであった。
*****
静かだが、たまに人の相談するような声が図書館にざわめく。
適度な人の話し声が、集中を掻き立てる。
ふと顔を上げると、近くの窓から、この学園のシンボルである桜の木をうかがうことができる。
「はい、残り一分。ゆう、現実逃避してないでちゃんと目の前のことに集中して。」
「うぃっす。」
葵が懐中時計を見ながら私を注意する。
5人そろって、テーブルにかじりついて解いているのは、葵特製小テストだ。
皆のカリカリと言う解ける音を聞いていると、どうしてかな、自分の解答用紙を見て涙が出てくるよ。
(まず、どうして問題自体が魔法文字で書いてあるんだよ。しかも一種類じゃないし・・・4・・いや5種類使ってるぞこれ・・・)
「おお、そこまで分かるようになった?」
「・・・私の心の中を読むな!」
「読んでないと思うよ?」
「うん。思いっきり声に出てたよ。」
「集中できないから全員黙って。」
誰が誰だか皆さまお分かりだと思う。
残り時間は後30秒を切っているので、皆諦めて他に集中を飛ばしているらしい。約1名をのぞいて。
「はい。とりあえずこれで終了。全員ちゃんとできたのか?」
さすがに呆れて私たちを仰ぎ見る。
「見ればわかる。」
「そうだ、見ればわかる。」
「見なくても態度で分かるでしょう?」
渡しながら葵に伝えると、後ろから絢子が溜息をつきながら呟く。
「まあ、そうなんだけどね。」
そんな葵の言葉に少々傷つきながら、目の前の魔法の本に手を伸ばす。
「それはそうとして、ゆう。この問題、魔法文字を5種類使ってるってよく分かったね。読んで書いてても、結構違和感感じなかったりするんだけどね。」
「ん~?そうか?違和感ありまくりだったけど?」
「僕は1種類だと思ってた。」
「そうね、私も言われて初めて気づいたわ。」
そんなことを言われても根拠がある訳ではなかったので、どう答えていいものか。読んでいて違和感があった。ただそれ一点のみだ。
「もしかしたら、魔力の残滓でも拾っちゃったのかなあ。これでも気を付けて描いたんだけど。」
魔法用の文字は呪術の授業でも使われていた通り、意味を成せば魔法として完成する。魔法文字は見れば違いの分かるものもあるが、分からなものの方が多い。違いの分かる人間は、本当にそれに通じている人か、魔法に詳しい人かに別けられる。
「でも、私は特に勉強できる訳じゃないよ。」
「ん~。」
私の頭の出来に配慮したのか、そう言葉を濁してそれぞれの答案を採点し始めた。
・・・一番最初の解答以外、テンポ悪く採点しているようですが、大丈夫でしょうか?
*****
手に持っていた小テストを、結果を見て握りつぶした。
「昨日もだけど、そんなに点数悪いの?」
「・・・お帰り、絢子。」
経過試験と呼ばれる長期休暇前のこの試験は、休み中に生徒への補習を行うこともあり、皆必死になってこれを回避しようとする。実際には、生徒の理解度を確かめ、一人も遅れの出ないように措置(補講)を下す基準とするためのもの。そして、ここまでの生徒の成績を評価するためのものである。これとはまた別に実施される講習に参加したい、と考えている生徒も多いので、試験前は皆必死だ。
もちろん私も必至だ。講習にも出てみたいと思ってはいるが、今の私には到底理解できないのだろう。
遅くまで学園に残っていたらしい絢子が、先に寮に帰ってきていた私を見つけ、握りつぶした用紙が目に入ったらしく、話しかけてきた。
「今日もEクラスは小テスト?」
「試験前だからって、担任が張り切っちゃって。」
握りつぶした小テストをもう一度開いてのぞくと、机に突っ伏した。
「はあぁ~~。」
「裕也って、理解力がない訳じゃないのに、どうしてそんなに覚えられないのかしらね。実技もそこそこ、武術のみ特出してる。」
「そうさねぇ。」
「自分のことなのに、興味、なさそうね。」
「興味はあるけど、今は目の前のこと以外考えられない。」
ああ、と納得のいった顔をすると興味が他に移ったのか荷物を片付け始めた。
「そう言えば、寮長に勉強、教えてもらおうと思ってたんだけど、裕也もいく?」
「マジで?行く、行きますとも。」
寮長は、あの見た目通り、頭がめちゃくちゃ良い。話を聞くだけでも、おそらくためになる。とりあえず、絢子の準備が終わるまでに、目の前の問題集を解いて、必要な資料集を準備しなければ。
