第十二話 縦社会の理不尽
騒ぎの元凶とが消えたことにより、教室は何とか平静を取り戻したが、目の前であんなものが暴れていたためか、皆落ち着きを取り戻すには、もう少し時間がかかりそうだ。
「「「ぶえっくしゅ!!!」」」
その中でも一番酷い惨状の私と他2名は、ずぶぬれのため、揃って大きなくしゃみを出してしまった。
「つーか、なんで私たちまでこんなにならなきゃいけなかったんですかー?」
濡れた服を身に纏っているため、ぶるりと震え、巻き添え覚悟で魔法をぶっ放した教師に向かって抗議する。他2名は、そんなことより濡れた服を何とかしたいのか、脱ぎだして絞ったりしている。こんなときだけ女であることが恨めしい。
「仕方がないでしょう。大量の水を落とすと最初に言っているにもかかわらず、あなた達は竜の近くから離れなかったんですから。」
だからって一言声をかけてくれてもよかったと思う。そうしたらもうちょっと我慢して、床に這いつくばるなんてことにはならなかったはずだ。
「全く・・・これだから下のクラスのお守りは嫌だったんですよ。」
「・・・」
「なんで私がこんなクラスと思っていたら、なんとあの朝倉家の人間が居るじゃないですか。貧乏くじをひかされた気分ですよ。」
教室の雰囲気がかなり重くなった。今の言葉はこの教室に響き渡っていた。
最初からちょっと厳しいな、とは感じていたが、まさかここにきてこんな本性を現すとは思わなかった。
「今は呪術の実技だと言うのに、打開方法がなんて野蛮な・・・。」
この教師は、私ら1学年では他にAクラスを持っている。おそらくプライドの高いどこかの貴族の出ってところだろう。高慢ちきな言い方はこちらをかなりバカにしている。今までが良い(?)教師陣ばかりと接していたので、こういう教師もいるということを忘れていた。
誰もが精神的ショックを受けているところへの、さらなる精神攻撃に答えられないでいると、教室の外が騒がしくなってきた。
がららららっ・・バンッ!!
「ゆう!!」
急にドアが開いたと思ったら、息を切らして切羽詰まった顔をした葵が教室の中へ飛び込んできた。
「!・・葵。」
「ゆう!怪我は?気分は?体調は?悪いとこない?」
真直ぐにこちらへ駆け寄ってくると、何故か私の全身健康調査を始めた。
「手は?足は?内臓は?」
「ちょ、ちょ、」
無遠慮に手を取ったりズボンの裾をめくったり、終いにはワイシャツを捲り上げようとするので、さすがに強制終了させる。
ゴンッッ!!
「うっとおしいわ!」
「うわあ痛そう。」
「裕也は本当に遠慮ってのがないよね。」
「なんか言ったか?」
後ろの方で何やら話声が聞こえてきたので聞き返すと、3バカは首が外れるんじゃないかってくらい勢いよく、首を左右に振って否定してきた。
「ゆう、痛い。」
「己の胸に手を当てて自分の行動をよく思い出してみれば、どうして痛いのか分かるんじゃないか?」
葵が殴られらたことに抗議の上目使いをよこしてきたので、とりあえず冷たくあしらってやる。男がそんな上目づかい様になっててどうする。
「これは佐倉さん。まだ授業中だというのにどうかされましたかな?」
またしても急に後方より現れた教師にドンっと横に追いやられ、転びそうになる。
「・・・」
「さあ、いけませんよ。教室にお戻りください。授業内で起きたことは、授業を請け負った教師が必ず解決させ、他クラスに迷惑をかけないようにすること。そう義務ずけられているのですから。」
穏やかな声音のは裏腹に、媚へつらうような嫌な笑顔を浮かべて葵に戻るよう促す。
「びぃえっくしゅっ!!」
だいぶお忘れの方もいるかもしれないが、私はまだずぶぬれの状態だ。男どもは脱ぎ散らかして騒いだりしていたが、私はかたくなに脱がなかった・・・いや脱げなかった。
そのせいか、またしてもはしたないくしゃみが出てきてしまった。
「・・・」
「?」
さっきまで何か不安要素があれば飛びつかんばかりの勢いがあったのに、くしゃみをしてしまい、しまった!と思ったら、無感情に顔をこっちに向けてきてついと目を細めただけだった。しかしいつもとは違うその怪しい雰囲気は、まるで何が出てくるのかとぐろを巻いて待つ蛇のように見える。