*****
「よく来たな。」
「「お邪魔します。」」
寮長室を訪ねると、部屋の中からすぐに寮長が出てきた。
初めて寮長の部屋に入った訳だが、とても10代の若者の部屋とは思えない落ち着いた部屋だ。よくよく見てみると、家具一つ一つが高そうだ。
「それで、何を聞きたいって?」
中央に置いてあるテーブルに勉強道具を広げる。
「これらの内容の傾向と対策ですね。教師によっても変わってくるとお聞きしたので、わかる範囲でお聞きできればと思いまして。」
「熱心だな。一年目でそこまでやってると、最後には息切れするぞ。」
「大丈夫です。今までと同じことやってるだけですから。」
その台詞に、軽く驚いたのかぽかんと目を見張ると、小さく笑った。
私はと言うと、絢子の発言にちょっと引きながら目の前の問題集に目を向けていた。
「お前は勤勉だね。仕方がないから、そんな可愛い後輩に勉強を教えてあげようか。」
私の隣では、あいつは厳しいがあいつは手を抜いても評価をくれる、この教科では基礎さえできれば、でもこの教科は実技を重要視するだの、教科慮を開きながら要所要所を確認している。
だがしかし、私にはそんなことをしている余裕はない。基礎をとりあえず丸暗記しなければならないので、基礎の問題集をたくさん解くことにしている。葵にも、一日3冊ほど解くように、と無茶な課題を出されているので必死で解答を書き込む。
分からないところがあれば、寮長に解説してもらう。
「にしても、これだけ知識に差があるのに上下が別ッてのが、魔法学校ならではおもしろいところだよな。」
「面白くないです。」
「情けない話です。」
冗談めかした寮長の言葉に、2人して同時に反応した。
「情けないって・・・絢子、ひどくね?」
「事実ね。言われたくなかったら、一日に問題集5冊といてみたら。」
「まあまあ、そう追い打ちをかけるな。」
「「誰のせいですか。」」
絢子の言葉通り情けない顔をしている私は、いつも無表情な顔がより冷たさを増し標的を逸らさない絢子を仰いで、余計ぐったりした。
「集中もすっかり切れたみたいたし、休憩にするか。」
「休憩だあ!!」
叫んでそのまま後方へと寝ころぶようにバタンと倒れる。そのまま腕で目を覆って何も考えない。絢子がだらしないやら、失礼だやら言って、寮長になだめられていたようだが、そのまま聞き流してしまうことにしよう、私は疲れている。
(何も考えずに・・・頭を休めて・・・?)
ばったん!ばたばたばた!!ばさばさばさ!!
「・・・外、騒がしくないですか?」
床にくっついていたので、部屋の近くで騒いでいると色々聞こえてくる。
その中で、一際騒がしい音が近づいてきているような?
「あいつらは。」
「「は」」
ばたばたばたっ!ばんっっ!!
「「寮長!!」」
騒音と共にやってきたのは、胡桃と紅葉であった。
ずっばんっっ!!ごんっ!!
「「!」」
しかし、勢いづいて入ってきた2人は、いつの間に移動したのか、扉の横で待機していたハリセンを持った寮長にひっくり返されてしまった。
私と絢子は背後にひっくり返った2人が結構いい音させたので、驚いて、寮長を見上げた。
「お前ら、うるさい。寮内を走り回るんじゃない。」
「どこかで見たような風景ね。」
「?」
「っあそこまで悠然と構えられませんよ、私には。」
寮長は不思議そうな顔をしたが、見覚えのありすぎる風景で、思わず少し言葉に詰まってしまった。2人ではなく3人だった訳であるが。
「「だって!寮長が勉強教えてるってきいて!!」」
「ああ、後輩に頼まれたら、期待には答えてやらないとな。」
「いつもは私たちと勉強してくれるのに!!」
わあわあと胡桃と紅葉は騒ぎだした。断片的にしか聞きとれないけど、つなぎ合わせると、今日も勉強の約束をしていたのに、急にドタキャンされ、違う人と勉強をしていたことが気にいらないらしい。
「どうする、絢子。」
「大体理解できたし、そろそろお暇させてもらった方がいいかもしれないわね。」
「そう。じゃあ。」
いつも以上にめんどくさいを相手している寮長に話しかけられる訳もなく、メモ書きだけ残して、静かに部屋を出た。
「あなたの未来が見えたわね。」
「やめてくれ、クラス委員で手いっぱいだ。」
そんな雑談をしつつ、自分たちの部屋へと戻った。
次も試験についてです。
続きます。
寮長・胡桃・紅葉、久々の登場でした。