「女性だというのに・・もう少しおしとやかに出来ないのか、汚らわしい。」
葵はそれを聞いたとたん、クスリと小さく笑った。いや、顔を俯かせているので笑っているように見えた。
「葵・・・?」
「?佐倉さん。どうかいたしましたか?」
やっと葵の様子がおかしいことに気付いた教師は、顔はあちらを向いているので確認できないが、心配そうな猫なで声で話しかけた。
「ふふふ。あなたは何を考えているのでしょうね。」
葵はやっと顔を上げると以前医務室で見たような綺麗だが気持ちの悪い笑みで目の前の教師に向かって話しだした。
「私の前で裕也のことを否定するなんて、バカな真似を。」
「!」
今まで人前でバカにされるなんて経験がなかったためか、かああぁと怒りで一気に顔を赤くした教師は、その台詞に食ってかかった。
「貴様・・佐倉の者だからと下手に出ていればつけあがりよって!未熟者の分際で私に逆らう気か!!」
この剣幕にはさすがにこの教室のいた生徒達も息を飲んだ。
自分の学校の生徒に向かってそんなことを言うなんて。
佐倉家の次期当主になんて口のきき方だ。
唖然とそんなことを考えたところでグイッと後方へ腕を引かれた。
「っ!」
「あ、ごめん。痛かった?」
蛍太はすまなそうな顔をしてすぐに、ぱっと手を離した。混乱の最中、強く腕を掴まれたときに出来たあざが今もヒリヒリと痛んでいた。
「いや、大丈夫だ。」
「そっか。じゃあ、こっち。」
そう言われてなぜか手をつないで歩きだした。
小学生にでも戻ったようで少し恥ずかしいのですが・・・。
「危ないから少し離れてよう。」
「危ない?」
「うん。佐倉を見てて。」
葵を?と思いながら、離れたところでそちらに顔を向けると、先度と変わらず怒鳴りつける教師と棒立ちしている葵が目に入る。
しかし、状況はすぐに一変した。
「うるさいんですよ。キャンキャンキャンキャンと、あなたは吠えるしか脳のない犬ですか?」
「ぐぅっ」
教師の襟首を掴むや否や片手で自分より大きなその体を持ち上げる。
襟首を掴まれているため、首が締まってしまい教師の口から、苦しそうな呻き声が聞こえてくる。
しかし、葵が床へ投げ捨てたことにより、すぐに解放されることとなる。
「ごほっごほっ!」
「あなたみたいな人がこの学園にまだ残っていたなんて私のミスです。追って言い渡されるとは思いますが、これは前金です。ありがたく受け取ってください。」
ごほごほと床にしゃがんだまませき込む教師を見下ろして、その項垂れた頭へと手を掲げた。
すると、ゆらゆらと葵の髪や服が揺れ始めた。
「突風」
ポツリとそう呟くとゴッという音と共に、教師が悲鳴を上げる暇すらなく吹っ飛ばされる。
「加え、爆風。」
突風により体が宙に浮かびあがっていたところに爆風が押し寄せ、加わった力が乗算され、竜が暴れても割れなかった窓ガラスを割って、地面へと叩きつけられた。
「あれ、死んで死んでるんじゃないか?」
「いや、まさか。」
「大丈夫だよ!佐倉家が何とかもみ消してくれるよ!」
(それは大丈夫言わないが・・)
「被検体か、被検体として扱ってい」
ドゴォッ!
自称マットサイエンティストが何故か興奮しだしたので腹に肘鉄を食らわせ沈めておく。
「死なない程度のは調節したから大丈夫だよ。」
それなりに離れていたのだが、こちらの会話が聞こえていたらしい。
葵は瓦礫の山を避けつつこちらに近寄ってきた。
「ゆうの体にキズを付けただけでは飽き足らず、こんなに体を冷やさせるなんて・・・本当に何を考えているのやら。」
「いやいやいや、そこは関係ないだろ。」
なんだか気持ち悪いことを言われたが大事なところはそこじゃない。
生徒をバカにした態度もそうだが、一番はこの国の実力トップの家の人間をバカにしたことだと思う。
そしてやっとこのタイミングになって身体の不愉快さがなくなった。葵が頭をなでつつ乾燥の魔法を使ってくれたみたいだ。
「えーー。」
どこからか一名抗議の声が聞こえてくるがあえて無視する。抗議する前に上の服くらいちゃんと着ろ!
「あの教師どうするんだ?」
「ん?あのまま放置するけど?」
え?何がおかしいの?といった感じに聞き返されるが・・・この鬼畜!
「さすがにそれはどうかと思うけど・・・」
「いいんだ。どうせ学園長は知ってて放置していたんだろうし。後で誰かが回収に来るさ。」
おそらくこれ以上は何も問題は起きないのだろうと一息つきたいところだったが、この教室の惨状を見ているとそうも言っていられない。
私の指示のもと、Eクラスと飛び入り参加した(元の教室に戻れと言っても戻らなかった)葵で教室の片づけを授業が終わるまで続けたのであった。
*****
次の授業までに時間がないので、少し早めに切り上げ、最後に一人残って最終確認をしていた。
「あ~本当に回収に来てる。」
少し片付いた実習棟の教室の割れた窓をから、ふと外を見やると、2人組の教師が、葵に倒された同僚を肩を貸しつつ連れて行くのが見えた。
「本当だ。思ったより早かったな。」
私が残るといったら何故か一緒に最後まで残っている葵から返答が来た。
「あいつどうなんのかな。」
「そんなことが気になるの?」
最近よく耳にする台詞だが、自分以外に興味をもたれることが何故かとっても嫌らしい。少しは気を逸らせればと、芝居がかった調子で疑問に答えてやる。
「天下の佐倉様に刃向った者の沙汰が気になる所存にございます。」
「ああ、なんだそんなことか。」
恥ずかしいのを堪えて冗談めかしたというのに、葵の機嫌は下がりはもちろんしなかったが、上がりもしなかった。
「ゆうってもしかして、ミーハーとか嫌い?」
「嫌、普通だと思うけど?」
何故そんなこと聞くんだと、怪訝に思いつつ答える。好きなものは好きだって全力で伝えるぞ、私は。
「じゃあ、学園入学するまで魔法関係に全く精通してなかった?」
「うっ・・」
それを言われるとかなり痛い。魔法の使えない一般人でさえ斎名家は知っているものらしいが・・・田舎町だったし!!許して!!
「そっか。だからそんな反応なのかぁ。」
葵は心底楽しそうにケラケラ笑った。
「何がおかしいんだよ。」
「嫌、ただ、ゆうらしいなあって。」
一瞬ムッとしたが、そこまで気に留めることでもないと思い、考え直そうとしたが、葵の笑いが一向に収まらない。このままだと腹を抱えて笑いだしそうだ。
「・・・葵・・・」
「あはは。ごめんごめん。怒らないでよ。」
そう言いつつもまだ顔が笑っているので、ちょっとばかりイラッとしたので葵を置いて教室を出ることにする。
「何だっけ?・・・ああ、佐倉家への不敬罪だっけ?」
「・・・」
気になるがもう知らん。
「その罪は絶対にあり得ないよ。だって俺は所謂庶子の出だからね。」
「・・・・・はあ?」
「旧姓、宇佐美。」
「・・・・ああ!!」
納得した。と言うより思い出した!!
そうだ、なんでこんな関係ない名前なんだと思ってたらそうだ、名字から取ったんだ!みなさんもご経験があるんじゃないでしょうか『ウサギさんでいらっしゃいますか?』だ!
とすると、庶子の出って言うのも嘘じゃないのかもしれない。
「そんな疑心暗鬼な顔しないでよ。佐倉の人間だって言う嘘は利用価値もあるけど、その逆はないでしょ。」
確かにそうかもしれない。
「じゃあ、何か?庶子の出ってだけでお前・・・有名人なの?」
「まあ、そうだね。さすがに父さんへの不敬になる恐れがあるから皆口には出さないから、面と向かって言われたのははじめてかな。」
「苦労人?」
「どうだろう?」
葵があまりにもあっけらかんとして言うものだから、どう踏み込めばいいのか分からず、あえてそれ以上口には出さず、たわいもない話をしつつ次の教室へと向かって行った。
今聞かなくても、直接本人から聞くことになるのだが、それはまだ先の話である。
引き方おかしい気がします。いやおかしいでしょう!どこの童話!?